「箱の中身」
「ボタン」のお題で書いた、携帯小説サイトの引揚げ品。
目の前に箱があれば、君ならどうする?
…まさしくそれが、今の俺の状況だ。
意味不明。
持ち主不明。
差出人不明。
不明だらけの箱が、何故か俺の机の上にある。
何故?
何ゆえに?
ただの嫌がらせか?
それとも御茶目な悪戯か?
いずれにせよ、箱は今、俺の目の前にあった。
さも『開けろ』と言わんばかりに。
「よっしー、何してんの。」
能天気な声が、背後からした。俺を愛称で呼ぶ、馬鹿丸出しの、幼馴染の声。
「キャー、何、この箱。開けていい?」
言うが早いか、既に開け始めている。慌てて俺は奴を制し、手から箱を奪い返した。
「何で?いいじゃん、開けても。」
「誰のかわからん怪しい物を、勝手に開けて、面倒に巻き込まれたらどうするつもりだ!?」
俺は奴に怒鳴り散らした。既に聞く耳を持たない奴には、馬の耳に念仏、もしくは暖簾に腕押し、なんだが、俺自身言わずには居れない。
「案外中に入っているので、持ち主が分かるかも知れないじゃん。」
ぶー、と膨れっ面を見せて、奴が言った。…成る程。確かにそれも一理ある。
「…よし、じゃあ開けよう。」
「やっぱり開けるんじゃん。」
じと目で俺は睨まれながらも、慎重に箱を開封していく。
「………よし。これで開いた…ぞ、ん?」
開かれた箱の中身。
それは…
「ボタン?」
よくロボットアニメなんかに出てくる、金属もしくはプラスチック製の箱型の中央に、マヨネーズの蓋の様な丸い赤い突起が出ている。
押したら恐らく中に入っていくのだろう隙間が、その突起の周りに開いていた。
「キャー、すっごく綺麗なボタン。」
綺麗なボタン?
奴の声に頭が動転した。
「どうしたの?そんなに一杯ボタン集めて。」
通りがかりの先輩が一言、俺に声を掛けてくる。
一杯…1個のボタンが?
何がどうなっているんだ?
「あの…これってどう見ても、やっぱりボタン…ですよね?」
念の為、先輩に確認を取ってみる。
「そうよ。それで手芸でも始める気?」
何故これが手芸になるんだ…どういう結びつきで、そうなるのか、分からないまま、俺は余計に頭を抱えた。
「手芸って、やっぱり造花かな、これ。」
奴は奴で“花”だと抜かす。花弁の欠片も無い、ただの約六面体をどう見ればそうなるのか、是非とも教えて欲しい。
「一体お前の眼は、どういう眼をしているんだ。」
「えー、どうして?」
「もう一度聞くが、何に見えるんだ?」
「だって、ボタンでしょ、これ。どう見ても牡丹の花に見えるけど…?」
大丈夫?と心配そうに奴が俺の顔を覗きこむ。
どうやら可笑しな事を言っているのは俺の方、になっているらしい。
「ボタン…ボタンの花ねえ。さすがリンちゃん、頭のネジが飛び抜けてるわ。」
決して褒め言葉でない事は、言われた本人以外はよく知っている。
…てことは、先輩にも花には見えていないんだ。
「ね、先輩。先輩にはどんなボタンに見えているんですか?」
俺の問いにピンと来たのか、にやと笑って襟元を指差した。
「さしずめこんな物って所かな。」
色や形は違うけど。と、付け加えて。
成る程、先輩には服に付いてるあのボタンに見えるって事か。
「因みに、君にはどう見えているのかな、よっしー君。」
「え、あ、俺、ですか。」
俺は人差し指を出して、ゆっくりと、押す真似をした。
「なるほどねえ、確かにボタンだわ。」
失笑しながら、先輩が納得する。
「何やってるの、よっしー」
呆れ顔で奴が俺を見る。いいんだ、お前に理解されなくても。俺もそんな事は期待しないし。
「で、これどうするの。」
言われて、はたと当初の問題に気付く。
そうだ、そもそもどうするべきかで、俺は悩んでいたのだ。
「お、美味そうなボタン餅だな。」
ひょいと、上から所長が顔を覗かせた。
「所長、それを言うなら、ぼた餅でしょ。」
すかさず突っ込みを入れる先輩。
「んー、細かい事だ。気にしない気にしない。」
そう言いながら、ちょいと中身を持ち上げて、口の中へ放り込んだ。
「あ、」
「あら、」
「あーっ、」
三人様々、声を上げて成り行きを見守る。
俺の目には、例の六面体をがぶりと…スポンジか羊羹を食うように、齧り付く所長の姿が見えている。
きっと、先輩や奴にはそれぞれに、違うものを齧り付いている様に、見えているのだろう。
そんな事はお構い無しに、美味そうに口を動かして、ごくりと飲み込んだ。
「所長…大丈夫ですか?」
「変な物、つまみ食いすると、腹壊しますよ。」
先輩のこめかみに青筋が立っている。それで一番迷惑を被るのは、先輩だから、当然か。
「んー、どうした?そんなに殺気だって。…ああ、悪い、皆で分ける所だったか。食べてしまって済まなかったな。
あ、リン君。済まないが、茶を一杯。」
暢気に喋りつつ、奴が煎れて来た茶を、受け取って啜る。
全く、所長のマイペースというか、間が抜けてるというか、常人には付いていけない異大さには、頭が下がる。
「甘かったですか?所長。」
指を銜えて、奴が尋ねた。そもそも何を考えてるんだ、こいつは。
「美味かったぞー。誰かの差し入れか?」
「いいなー、御菓子だったんだ。一欠けら欲しかったな。」
もしかして、砂糖菓子か何かと勘違いしてるんじゃなかろうか。
「もういいんじゃない、よっしー。箱片付けても。」
先輩の言葉に、は、と我に返った俺。確かに…結局、中身は所長が食べてしまったんだし、空の箱を置いておいても仕様の無い事だ。
ならばいっそ、小さく丸めてゴミ箱へポイ、と証拠隠滅した方が懸命だ。
「そうですね。そうします。」
早速俺は、箱を潰しに掛かる。
で、箱を潰して捨てようとした、俺の目に、底に張られていた『注意書き』の文字が、色濃く飛び込んで来た。
そこには、こう書かれていた。
『幻覚症状を引き起こす、危険物が入っております。
大変危険ですので、絶対に開封しないで下さい。』
─ 了 ─
2011/6/9




