犬が神さま
「いますぐ人間にしてください」
犬はハッハッハと白い息をはき、まきシッポをふって、目のまえの光かがやく神さまにおねがいします。
「いいだろう。ただし人間になるには、お前の目のまえのものに犬になりたいと思わせなければならない。それができるかな?」
犬は立ち耳でそのことばをききました。そして元気よくこたえます。
「それがあなたの試練なのですね!? わかりました。乗り越えてみせますよ!」
つぎの日、飼い主(父)が外に出てきました。ここで犬は犬のよさをアピールします。
「犬はいいですよ! 早く走れますし!」
世界さいそくのジャマイカ人もゆめじゃない! 白毛の前かた足で地にすりつつ、こころの中でドヤ顔を決める犬。
「うーん。早く走れてもなあ……それよりお父さんはゴルフのスイングがうまくなりたいな」
それはムリでした。なぜならば犬のニクキュウではゴルフクラブをにぎれないからです。アピールしっぱい。
そのつぎの日、今度は飼い主(母)が外に出てきました。さあアピールチャンスです。
「犬はいいですよ! 遠くのニオイも嗅げますし!」
人間の一おく倍の臭覚で遠くのニオイもキャッチ! 黒くしめった鼻をスンスンしつつ、こころの中でドヤ顔を決める犬。
「うーん。別に遠くのニオイを嗅げてもねぇ……それよりお父さんの浮気の気配を嗅げるようにならない?」
それはムリでした。なぜならば浮気にニオイなどないからです。アピールしっぱい。
さらにつぎの日、今度は飼い主(むすめ)が外に出てきました。さあアピールチャンスです。
「犬はいいですよ! みんなにちやほやされますし!」
その愛くるしさからみんなにかわいいかわいいって大人気! 犬顔をずいずいと飼い主に近づけつつ、こころの中でドヤ顔を決める犬。
「えー。本当にちやほやされんの?」
これは脈ありだ! ここぞというばかりにアピールをたたみかける犬。
「本当ですよ! とくにお子さんから大人気! 毎日近所の小学生がなでてくれます!」
「えー。私、男にモテたいんだけどなー。子供はいいや」
せっかくのチャンスだったというのにフイにしてしまいました。
ですが、男にモテたいというのはムリでした。なぜなら犬はオスだったのですから。アピールしっぱい。
さらにさらにつぎの日、今度は飼い主(むすこ)が外に出てきました。さあアピールチャンスです。
「犬はいいですよ! 勉強なんかしなくても生きていけます!」
頭がわるくても、その愛くるしささえあればゴハンにはこまらない! ハッハッハと白い息をはきつつ何も考えていなさそうなおバカさん顔をして、こころの中でドヤ顔を決める犬。
「マジで? 勉強しなくていいの?」
これは食いついた! ここぞというばかりにアピールをたたみかけようとする犬。
「本当ですよ! むしろおバカの方がいい。おバカさは愛くるしさを引き立てるのですから!」
「えー。バカになっちゃうの? 勉強しないで頭よくなりたいのに」
そのことばに犬は……。
「甘ったれるじゃねえぞ! こんクソガキゃぁ!」
ドスのきいた声とすごみをきかせた犬顔で、飼い主(むすこ)に迫まる犬。
「てめぇ。聞いていりゃ都合のいいこといいやがって」
「え? え?」
「勉強しないで頭がよくなりたいだぁ? 脳ミソくさってんのかてめぇはぁ? はぁぁん?」
黒くしめった犬の鼻。
その鼻を、犬の背に合わせてしゃがみ込んでいる飼い主(むすこ)のみけんに押しつけてエグります。
「努力しねぇで生きようなんざ、甘ぇんだよ! いいかあ。犬だってなぁ、大変なんだぞ」
「え。だって勉強しなくていいんでしょ」
「バッキャロー! 勉強しなくてもな、オテやらオスワリやらチンチンやらフセやら……芸をおぼえさせられてなぁ。できなけりゃメシお預けなんだよぉ」
「はあ」
「それによぉ。寒い日も外ですごすんだぜ。お前らみたいなぁ、コタツでぬくぬくしてるやつらにおれの気持ちがわかってたまるかよぉ!」
犬は目をとじ、その目のハシからナミダのしずくをながしました。
ですが、しずくは毛にすわれて目立ちません。まきシッポはたれ下がり、いつもどうどうと見せているコウモンはかくれてしまっています。
「あのさ」
飼い主(むすこ)が赤茶の毛におおわれたフカフカな犬の頭をなでて言いました。
「うう……なんだよぉ」
「寒いなら……コタツに入れてあげるよう、親に頼んであげるよ」
「!」
それは犬にとって思いがけないことばでした。たれ下がったシッポがまき始めます。
「……いいのか? こんな怒鳴ったおれにそんな……」
「何言ってるんだよ。お前だって家族じゃないか。それより、今までお前の気持ちを察してやれなかったボクこそあやまりたいくらいだよ」
「ううう」
――そうだ。人間なんかになれなくたってよかったんだ。おれにはこんなもあたたかい家族がいるじゃないか。
犬は、飼い主(むすこ)になでられ、耳をねかせながら家族のあたたかさをかみしめました。
ですがそのとき――
「そうはいかんぞ!」
あたりにひびく力づよい男性の声。
まばゆい光とともに、肩までのびたボサボサの黒かみをゆらし、神さまが天からおりてきます。
濃いヒゲと浅黒いはだ。そしてその彫りの深い顔のまなじりはつり上がっています。その雰囲気は野生のもうじゅうをおもわせます。
