「三途の川で会いましょう」
明るい自殺の話を…のリクエストで。
お題目は2年前の「風」です。8月だったかな。
坂木裕大。そいつは俺の友人だ。
そして唐突に言った。
「池間、俺今からあの世へ行ってくるわ。」
「は?」
元々変わった奴であったが。俺も笑いながら聞き返す。
「…冗談だよな?」
「いいや?マジだせ。」
悪びれもなく、痴れっとした顔で平然と答えた。
悪ふざけを言う奴、ではない。なんの前触れもなしに告げられた言葉は、俺には到底理解不能だ。
夏休みの終わる一週間前、つまりはちょうど今朝、俺は奴に呼び出されたのだ。場所は駅前の、今いる改札口の真ん前だ。
休みが終わる前に渡したい物があると奴が言い出したのが発端で、俺は何の気なしに、待ち合わせの場所まで来たのだが。
「悪りぃけど、土産は無理な。行ったっきりになるし。」
至極明るく、ごく普通に話す。頭がイカれている様子でもなく、至って平常の顔つきで。
行き交う人々が不審な目で俺達の事を見てくる。内容もさる事ながら、通行の妨げになっているのだから、当然と言えば当然だ。
俺も奴も百も承知だが、でも奴はそこを動こうとしない。
不可解な奴の行動に俺は頭を悩ませた。
「…行く、てどうやって逝くつもりだよ。」
忙しなく人が出入りする改札を避けて話を進めようとする俺とは逆に、渡すだけ渡してさっさと切り上げたいらしい。人通りの邪魔だろうがお構いなしだ。
「んーそうだな。青木ヶ原樹海辺りがいいんだけど。野垂れ死にするつもり。」
ニッと、笑う。悪戯な子供の笑顔でもなく、自分を嘲笑う笑顔でもない。
純粋に嬉しそうな笑顔だ。まるで今から出掛けるのが楽しみ、な行楽気分の明快な顔。
何なんだこの落差は。
呆れて物も言えぬ俺に、容赦なく提げていたリュックを無理矢理押し付けようとする。
「ちょ…おま…止めろって。」
慌てて腕を引っ込め受け取りを拒否する俺と奴のやり取りが、周囲にいた人間に当たった。
「あ…すみません、」
軽く頭を下げる俺をじろりと見、そのまま立ち去った。流石にその場には居づらくなり、俺は改札口を離れようと動いた。
「じゃあ、これ。」
間髪入れず、不意を突くように差し出された切符は、半ば強引に俺の手の中に押し込まれる。
「どの当たりに行くか、気になるだろ?」
俺の性根を熟知している意地の悪い顔だ。さっさと改札を通る奴に付いて、俺も渋々後に続いた。
てっきり遠くへ行くのかと思いきや。
「快速線はあっちだろ。」
俺の指差す方を無視し、迷うことなくローカル線へと向かう。しかも都心部へ向かう方向のだ。
「なんで都心なんだ。」
ぼやく俺をまたもや無視し、意気揚々と階段を上がって行く。鼻歌すら聞こえてきそうなご機嫌ぶりで、それはそれは楽しそうだ。
奴の後ろ姿を見つつ、俺は溜め息を吐いて、仕方無しに階段を上がった。
やはり人選は間違いなかった、と坂木は意気揚々と階段を上がる。後ろから付いて来るのは池間俊明。一言で言えば友人だ。
旅立つに当たって、当たり前だが家族に言える筈もなく。そもそも誰にも告げられん事だ。
けれどそれじゃあ、ちぃっと寂しいしな。
そう思って、池間に白羽の矢を立ててみた。案の定、池間は思惑通り、積極的に引き留めるでもなく、逃げ出すでもなく、こうしてちゃんと付いてきている。
その嬉しさにほくほく顔で、ホームへ向かった。
これでも何も考えずに出てきた訳じゃない。
万が一にもくたばった体が他人に見つかった時の為に、無縁仏として葬ってくれるよう書いた遺書は肌身離さず持ったし、前もって駅のロッカーに白装束の遍路着も用意して置いてある。
