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腹黒粘着質宰相閣下観察日記  作者: つくえ
赤月三の日
3/11

3ページ目 昔の夢を見た

 ああ、これは夢だなと理解する。

 目の前に見えるのは、五歳ほどの私と小さいころによく遊んでいた少年だ。

 絵姿で覚えている幼い自分が、動いているのが見えるのは何とも新鮮である。

 周囲は深い緑に覆われた場所だ。家の近くにあった、森の浅い場所だった。王都とは違う、田舎の風景である。周りには花が咲き乱れ、おだやかな春の空気に満ちている。

 そんな中、幼い私の目の前のみ、緊迫した空気が満ちていた。


「かえる、面白いのにな」

「こっちへ持ってくるな!」


 仕立ての良い服を着た子供を、緑色の大きなかえるを両手に持った私が追い掛け回している。冬眠から覚めた直後なのか、かえるはおとなしいものだ。子供の手より大きい。どこで見つけていたのだろう。

 私より幾分年上の子は、真っ青になって私から距離を取っている。かえるを嫌っているようだ。

 それが面白くて、私は少年の後を追いかけまわしているのだ。

 当時の私は本気で思っていた。こんなに面白い生き物はないのに、と。だから、少年にかえるを見せたかったのだろう。小さいころの私は、わりと本能で生きていた。

 げこ、と私の手の中でかえるが鳴き、少年も泣きそうになっている。少年の足は、じりじりと逃げの体制になっていた。

 今なら思う。

 むごいことをする。

 かえる嫌いな人間にとっては、トラウマになるだろう光景だ。


 夢を見ながら考えるというのはおかしなものだが、見覚えのある風景にいつのことだろうと考える。

 おそらく内乱のため、戦火の届かない国境の祖父の家に預けられた時の記憶だろう。

 騎士だった祖父は、一代で財を築いていたので、そこそこ大きな屋敷に住んでいたのだ。その村には、私たちと同じように何人か避難してきていた子供たちがいた。

 騎士や、目立つ貴族の家族というものは、手軽な脅迫材料となる。騎士として目覚ましい活躍を見せていた父を抑えるため、私たちは何度か狙われていたのだ。そのため、一家は分散して逃げていた。

 私と兄たちは、父方の祖父に預けられ、母は実家のつてを頼り、まだ一歳だった妹と別の場所に避難していた。


 いろいろな子供たちと、泥まみれになって毎日遊んでいたものだ。当時から体の大きかった長兄は、ガキ大将を務めていた。まだ小さかった私はよく置いていかれていたので、別の遊び相手を探していたのだ。

 私が今追い掛け回している少年がその一人だ。よく本ばかり読んでいるので、よく外に誘い、引きずり回していた。

 今考えれば、子供たちは愛称でしか名乗りあっていなかった。そのころは、身分も内乱もろくに理解していない子供であったので、遊んでいる相手がどの家の誰それというのは全く気にも留めなかった。

 この少年も、現在どのように育っているのだろうか。成長するといっても、そこまで顔が変わる人間もいないだろう。仕立ての良い服から見て、貴族か富裕層だと推察できる。


 ただ、この少年の顔に漠然と見覚えがある。

 夢だと割り切り、少年の顔をじっくりと観察することにした。

 目が大きく、あごが小さい。そのせいでひ弱な印象を与える。頭髪は灰青、目も濃いグレーだ。

 私が人を見分けるときに注目するのは目の色と、目鼻口の距離が重要となる。

 記憶を探り……ある人物が思い浮かんだが、速攻で却下した。

 もしこの夢が正確な記憶なら、思い出さないほうがいいかもしれない。彼にとっても、私にとってもだ。むしろ思い出さないで下さいと懇願しなければならないだろう。覚えていたとすれば、恐ろしい報復が待っていそうである。


 私の思いをよそに、目の前の場面は進んでいく。


「怖くないって、かえる」

「やめろ!」


 私がゆるめた手から、かえるが飛び出し、よりにもよって少年の顔にべしりと貼りついた。少年は悲鳴を上げ、しりもちをつく。その場所が悪かった。ぬかるみだったのだ。かえるがいるような沼地に近い場所だ。湿った土は、少年の服をどんどん黒く汚していく。


「あ」


 泥だらけになった少年の服を見て、さすがの私も悪いことをしたと思ったらしい。かえるをけしかけたことへの罪悪感ではない。服が汚れて家人に怒られるだろうことへの罪悪感である。

 少年は怒りで真っ赤にした顔で、かえるをべちりと払いのけた。罪のないかえるはゲコ、と一声を上げ、藪の中に消えた。


「その、ごめんなさい」

「謝るのはいい心がけだが、かえるをもってこっちに来るな! 嫌がらせか!」


 謝ろうと近寄る私。真っ青になってじりじりと後退する少年。まだまだ緊迫感のあるやり取りは続いていた。


 ぱぷーぺー。

 夢の中に唐突に雑音が混じる。高い金管楽器の、的外れな音。

 

 

 

 私は寝返りを打った。

「朝か……」

 窓の向こうは白々と明けている。私は眠気を飛ばすために伸びをする。狭い官舎の部屋は、朝の光でぼんやりと照らし出されていた。ベッドと最低限の家具だけがある部屋。

 私は枕元の眼鏡を探した。

 まだ窓の外からの、音階の外れた曲は終わらない。

 安眠妨害のこの音の主は、いまだに特定できないらしい。早朝、決まった時刻に金管楽器をふきまくるのだ。上手な人間であっても騒音となる時間帯である。ましてや、かなりの音外しなうえ、下手なのだ。

 文句を言おうと思ったものもいるらしいが、音の源が王城であり、迷惑をこうむっているのが平民が多い官舎の住人である。特定することも困難だったそうだ。

 しかし、私には助かっている。ちょうど良い起床の合図になるのだ。

 温かい寝床から、私は起きだし、簡単にベッドを整える。

 ぼんやりと先ほどの記憶を反芻する。

 確かあの後、私も少年に突き飛ばされ、泥まみれになったあげく、泥団子を投げ合いとんでもないことになった覚えがある。うっかり口に入った泥は、じゃりじゃりして気持ち悪かった。

 今まで忘れていたのは、少年と過ごしたのは数か月ほどであり、そのあとも各地を転々とする生活が待っていたせいだろう。一時は別れに落ち込んだものの、次の目新しいものに気を取られたのだ。

 少年の思い出こそ、文章に書けない。うっかり目にされて、ばれたときにどんな報復が待っているのか。考えるだけで恐ろしい。


 なんであんなど田舎に、公爵シュヴール家の人間がいたのだろう。

 宰相閣下にとって、かえるがトラウマになっていたらそれは間違いなく私のせいである。

 

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