「犬! 貴様! 私のノルマ……試練を乗り越えていないじゃないか! それなのにいい話で終わらせるなんて許さんぞ!」
「えー」
「えー、ではない!! 誰でもいいから犬になりたいと思わせるのだ!!」
「でもぉ」
「だいたいコタツに入れるとはなんだ! そんな羨ましい! 嫉ましい!」
なるほど。そういった発言が神さまから出るのは道理でした。
なぜなら、神さまは茶色のうすでのふくに、白のこれまた薄手のはかま。今年のふゆを外でのりきるにはきびしいかっこうだからです。
「そんなのは許さん! 許さんぞぉぉぉ!」
と神さまがそう叫んだ時、犬と神さまが光り始めました。
その光のつよさに、あたりいちめんはまっ白に。
「え? え? なに?」
飼い主(むすこ)はとつぜんのことにうろたえました。
やがて光はおさまり始め、白のしかいはいつもの家のにわの光景に。
「な」
「ワン!?」
前者は神さま。後者は犬。
両者とも目を大きくみひらきました。そしておたがいを見やり、つぎに自分を見やります。
その動作はぜつみょうに同期していました。そして神さまが口をひらきます。
「あ、あのさ。なんかさ」
神さまは手で頭をかくしぐさをしながら、うつむいて飼い主(むすこ)にこくはくします。
「おれ、犬だったんだけど。神さまになっちゃった」
「……はぁ!?」
神(犬)は飼い主(むすこ)にじじょうをせつめいしました。
それによると、神力――神さまが犬になりたいと思ってしまったおかげで、神さまは犬になってしまい、犬は神さまになってしまったというのです。
つまりおたがいの中身がいれかわってしまったのです。
「ワン! ワンワン! ワ、ワン!」
犬(神)がほえながら、神(犬)の足にとびかかりました。
神(犬)のうすでのはかまをまとった脚を、その白毛でおおわれた手足でパリパリとかいています。それはまるでゴハンのさいそくのよう。
と、神(犬)がその彫りの深い顔をしかめながら、犬(神)にことばをなげかけます。
「え? 元にもどせ? いや。ムリですよ。おれ、犬ですし」
「ワン!? ワンワン!」
「いや。神さまじゃないですって。犬ですって。てか袴が破けちゃいますって!」
どうやら、犬(神)は元にもどせと神(犬)にさいそくしているようです。
そんな一人と一匹のやりとりに、飼い主(むすこ)はおそるおそることばをはみました。
「あの~」
「ワン!」
「うん?」
飼い主(むすこ)の方をいっせいに見る一匹と一柱。
「とりあえず、犬(神)は家に入れてあげられると思うけど、神(犬)はムリかな……」
「……」
「……」
すると形勢がぎゃくてんしました。
「ちょ、ちょっと、神さま! 元にもどしてくださいよ!!」
「ワフ?」
ひっしなぎょうそうで犬(神)にといただす神(犬)。その一方、つぶらなひとみでその犬顔をかしげてとぼける犬(神)。
「じゃあ行こっか」
「ワン!」
「ちょ、ちょっとまって! ねえ!!」
飼い主は犬(神)に声をかけ、犬(神)はそれに対し、まきシッポをふってこたえました。そしてそれらにおいすがる神(犬)。
犬(神)と飼い主(むすこ)はおいすがる神(犬)にかまうことなく、家の中へと入って行きました。
その一匹と一人のせなかに呪詛のごときことばを叫ぶ神(犬)。
「くそが! てめえら覚えておけよ! 放火してやる!!」
ですが放火は犯罪です。しかも火種も持っていません。そのことに気づいた神(犬)は仕方がなしにあきらめます。
そして、神(犬)は犬小屋に入り、そのうすでのふくをまとったからだを丸め、寒さに耐えながら寝つこうとしました。
* * *
夜。おれは変わらず犬小屋で体を丸めていた。だが、あまりの寒さにガチガチに体を震わせ、死を覚悟する。
体はカチコチ。まるで便秘のときの一本糞になったみたいだ。
――もうだめだ。おれもついに神のもとへ……てか今のおれ、神じゃん……。
自分で自分にむなしい突っ込みを入れていた時、なにやら犬小屋の外に気配を感じた。
――あ。もしかして。不憫なおれを心配して飼い主が来たんじゃ。
そんな淡い期待を抱いた。
だが違う。暗くなった犬小屋の外に目を向けてみると、それは人間の影ではない。
犬(神)であった。
「ワン(おい。大丈夫か)」
「え? ……おれを心配して?」
犬顔で頷く犬(神)。
そして、犬(神)は、おれの犬小屋に入ってきて、その赤茶色のフサフサな背中を神(犬)の腹にくっつけてきた。
「ああ。暖かい……」
その温もりに思わず目が潤む神(犬)。そんな神(犬)に犬(神)は尊大に言う。
「ワワン(感謝するがいい。神の慈愛の手は全ての生ある者へと平等に施されるのだ)」
「ああ。そうですよね。隣人は愛せって奴ですよね。だからこっちに来てくれたんですよね」
「ワン! (うむ!)」
ああ。
さすが犬(神)様々です。
「で、本当のところは?」
「ワワワン!! ワン!! (飼い主が頼み込んでも家に入れてくれなかったのだ! くそドサンピン共が!!)」
ああ。
さすが犬(神)です。
続編は、神(犬)と犬(神)で犬と神仲間を集めて、忠臣蔵よろしく私怨で放火する予定です。
嘘です。
最後まで目を通して頂き、ありがとうございます。