後は、望むように進んでいけるか、だよな。
ほんの少し感傷する様に、坂木は人が川のように降りてくる目的のホームを、眼を細めてすぅと見上げた。
ホームに着いた所で、思い切って俺は奴に尋ねた。
「何でいきなりあの世へ行こうだなんて思ったんだよ。」
暫く考えるような振りをして、恥ずかしげに奴は呟いた。
「行ってみてぇな、と思ったんだよ。」
だったら、人生の終わりでいいじゃないか。何も好き好んで今往かなくても。
理解できない。腑に落ちない。
文句をぶちまけたいのを堪えて、俺は奴を睨み返す。
「別に、今の生活に不満がある訳じゃねぇよな。あ、なんか人には言えない悩み事でも在るのか?」
少し心配になって、俺は親身に奴に話し掛けた。あの世に行くって、どう考えてもそれは、自殺するとしか解釈の仕様がない。
そんな寝覚めの悪い事をされてたまるか、と俺は躍起になった。
「悩みなんて、ねぇよ。」
その言葉と声は、何処かやるせない青春の苦味が込められている気がした。そして俺は二の句が次げず、奴を見る。
ほぼ、しまったな、という悔いる顔をして、奴は苦い笑顔を見せた。
「なぁ、池間。やっぱ笑って見送ってくんないかな。」
喉元まで出掛かった文句を飲み込んで、俺は奴を睨んだ。
「お前なら、笑って見送ってくれると期待したんだよな、俺。」
その顔は笑っていたが、急に降りだすゲリラ豪雨のようにいつ涙が降っても可笑しくない、痛々しい笑顔だった。
何も言えない俺に再度手の荷物を差し出す。
「…何、入ってんだ?」
恐る恐るな声色の俺に、奴は微笑んで言う。
「俺の死亡届と遺書。後で出しておいてくれよ。」
切手も貼ってあるから、投函するだけだぜ。
凡そ聞きたくない文言をさらりと言い、ここまで付き合ってしまった手前、受け取らざるを得ない状況になってしまった俺は、聞いた事を後悔した。
けたたましいぐらいに、電車の到着を告げるメロディが流れる。開かれる扉と共に乗客が吐き出され、ホームで到着を待っていた人の塊が電車の中へ飲み込まれていく。
「じゃあな。」
奴ももれなくその人混みに混じって、身軽な体で乗った。締まる電車の扉越しに、馬鹿げた笑顔を振り撒いて手を振る。動き出す電車に合わせて気づけば俺は奴の姿を追って、走っていた。
「直ぐになんか行かねーぞっ!!」
俺の声は走る電車の騒音に掻き消えて、風圧で巻き起こる風が俺を追い越し、奴の後に付いていった。
随分長い間、俺はその場に立ち尽くした気分になっていた。
実際には次の電車の乗降の邪魔になって、ホームの端へ追いやられていた。それでも随分長い間、ホームに留まっていた様に思う。
封筒の中には白紙の紙が一枚。他には何もない。
狐に摘ままれたようだ。結局奴は俺を騙したのか?
夏休みが終わるまでの数日間、俺は悩んだ。あの奴の最後に最期は感じなかった。
だから、やっぱり明日の始業式には、ひょっこり顔を出すんじゃないか。そうだよな、それが当たり前だよな。
しかし翌朝に俺は、やはり奴がわからなくなった。
一週間、出て行ったっきり、戻ってこないらしい。
三々五々、帰宅する学生やそのまま部活動に入る生徒に押されつも、俺はそのど真ん中に立ち止まった。
周りの奴等は俺を見て、怪訝な顔をする。または無関心に通り過ぎていく。
俺は。
「バッカじゃねーの。」
真上を向いて俺は吠えた。
秋の彼岸の空は腹がたつ程に青く、何処までも晴れていた。
坂木の思惑はいらんかも。と思いつつ、どういう気持ちだったか描く場所がなかったので。




