「願い事、ひとつだけ」
死神、もしくは悪魔と呼ばれるもの。彼らの所業は、人間の魂を狩る事だ。
そして、今宵もまた彼は魂を狩りに行く─
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よくある死神(もしくは悪魔)テイストな話です。例によって衝動書き♭
そして女性の最期の一言も、例によってミツマタの叫び♭
「いつか何処かで聞いた話 Ⅳ
夜魔に等しい翼が、暗黒の空天に降り立つ。大鎌を携えた少年は不機嫌な顔で、自慢の大翼を内にしまった。
足元は邪気を含んだ靄で覆われ、一見柔らかそうだがその実硬い。手ぶらのまま己が領域へ、鎌を引きずって動く彼の行く手を、鮮血の翼が遮った。
「よう、早かったわね。」
40番目の翼は不敵に笑みを浮かべ、瑞々しい女体を晒しに彼の眼前に立ちはだかる。
「フォーティ…か。」
興味のない眼で見下し、通り過ぎようとした。その未成熟な体を絡め取るが如く、彼女の鎌刃が襲い掛かる。瞬間、彼の瞳の虹彩が変わり、きつくその刃を弾き飛ばした。
何事もなかったかの様に彼女は直ぐに戻ってきて、彼の不機嫌な顔に問い掛ける。
「で、今回の獲物はどうだったの。」
「うざい、あっちに行けよ。」
フォーティはつまらなさそうに、蠱惑的な肉体をしならせて飛び退いた。
あれは、ビルの屋上だったのか。それとも崖の上だったか。ああ、もしかしたら駅のホームの端だったかもしれない。
よく向かう場所を思い連ねてみたが、どれとも違う気がする。
記憶とは実に曖昧なものだ。
そう…呼び出されたのは、所帯染みた女性の前だった。
だが、その魂が変わっていたのだけは覚えている。
少し驚いた顔が実に馬鹿らしく、何故か印象に残っていた。
『呼んだのはオマエだな?』
まるで、人間が紡ぐ日常のひと欠片のような感触に、軽い目眩を感じて思わず問い掛けた。女性は然程普段と変わらぬであろう表情で微笑み、実生物と異なる存在の彼へ言葉を返す。
「覚えは有りません。けど…」
含みを持った歯切れの悪い言葉は、後に肯定という形で彼を迎え入れた。
腑に落ちないながらも、彼はいつもの契約の文言を女性に突き付けた。
『望みを言え。そうすれば叶えてやる。』
ただし、魂と引き替えに、な。
最後に足される文言は、人間の耳では聞き取れない。とはいえ実際、叶えてやるかどうかも、その時の気分次第だが。
「望み…ですか。」
暫く女性は考え込んだ。だが落胆の息と共に首を横に振る。
「有りません。」
でも、来てくれて有難う、と笑みを湛えて礼を言う。
もし人間なら、滑稽だとでも言うのだろうか。奇妙な胸糞悪さがじわじわと、こちらの胸を締め付ける。
『望みは無い、のだな。』
珍しく、念を押すように問うたのも、これが初めてではないだろうか。
曖昧に、微笑んだまま女性は頷いた。
ただ“死にたい”と易く願う人間はいる。理由がどうであれ、死にたがる人間や怨み辛みを並べる人間は、世界にはごまんといるものだ。
女性もそういった類いに違いない、と思っていた。
『…何を笑う?』
粛々と魂と体を切り分ける作業に入りながら、掛けるつもりもない声を掛けてしまった。そんな未熟さが腹立たしい。
恐れるでもなく、歓喜するでもなく、淡々と女性は刹那を待っていた。
「漸く…だから。」
その顔は笑っていた。だが苦痛にも満ちていた。
終わりが来るのを待っている。
ただあるのは、感謝のみ。
嘆くのはもう疲れたから。
生が始まりの通過点なら、死も只の通過点に過ぎない。
この世を生きるのは、修行するためなのだと。
辛さ苦しさに囚われて、この世から逃げ出しても、解放されるわけではないのだ。
また、同じことを繰り返すだけ。
そういった感覚が、煩わしい程に伝わってくる。
彼は大鎌を振り上げた。煩わしさを一掃するように。
鎌はうなじから真っ直ぐに喉仏を越えて滑り、女性の魂は宙を舞った。
白いカーテンの向こうで、主を無くした器が虚ろな眼で微笑を浮かべている。
そうね。願い事、ひとつだけあったわ。
ふと思い出したように、女性は呟いた。
そして女性の頬をなぞる幾つもの水筋が、消えていく彼女の輪郭を浮き上がらせる。
一度でいいから、生きたい、と願ってみたかった。
その光る顔を、狩ることも忘れて見送ってしまったのは、ここ二百年中の最大の汚点だ。それだけが悔やまれる。
「あら、残念。味見して見たかったのに。」
記憶に耽っていた彼の直ぐ脇で、フォーティは覗き見していたらしい。
指を銜える仕草は、物欲しげにねだる子供のようでいやらしく、苛立たせる。
「うるさい。代わりに貴様のモノを狩ってやろうか。」
「お生憎様。ほら、また呼び出しかかってるわよ。」
ヒラリと交わしてフォーティが叫ぶ。不機嫌に睨み付け、それから墜堕の黒点へと照準を変えた。
「ねえ、シックスティナイン。ソイツは最期、どんな顔をしてたのよ。」
背で受けた問いかけを、振り向き様に大声で叫び答えた。
「笑っていたぜ。あばよ。」
大翼は一度だけ羽ばたいて、後は外界の境界点目掛けて、一直線に墜ちて行った。
─ 了 ─
2012/09/21 原稿




