「盗作疑惑」
誰しも一度は考えたことがあるのではないか。
故意によるもの。無意識によるもの。
だが、所詮は人間が生み出すもの。似ていても決してそれは可笑しくはない。
そんな疑惑に翻弄される、作家の苦悶を綴って…
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私詩集「バカ者の人生」より、書いててふと思った、そんな話。
「いつか何処かで聞いた話 Ⅰ
それは一本の電話からであった。
「…実は、」
軽い挨拶辞令の後、編集部の者に切り出された内容は、盗作疑惑に関するものであった。
私も長い間詩家としてやってきていて、最近過去に発表した詩をまとめて書籍にしたところである。話によると、どうもその中の一詩が素人のブログで発表されているものと酷似しているらしい。
私が書にする前からブログに載せられていて、それが一部の読者の間で騒ぎになっているという。
詩はまだ私が駆け出しの頃に発表した、若かりし時のものだ。もう数十年前になる。
「まさかとは思うが、君、私がその彼女の詩を盗作したと、思っているのではなかろうな。」
「いえ、滅相もありません。此度の件は先生に利が有りますし、公にもはっきりとしております。」
ただ件の彼女が、どうしても私に話がしたいと、直接会いに編集部へ押し掛けたらしい。頑として退かぬので埒があかず、結果私の所へ掛けてきたようである。
「先生に御足労頂くのは、誠に遺憾で御座いますが…」
歯切れの悪い言葉だが、私も十分に己の立場を理解している。向こうが立ててくれている間に恩を売っておくのも良かろうと、一先ずは快く承諾した。
待ち合わせのホテルのロビーで、私は編集者と落ち合った。そこはどうやら彼女が宿泊している場所らしい。彼女には土地勘がなく、他に適当な場所が無かったようだ。
「先生、此方です。」
案内されるがまま、私はその女性と対面した。彼女は私を見るなり、感極まった時のように、ぼろぼろその瞳から涙を溢した。
「先生、」
担当の編集者は困惑して、私に助けを求めてきたが、私は彼女を前にして、ただ驚きと呆れに口を塞ぐ事が出来ない。
彼女の開口一番の言葉は謝罪ではなかった。
「お辛かったでしょう。」
どういう意味だ。その理由を知りたいと思っていても、相手はひたすらに泣き続けるだけだ。
「私もです。」
悲哀感情が激しすぎて、声を出すのも涙を流すのも苦しい、といった彼女の心情に、私も編集者もただ彼女が落ち着くのを待つしかなかった。
漸く落ち着いた所で、彼女は私達に謝罪をした。
「申し訳ございません。」
その言葉は盗作についてではなく、騒がせてしまった事に対してらしい。少々不服に感じながらも、私は彼女の弁明を聞いた。
ですが、このどうにもならない苦しみを知っている方が、他にもいらっしゃるのだと知って、私は心が洗われた心境になったのです。そして、その事実に救われました。
しかし、同時に同じ苦しみに喘いだ貴方様の苦悩を察すると、居ても立ってもいられなくなったのです。
失礼ながら、私もその苦しみを癒して差し上げたいと、こうしてまかり越した次第で御座います。
泣き詫びながらも、懸命に想いを伝えようとする彼女の姿勢に、私は何も言えず、ただ俯いた。
聞いた話によると、彼女は極度に目が悪く、文字を読むのが困難らしい。文章は音声入力で行っていて、ブログへの投稿も第三者の手助けで成り立っているようだ。
そんな彼女が、誰かの作詩を盗む機会があったとは思えない。また、他人の作品に触れる機会も無かったようだ。
似たような気分で、私の言葉を真似したのではなく、彼女もまた同じ心境で私と同じ言葉を紡ぐに至ったのか。
あの時の気持ちを私も思い返した。
「辛かった…んですね。」
自然と私も胸が詰まされて、彼女の両の手を包み込んだ。彼女はただ、小さく肩を震わせて頷いた。
暫く私達は互いの傷を舐め合うように、その場で泣き濡れながら、ただただ小さく頷きあった。
その後の彼女の消息を、私は知らない。敢えて知る必要はないだろう。
「君。済まないが、今度再版する際に、あの詩は省いてくれないか。」
私は編集者に淡々と頼み申した。彼は怪訝な顔で私に尋ねてくる。
私はただ静かに笑い返した。
あれは、あの詩はもう彼女の詩だ。時を経た私は最早、あの詩に相応しくはないだろう。
「空いた部分に、この詩を使って欲しいのだが。」
代わりに差し出した詩を編集者は快く受け取った。
私は晴れやかに彼を見送って、ほんの少しだけ新たに気付かせてくれた彼女へ想いを馳せる。
果たして彼女は私の詩を受け取ってくれるだろうか。
きっと見る事はないだろう。が、心躍る気持ちに私の足取りは軽やかに、街の雑踏へと溶け込んでいった。
─ 了 ─
2012/




