米ノ花 こうじ
未完結。書き上げてませんが、とりあえず
…ほったらかしてたの忘れてました。
1月の糀仕込みに再度書き上げ…予定にしたいです。
年も明け、大寒を迎える厳冬の頃。凍てつく朝の空気は、佇む者の息を白く浮き上がらせる。
冴は加工場の重い扉を開けていた。
冷水に指を凍て付かせながら前日に磨いで水を含ませた古い粳米を、たった独り、白い息を吐き溢しながら、此処まで運んできたのだ。
升目で量った米は十二升だ。水は身を切る刃の様に冷たく、凍えた指を真っ赤に染める。けれど、冴は黙々と作業をした。
笊に粳米を開け、すっかり水を切りながら、冴はプロパンの栓を捻ってコンロに火を点けようとした。だが悴む手は思うように動かず、何本ものマッチを無駄にしながら、冴は手で小さな木片を懸命に擦り続ける。漸くコンロに火が移り、冴は青白く燃える無数の炎を確認すると、米を蒸す準備に取り掛かった。
まずは底器に湯を沸かす。その上に蒸し器を二段に重ね乗せ、蒸し上げていくのだ。
作業台に蒸し器を四つ並べると、濡らした蒸し布巾を器の中に敷き、ゆっくりと米を流し入れた。丹念に手で掻き集め、一粒残さず布巾の中へ投入する。平になるよう均等に米を整えると、中央に拳小ほどの窪みをつけた。そしてはみ出た巾の端を白く輝く米の上に置き重ねる。蒸し上がりを良くする為だ。
全てに米を入れると、ブクブクと沸き上がる底器の上に一つずつ確実に重ね乗せる。
立ち上る蒸気は、冷たい加工場の空気を僅かに暖めた。
「ふぅ。」
自ずと冴の口から溜息が漏れる。半時程、時間の余裕が有った。
均等に蒸す為に、途中で一旦蒸し器の上下を入れ換える。それまでの間、所在なげにもて余した暇を冴は火の番をしながら、凍てた指先を温める。外から差し込む日差しに一つ、人影が揺れて、扉の向こうに髪を束ねて三角巾をつけた香世子が立っていた。
「手伝いに、来ちゃいました。」
「別に良いのに。」
苦笑いを浮かべ、冴は訪れた彼女を迎え入れる。香世子は中へ入ると割烹着に着替え、冴の隣に座った。
集落のドン着きの更に奥、冴が暮らす家がある。香世子はその手前の集落の端の家の者だった。
差し入れに、と香世子が差し出した蜜柑を冴は受け取った。黙々と二人は蒸し器を前にして、オレンジ色の少し萎びた皮を剥く。口に入れると甘さより酸味が少し効いていて、それでも乾燥する冬の空気の中で、それは十分に咽を潤してくれた。
時間になり、冴は蒸し釜の上下を入れ替えに掛かる。出来上がりを均等にする為に、コンロの乗せ替えも行うのだ。
「私が持ち上げておくから、底器の水足して、そっちの上段をこっちに乗せ変えてくれる?」
「はい。」
湯を一杯に沸かしていても、減った分だけ追加しておかないと、途中で足りなくなっては困る。空焚きするわけにはいかない。
バケツに汲んであった水を器に足して、香世子は隣の蒸し器の上段を底器の上に降ろした。そして蓋を取り、残った下段側に被せて今度はそれを上に乗せる。
空いた隣の底器にも同様に水を足し、冴が持っている二段の蒸し器の上側を受け取り、底器に乗せ、蓋を取った香世子に続けて冴は下側だった蒸し器を其処に乗せた。
「蓋をして。」
「え、あ、はい。」
見惚れていた香世子は慌てて蓋を乗せた。蒸し器は全部、きっちりと重ね合わされている。冴は時計を見て、次の蒸し上がりを確認する。足した分の湯が沸くまでを含め、半時ともう少し余裕を見た。
僅かに覗く扉の向こう、加工場の外から陽が差し込んでくる。そのまま冬の空へ目を向けると深く鮮やかな群青が冴の瞳に映り込んだ。
清みきった青空であった。
半時と半時、計1時間強の時間を経て、蒸し上がった米を釜から上げる。
後の方の数分は火の加減を見て、内外目一杯に開いていた外側の火力を若干弱めた。
「蒸し米、綺麗に取れるといいですね。」
香世子の番の時は布巾の濡らしが足りなかったのか、布に張り付いて難儀したらしい。
火を止めてほんの数分置いてから、蓋を取り、重ね置いた布巾の端を開けると、米の一粒一粒が透き通り、耀いて見えた。
冴は固めに炊いた蒸米を、白布を広げた台の上に乗せ拡げ、手早く解していった。蒸し立ての米は指先を焼くほど熱く、けれど黙々とその塊をゴム手袋一枚の手で解していく。何度も広げては米の上下を入れ替え、ゆっくりと手早く、人肌程度の四十度にまで下げていった。
「一人では、大変ですね。」
糀の発酵を管理する機械の準備をする香世子が、台に掛かり切りになる冴に声を掛けた。蒸し上がるのを待っている間に糀の袋の上に被せる4枚のタオルの洗浄や、機械の底に置く湯の廃棄等は済ませ、今は蒸し器に残った湯を新たに機械の底のバットに入れたり、その他中に入れる器具をアルコール消毒してセットしたりと、雑務をこなしてくれている。
一人、冴は固い蒸米の塊と格闘していた。
