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腹黒粘着質宰相閣下観察日記  作者: つくえ
赤月三の日
9/11

■ページの外1 第二秘書官

第二秘書官視点です。

 

「まだ生きていたか腹黒」

「申し訳ございません。いつもながら、ご期待に沿えませんで」


 ああ、始まった。

 ちらりとおっさんと目線を交わして、一礼をし、さっさと壁際に退避する。


 宰相室に入ってきた人物は、俺たちに目を向けることなく、閣下に向かって一直線に歩いていく。別にとめることはない。よく知っている人物だからだ。まとう服装は、下級官僚のもの。下級官僚は、この区域に入室を制限されている。ただし、宰相閣下の許可の入った書類を持っており、それを届けに来た―――ということになっているらしい。そしてそのまま部屋を横切り、宰相閣下の前にある大きな机の前に、腕を組んで立った。

 それを座ったまま見上げる閣下は、相変わらずの氷のような無表情だ。窓からさす午後の光に、閣下の霜のような青銀の髪が輝く。

 対する相手は見るからに誠実そうで朗らかな笑顔を浮かべていた。茶色の頭髪が、いつもと印象を変えている。ただし、誠実そうなのは見た目だけだ。その口から、いつも通り毒舌がとびだす。


「で、いつになったら処理できるんだ? そろそろ待ちくたびれた。宰相はもっと馬車馬のように働いてくれ。その間に俺は妃といちゃいちゃして待ってるから」

「黙れ、うるさい口を縫い合わせるぞ。ついでにその辺でのたれ死ね無能王。さっさとご逝去してください。妃殿下のことはご心配なく」

「国王に向かって死ねとは何事か。あと、妃はやらん」

「死人ぐらいおとなしくしていただきたいという、希望の現れですよ、陛下。言葉のあやです」

「大人げないな、うちの宰相は」

「どの口がおっしゃいますか、国王陛下」


 両者とも鋭い目線を槍のように相手に突き刺している。陛下に至っては、朗らかな笑顔のまま毒舌を吐いている。

 それにしても、どちらも成人をとっくに超えた人間の会話だ。しかも、重大な職責のある二人の。

 まだ子供のほうがましな会話と交流を持つだろう。

 これが面白いから、この職場はやめられない。顔は真面目を装いながら、腹の中で爆笑する。俺が笑っている気配が分かったのか、おっさんが睨んできた。おやおやこわいな。付き合いが長いと、考えが読まれるのが難点だ。肩をすくめて、真面目に控えているふりをする。一見まじめそうに突っ立っておくというのは、騎士団時代に得た技術だ。

 

 茶色の髪をした闖入者――陛下は、今までの爽やかさを一転、下町のくそがきと同じような笑顔で閣下の机に手を突き、身を乗り出した。

 ずいっと乗り出した陛下を、宰相閣下は左手に持った書類で容赦なくしばく。いい音が部屋に響いた。

 陛下は不満そうに、書類を手で退けた。口をとがらせて文句を言う。


「反逆罪だ」

「いいえ、陛下の額に虫が止まっていましたので」

「ほう」

「おや、信用してくださらない?」


 どう見ても止まっていない。書類にも虫の死骸はついてない。陛下もそれには気づいたようだ。

 陛下の顔が近かったせいで、反射的にしばいたのだろう。ガタイのいい男に迫られて嬉しいものはいない。美女なら歓迎する。


「いいや、宰相のことは信用している。特に、仕事の面においては。性格以外は」

「私めも、陛下を人徳以外の部分は、とても尊敬しております」

「そうだな、妃も尊敬していると言ってくれたぞ。うらやましかろう」


 妃、という単語に、閣下が反応する。陛下はにやにやと詰め寄った。ろくなことを考えていない顔だ。閣下も察したらしく、面倒くさそうに陛下を見上げている。


「え? うらやましい? 美人の嫁がうらやましいか? うらやましいだろーそうだよなー!」

「うざい」

「うらやましくて言葉も出ないと! そうだよなー! あんな可愛い妻はいないからなー!」

「どけ。書類が乱れる」


 やはりろくなものではなかった。

 閣下は陛下が机についたままの腕をのけようとする。実際、書類が手の下でしわになりそうだ。陛下は割と素直に手は引いた。代わりに手を腰に当て、胸を張る。閣下と同じ感想を、畏れながら抱く。うざい。


「だが、アレクシアはやらん! 俺の嫁だから! 超絶可愛い俺の愛妻だから! 特にお前にはやらん!」

「アレクシア様が可愛いのは当たり前だ。お前だけ不幸になる呪いをかけてやるからさっさと早死にしろ」

「残念! 夫婦は一心同体でした! アレクシアを泣かせたくないから、俺は死なないッ」


 閣下の視線が冷たくなった。そろそろ面倒くさくなってきたのだろう。

 その気持ちは痛いほどわかる。

 正直、陛下の嫁自慢はうざい。妃殿下が好きなのはわかる。だがうざい。

 幼いころからアレクシア様を可愛がっていた閣下は、嫁自慢と夫婦愛自慢をされるとストレスがたまるのだ。それを知ったうえで、嫁自慢を繰り広げる陛下も相当なイイ性格の持ち主だ。唐突にはさまれるノロケは、横で聞いている部下の俺たちでさえ、ストレスがたまる。閣下のストレスはいかばかりか、計り知れない。

