「花ん粉たまんこ」
…『一年前、北海道の猛吹雪で人が亡くなりました。』
そのニュースを見ていたら、ふと書きたくなったので。
雪の日に亡くなった人は、雪んこに。
雨の日に亡くなった人は、雨んこに。
「…姿を変えて戻ってくるって、ばあちゃんが言っててさぁ。」
巣箱の清掃をしながら、粕辺はいつもの能天気な笑みを浮かべて、共に働く弥生に話しかけた。漸く気温も上がり、春らしい陽気を迎えたビルの屋上で、養蜂作業をしている。
そろそろハチ達も活動を始める頃だ。健康チェックも兼ねて、出入りするハチの動きも見ている。
「ふーん。」
素っ気ない相槌を弥生は返した。粕辺の気持ちは知っているけれど、やっぱり付き合う気は、弥生には無い。
共にこの仕事をするようになって、早半年。秘かに恋心を抱きつつも、粕辺の想いは一向に報われず。未だに仕事を共にする以外、何一つ進展していない。
今日は風の少ない珍しい日で、粕辺も弥生も少し汗ばみながら、一通りの作業準備を済ませた。
意外と街中のビルの上でも、蜜は採れるのだ。これからは春の花も彼方此方で咲き始める。ただこの時期は、同時に郊外から杉花粉も飛んでくるから、街中でもマスクは必須だ。
「花粉症持ちじゃなくて良かったよな。」
「そうね。」
感情の無い返事は、速攻で粕辺に返された。冬の乾燥にも、引けをとらない乾きっぷりだ。粕辺はそれでも、弥生に向けて笑みを返す。
「今度の日曜日、河川敷に菜花の開花状況見に行かない?」
「私はパス。予定あるし。」
それでも粕辺はめげない。
「じゃあさ、」
「はい。これで終わり。」
箱の最終チェックが終わって、弥生は一方的に会話を打ち切った。さっさと帰り支度を始める。
「え、ちょっと待って…」
らしからぬ動作で、粕辺は巣箱を引っ掛けてしまった。その衝撃にハチ達が大童で騒ぎ出す。幸い巣箱は数センチ動いた程度だが、ハチが落ち着くまで二人とも身動きが取れなくなった。
「…ばか。」
「ごめん。」
しおらしく、粕辺は謝った。項垂れる粕辺に弥生はそれ以上追及せず、後は羽音が落ち着くまで待っていた。
粕辺も余計な事は言えず、黙ったまま立っていたが。
「あっ」
弥生の動揺が発するのと同時に、それは粕辺の眼にも止まった。どういうわけか、密集めから戻ってきたハチの後足の付け根でもぞもぞ動く。
動いているのは黄色の塊だ。花粉玉がこの状態で動く理由を、咄嗟に粕辺は考えたものの、何も思い付かない。
更に、花粉玉はミツバチの足から外れ、転がるよりも跳ねるように、二人の間を行き来する。
「…お父さんね、杉の木の下敷きになって死んだの、話したよね。」
唐突に、弥生は亡くなった父の話を粕辺に振った。生憎、二人とも視力は頗る良い。
「あれ…ちょうど今頃だったんだ。」
皮肉にも、その花粉玉の細かな凹凸まで、くっきりと見えてしまった。少しはにかんだ人の顔が、回転しながら二人を見ている。げっ、と不気味がる粕辺以上に、弥生の顔は凍りついてそれを見ていた。
花粉の舞う日に亡くなった人は、花粉玉になって戻ってくる。
そんな事があるだろうか。
言葉を失くす二人の間を、その小さな玉は行き来した。
『…戻ってきてさね、傍で見護ってくれるんよ。』
ふと、祖母がそう言葉を続けていたのを思い出し、粕辺は何とはなしに弥生へ向けて口にした。
「親父さんさ、お前の事がよっぽど心配なんだろうな。」
「ナナナっ!!なんで!?そんなこと…」
「いや、だって。親父さんなんだろ? この顔って。」
ぽよーん。そんな擬音を立てていそうな花粉玉の黄色が、視界を横切っていく。メルヘンチックな世界が目の前に広がっている。
と、決して和んではいられなかった。
花粉玉は緊張感の無いまま、照れ笑いながら弥生の顔へと舞い上がった。
そして、二つある穴の中へ入り込もうと、顔の中心へ近づいた。
「き………ぎゃあああああっ!!」
雄叫びに近い悲鳴を上げ、弥生は全身に鳥肌を立たせた。腰を抜かす勢いで仰け反る。粕辺は呆気に取られ、ただ見ていただけだ。
花粉玉は懲りずにひとり嬉しげに、ぽよーんと弥生に向かっていく。
「来ぉないでぇぇぇっ!!」
弥生はその小さな玉を、全力で拒絶する。
けれど虚しく、玉は弥生の鼻の穴に深く吸い込まれていった。
「ぃぃぃ…ぃゃあああはははあっっっくしょん!!」
「弥生っ!!」
盛大なクシャミを連発する。それでも弥生の症状は治まらず、みっともなく顔を崩して号泣する。
「…れ? 弥生、花粉症だったっけ?」
顔をぐしゃぐしゃにしながら、弥生は否定していた。
「ぉ、ぉおどう、ざん、の、ぶあがあぁ、」
ずるずるの鼻を垂らし、間違いなく他人に見られたくない顔を晒して、弥生が文句を言った。
「がずべがべんなばなじおずるがらっ」
「へ?弥生、何言ってんのかわかんないけど。」
どうぢでぐれんのおっ、と弥生は粕辺の胸を叩いた。
春は遠くにあるようで、意外と近い…かもしれない。
2014/03/27 23:12 考
2014/10/27 17:39 仕上げ(とりあえず…諦めました(泣)