「其処のボウルに取り分けてある米に、菌を振ってくれるかしら。」
ステンレスのボウルには、冴がある程度してから取り分けた冷まし蒸米が入っていた。満遍なくその米に種糀の菌を付着させるのだ。
「これですね。」
香世子はヤヱガキの糀菌の入った袋を開け、ボウルに入れた。まだ少し固まったままの蒸し米を解しながら、ボウルの中でパラパラになるまで菌を米粒にまぶしていく。
「出来ましたよ。」
香世子が見せたボウルの中には、綺麗な緑色した米粒が一粒一粒立っていた。
冴はそれを受け取ると、広げた蒸米の上に満遍なくばら撒いていく。うっすらと、緑菌に全体が染まったようにも見えた。
撒き終わると再び無言で冴は蒸米を攪拌し始めた。完全に菌を均等に行き渡らせる為だ。香世子も慌ててそれを手伝う。
「大変、ですね。」
「そうね。」
二人の手が休まる事無く蒸米を混ぜていく。
「よし。もういいかな。」
得心したのか、漸く冴の手が止まった。香世子も顔を上げて冴を見つめる。ほんのりと紅潮した頬にかかる白い息が、とても綺麗で、満足げな冴の顔をまともに見れずに、香世子は顔を俯かせた。
冴は大きな布袋に混ぜ終わった米を一粒残らず入れていった。白い敷布はこの時に役立つ。零さぬように敷布の端辺を折り巻き、布袋に押し流す様に全て入れ終えると、冴と香世子、二人で機械の所へ持っていき、中へと下ろし入れた。
後は隅にまで米が行くように平に慣らして、温度計を米の真ん中に差し込む。袋の端を丁寧に畳み入れて、最後にずれぬよう洗濯バサミで折った布の端を留め繋いだ。
「其処のタオル、取ってくれる?」
四本、絞って置かれてあるタオルを手に取り、広げると、冴は端から丁寧に糀袋の上へと被せた。下方から上方へ、余ったタオルの端は同じ向きに折り重ねて、今度は上方から下方へと反対向きに折り重ねる。特にファンの回る側は乾燥しやすい。糀米が乾かぬよう、きっちりとタオルでも蓋をするように、冴は均等に敷き詰めた。
後は蓋をして、機械をセットするだけだ。
「これでいいんですよね。」
一仕事を終えたように、香世子が呟く。
「まだ、明日もあるけどね。」
説明書通りに、コンセントを入れ、ファンが動くか手動で確認する。作動する温度を36℃にし、スイッチを自動に切り替えた。
ヒーターの温度は38℃だ。後は機械が丁度良い温度と湿度で糀の発酵を見てくれる。
昔に比べれば、随分と楽になったものだ。
使った道具の片づけを終えて、冴は香世子と共に作業場を後にした。
二日目の朝は、切り返しの作業である。九時に始める事になった。
既に冴は到着していて、機械の蓋を開け、乾燥を防ぐ為の濡れタオルをくるくると巻き外している。
「あ、手伝います。」
香世子は慌ててゴム手袋を嵌めて、糀を入れた袋を持ち上げようとする冴の元へ駆け寄った。
二人で白布の台の上に乗せ、中の米を開ける。うっすらと菌糸の膜が掛かった米の塊は、容易くはらりと解けた。
既に糀の良い香りが、二人の鼻を擽った。いい塩梅で発酵が進んでいるようだ。
冴は軽く固まった米を、再び一粒ずつ解いていく。そうする事で良い糀へと仕上がっていくのだ。
「温かい。」
米の塊に手を入れた香世子が驚いたように声をあげた。発酵に適した温度は体温と同じ。それよりも冷たい指先で触れれば、そう感じるものだ。
午後にももう一度、切り返しが入る。「手入れ」と呼ばれるこの時間を、2時頃と冴は決めていた。
「水を打たなくても大丈夫そうね。」
固いようなら少し水分を足して柔らかく、発酵しやすくしてやるのだが。米の具合を見て、水分量も十分と冴は判断したようだ。
ぱらぱらに解れた糀米は零れ易い。丁寧に扱いながら、ほぼ綺麗に解された糀米を、再び袋の中へと一粒残さず収めていく。
そして始めに巻き取った被せの濡れタオルはそのまま使用し、昨日と同様に機械に収めて蓋を閉じ、ヒーターは入れて温度はそのまま、ファンの温度を38℃へ上げた。
昼を済ませ、再び戻ってまた同じ切り返しの作業をする。朝と同様に解し混ぜを終えると、機械の中へ収める。もうヒーターの電源は必要ない。後はファンだけ40℃にして、明日の朝の出来上がりを待つだけだ。
3日目ともなると、見慣れたもので同じ時間に冴と香世子は加工場に到着した。
加工場の中はほんのり甘い香りが漂っている。冴も香世子も期待に胸を膨らませ、
「開けるわね。」
機械の蓋を取ると、香りは一層周囲に広がった。
袋の中はびっしり菌糸が周囲を覆っている。二人で台の上に開けると、ごろんと一つの塊となって転がり出た。
冴は出来を確かめる様に小さな塊を口に含んだ。
柔らかな甘い香りが口腔に広がる。
「綺麗に仕上がったわ。有難う。」
糀の花は満遍なく
3.5kの荒塩を4升米 に丹念に混ぜ合わせる。もう是で発酵も治まって
程よい糀の出来上がり
2012/1/末 考