 とはいえ、この方々がこういった会話を繰り広げるのは、この部屋の中のみだ。さすがにわきまえている。

 俺たちは壁の飾りのようなものだが、それでも長い付き合いの部下だ。それなりに信用されているのだろう。

 もっとも、アレクシア様の前は逆に毒舌合戦は繰り広げることができない。妃殿下の前で繰り広げようものなら、妃殿下を落ち込ませるのは、火を見るよりも明らかだ。あの方は素直なので、お二人が仲が壮絶に悪いと受け取りそうだ。

 いや、それは半分は正しい。


「で、顔と能力だけの可愛い嫁がいない宰相、事態はどうなっている?」

「嫁が可愛い以外取り柄がない陛下、こちらの私の優秀な部下たちがまとめた書類を読めば、虫けら以下の脳みそでも理解できます。しばらく書類読んで口を閉じろ。仕事させろ」

「まとめてるならそれをさっさとよこせ。その書類があれば、お前の顔を見ずに済むのに」

「つい先ほど上がってきたものです。無理を言わないでください。陛下が間抜け面を見せにいらっしゃらずとも、すぐに報告申し上げるつもりでしたが」 


 陛下が書類を受け取り、読み始めると両者ともに口をつぐむ。

 書類をめくりながら、陛下は応接用の長いソファーに腰を下ろした。閣下はわれ関せずといった風情で、書類の山をサクサク片付けている。第一秘書官が動き、茶の用意を申し付ける。とはいえ、陛下はそろそろ帰られるだろう。次の予定が待っているはずだ。長時間抜け出すことが可能な身分の方ではない。王族は生活そのものが国家行事のようなものだ。細かく予定が管理されている。宰相閣下の比ではない。陛下付きの侍従のやつれぶりを見ていると、それなりに休みをいただける閣下の下は、まだ生きやすい場所に違いない。

 もともとお二人の相性は悪くない。しかし、性格が壮絶なまでに合わない。

 かまいたがりの陛下と、かまわれれば構われるほど嫌がる閣下。

 現在の地位に就く前から、両者とも変わりない。合わない、と言いながらも、根のあたりが似ているのだろう。下す指示や示す方向性は、笑えるほど一致している。


「結局、糞どもは戦争がしたいのか」


 書類の中身は把握している。俺がまとめたものだ。

 先日のペルケとクマンドの騒動も、反王の一派が仕掛けたもののようだ。結局、両方の人間をたぶらかしたという飲み屋の女性は、翌日冷たい遺体となって発見された。尻尾きりだろう。強盗と見せかけているものの、殺し方にそつがなさすぎた。玄人の犯行だった。女性が殺されたと思われる時刻、何名かが不審な男を目撃している。その男は女性の顧客だという話もつかんだ。おおよその男の素性は割れているものの、決定打が足りない。

 おそらく、これも前哨戦のようなものだろう。反王の一派は、あろうことか二国をそそのかし、この国へ攻め入らせようとしている。その動きを抑えようと、何人もの間者同士が入り混じる情報戦が始まっていた。

 国を滅ぼして、そのあと何が残るのか。

 ただ恨みで動く、それだけであればあまりにも浅慮。だが、後先考えない馬鹿の打つ手は、時として想像を凌駕し、狂気をはらむ。


「そんなに血を流したいなら、自分の首でも掻き切ればすぐ見れるだろうに。糞どもめ。いや、糞に失礼か、まだ肥料になる」


 うっそりと、陛下が笑う。暗い陰をはらむ顔だ。陛下は先王に連れられ、戦場で最も多感な時期を過ごした。

 陛下の粗野な言動は、その時期に培われたものだ。兵士の間で雑魚寝も日常茶飯事だった。俺たちも戦場で近くにいたせいで、それはよく知っている。閣下は内乱初期は国内を転々とし、のちに合流した。

 ひどい戦だった。思い出からにじみ出た戦の空気が、鼻先をかすめたような錯覚に陥る。

 紙とインクよりは、剣にひく油のにおいのほうが好きだ。書類整理よりも暴れているほうがすっきりする。

 が、平穏を引き替えにするほど、戦場を愛してはいない。


 ソファーから立ち上がり、陛下は書類を宰相の机に戻す。その所作は洗練されたもので、確かにこの方が王族であると再認識をさせる美しいものだ。

 閣下は書類を処理済みの場所へ投げ込みながら、押し殺した声で陛下に告げる。


「この国を戦場にはさせません」

「当たり前だ。全力で阻んで、叩き潰せ。跡形もなく」

 

 人当たりがきついと評判の宰相閣下より、本来は陛下のほうが獰猛だ。

 しかし、その面は表に出されることはない。王は希望の象徴であり、仰ぎ見るものでなければならない。一点の曇りも、あってはならない。

 閣下はしばらく陛下を眺めてから、御意のままに、と答えられた。


「手段は?」

「好きにしろ」


 閣下は無言で頭を下げた。

 陛下はそれを見て、頼む、とだけ告げる。

 そして、閣下が差し出した書類に、陛下は横にあるインク壷とペンを引き寄せ、ためらわずサインをした。書類を飾る文様のある罫線、独特の風合いの紙。あれは宰相に権限を委任する、国王陛下の直筆の命令書だろう。陛下は閣下に対して全面的に信用を置いている。

 決して嫌いあっているわけではない。

 ただ、信頼はしているものの、壮絶に性格が合わない、それだけなのだ。

 陛下は本当に状況をうかがいに来ただけだったらしい。

 ただ、最後に一言、

「また腹黒の顔を見に来るから、それまでは生きておけ」

 と静かに告げた。刺客とは、まだ裏で攻防を繰り広げている。

 珍しい言葉に、片眉を器用に上げた閣下だが、殊勝な言葉が出るはずがない。

「見に来ずとも生きていますから、ご心配なく」

「俺はかけらも心配しないが、アレクシアが心配するからな!」

「さっさと帰れ」

 追い出された陛下は、楽しそうに帰って行った。

 部屋から無防備に出たように見えるが、ちらりと兄の顔が見えた。わざと俺たちに姿を見せたのだろう。当伯爵家は、代々王族の護衛の任を請けたまわっている。兄がついているなら間違いはない。


 陛下という嵐のような存在がいなくなり、宰相室がいつもに増して静かに感じる。

 閣下はいつもの表情に戻っている。

 知らないものが聞いていれば、毒舌の応酬にどれほど仲が悪いのかと疑うに違いない。しかし、あれも陛下の息抜きの一種だ。それをわきまえ、閣下はあえて昔のように応戦する。もっとも、アレクシア様に関することには、私情が入っている可能性も否定できない。

 閣下はいくつかの命令書にサインをし、机に滑らせた。

「第二秘書官」

「はい」

 机の前に移動し、書類を受け取る。先ほど陛下が署名をしていった書類だ。まだインクの湿りが生々しい。


「聞いていた通りだ。徹底的に洗い出せ。ただし、裏付けは必ず取るように」

「はい」

 

 ここからは俺の仕事だ。軽口の中とはいえ、陛下の命令は絶対だ。

 必要な許可証を数枚、閣下に頂く。

 簡単に目を通し、それを書箱に入れて携える。書箱を抱えた左腕が重い。

 さて、何人消えることやら。

 ただでさえ、内乱で人材不足なのに、面倒なことだ。


 一礼して部屋を出ようとすると、扉のところで第三秘書官とかち合う。

 ものすごく微妙な顔をしている。それは、扉の所で俺と会った驚きとはまた違う表情だった。

 第三秘書官の向こうには、去っていく陛下の後ろ姿が見える。

 ああ、気づいたか。

 陛下の変装は、第三秘書官の目をごまかせなかったようだ。平素の陛下からすれば別人のように変装できている。俺からすればそう思えるのだが。

 腹芸のできない第三秘書官は、顔にありありと出ている。見たくないものを見てしまったというのが丸わかりだ。驚きではないところを見ると、初めてではないのだろうか。

 分かりやすすぎる第三秘書官に、吹き出しそうになるが、閣下の手前なんとか耐えた。

 両手に書類を抱えている後輩のために扉を抑えてやれば、へらりとした笑顔と礼が返ってきた。覇気がないと言われがちな顔だが、日向で伸びている犬みたいな顔で俺には好ましい。殺伐としていた気分が和む。

 一礼した時にずれたメガネを、器用に書類束を抱えたままあげて、第三秘書官は宰相室に入っていく。まだ閣下にかける声は緊張している様子だが、さて。いつかは第三秘書官も先ほどのような応酬を見ることがあるだろう。

 部屋前に控えていた騎士にされた礼を請けながら、想像する。ずり落ちかけるメガネのまま、微妙な表情でそれを眺めて呆然とするに違いない。

「やっぱりヴァレリーちゃんは癒し系だと思うな。クロードはどう思う?」

 背後にあらわれた気配に話しかける。静かな返事は面白みがないものだった。

「……どう、と申されましても」

 クロードに書箱より命令書を一つ、渡す。その裏には、調べるべき人物と情報が端的に走り書きされている。

「調べてこい」

「はっ」

 遠ざかる気配に、これからの予定を頭で組んでいく。退屈な仕事よりは、こういったことのほうが性に合っている。戦は嫌いだが、「もめごと」は好物だ。我ながら歪んでいる、と笑いながら外へ向かった。

 

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