一ヶ月後の死の宣告
昔、あるところに独裁者と呼ばれる男が支配する国がありました。
独裁者と呼ばれるだけあって、この男はとても残忍な性格をしていました。気に入らない者はあっさり処刑してしまうし、欲しいと思ったものはなんであろうと強引に奪い取ってしまいます。この国のあらゆることは、全て独裁者の思うがままだったのです。
そのため独裁者は多くの人間から恐れられ、またとても恨まれていました。
刺客を差し向けられたことも一度や二度ではありません。優秀な兵士による護衛や独裁者自身の強運のおかげで大事に至ることはありませんでしたが、いつしかこの独裁者は普段から暗殺者の影に怯えながら過ごすようになっていきました。
独裁者は暗殺者のことを苦々しく思い、また、そんなものにびくびくしている自分自身のことにも腹を立て、絶えず苛々していました。
そんなある日のことです。独裁者は、ある高名な占い師がこの国を訪れているという話を耳にしました。
なんでも、どんな事柄もたちどころにピタリと言い当ててしまうという凄腕の占い師なのだそうです。
独裁者はその占い師に興味を持ち、兵士に命令して自分の宮殿まで連れて来させました。
「お前はどんな事柄にも答えられると聞いたが、それは本当か?」
独裁者はローブを纏った老人を想像していたのですが、やって来たのは思っていたよりも若い男でした。
しかし具体的な年齢は良くわかりません。二十代にも見えるし、四十代にも見えます。
全体的に蒼白く、どこか気味の悪い男でした。
占い師は恭しく礼をしてから、静かに言いました。
「左様にございます。失せ物から恋煩い、前世の記憶や未来の出来事まで。どういった悩みにもすぐさま答えてご覧に入れましょう」
「ほう、それは面白いな」
独裁者は笑い、それからふと思いついて冗談半分にこう言いました。「では、わしがいつ、どのように死ぬのかもわかるのか?」
すると、占い師はあっさりと言いました。
「造作もないことでございます」
独裁者の目から笑みが消えました。
「それは……本当か?」
「はい。あなた様は今から丁度一ヵ月後、刺されて死ぬのでございます」
「な、なんだと? ……じょ、冗談にしては笑えんが」
「生憎ですが冗談ではございません」
占い師は真っ直ぐ独裁者を見据え、はっきりと言いました。
独裁者は、この占い師がこれまでに何人もの死期を当てたという話を耳にしていました。
つまり、自分は本当に一ヵ月後、刺されて死ぬかもしれないのです。
「………」
独裁者は言葉を失い、ただ占い師を見つめました。
しかし、突然笑い出し、叫ぶように言いました。
「そうか、それは良い事を教えてくれた。褒美をやろう、受け取れ!」
言い終わると同時に机を拳で強く叩きます。
すると、部屋に兵士が二人入ってきて、占い師を両脇から押さえつけました。
独裁者はにやにや笑いながら、
「お前には今すぐ死んでもらおう。その冗談の真偽はともかく、万が一そんなことを外で吹聴されては愚かな国民共が良からぬことを考えんとも限らんからな。……悪く思うなよ」
しかし、その言葉に対して占い師はほとんど反応しませんでした。
茫然自失という感じでもありません。まるで関心がないとでもいうように、落ち着き払っているのです。
独裁者はわずかに戸惑い、占い師に尋ねました。
「貴様、死ぬのが怖くないのか?」
「はい。既にわかっていた事でございますから」
「なんだと? わしが貴様を処刑するのがわかっていたと言うのか?」
「はい」
「にも拘らず、わしに呼ばれてのこのこここまで来たというのか。逃げようとは思わなかったのか?」
「運命から逃れる術はありませんので」
占い師は相変わらずの落ち着き払った態度で言いました。「そして、それは私だけではありません。あなた様にしても同じ。運命からは決して逃れられないのです」
独裁者はその言葉に背筋が寒くなりました。
しかし、すぐに顔を真っ赤にして、
「何をしている! その男をさっさと連れて行け!」
占い師を処刑場へ連れて行かれ、ギロチンにかけられました。
しかし、独裁者は落ち着きませんでした。
運命からは決して逃げられない。――占い師の言葉が頭の中にこびりついてはなれないのです。
「わしは絶対に死なんぞ」
独裁者は喚きました。「一ヵ月後だと? ふざけるな。わしにはまだまだやりたいことが山ほどあるんだ。そんなに早く死んでたまるか」
不安と焦りに囃し立てられ、独裁者は必死に助かる方法を考えました。
そして、あることに気付きました。
占い師の予言が正しければ、独裁者が刺されて死ぬのは一ヵ月後。
逆に言えば一ヶ月の余裕があるのです。
ならば――刺しにくる前にその犯人を殺してしまえばいい。
独裁者は兵士に命じ、少しでも疑わしい部分のある人間の首をことごとく刎ねさせました。
賢い者。力のある者。支持や尊敬を集める者。真面目な者。不真面目な者。裕福なもの。貧乏なもの。
処刑場にはとても長い行列ができ、死体の山は独裁者の宮殿よりも高く積みあがりました。国中のほとんどの人間が処刑されてしまったのです。
しかし独裁者の不安は収まりませんでした。万が一、ということもあります。
独裁者は自分の部屋に鍵をかけ、予言の日まで閉じこもることにしました。
部屋には食料庫のほか、生活に必要なものは全て用意させてあります。一ヶ月どころか一年だって外に出ることなく生きていけるのです。
窓や扉は全て鍵が掛けてあり、その鍵は独裁者のポケットの中。誰にも入ることはできません。
「どうだ、ここまでやれば誰も襲ってこられまい。わしは運命に打ち勝ったのだ」
独裁者は占い師のことを思い出しながら高笑いしました。
しかし、その時です。
チクリ。
独裁者の首筋に鋭い痛みが走りました。驚いて反射的に叩いてみると、小さな蜂が手の中で潰れていました。
恐らく運び込んだ食材に紛れ込んでいたのでしょう。
「驚かせおって」
独裁者は苦々しげに蜂の死骸を床に叩きつけ、足ですり潰しました。
しかしその夜のこと。
独裁者の体に異変が起こりました。
異常なほどの寒気。滝のような汗。嘔吐感。そして全身を貫くような激しい痛み。
昼間に潰したあの小さな蜂の毒が回ったのです。
あまりの苦しさに、眠ることはおろかまともに動くことも出来ません。
「だ……誰か、助けてくれ! 誰か……!!」
独裁者は必死に声を絞り出し、助けを求めました。
しかしその声は部屋の外へは届きません。仮に届いたとしても鍵がかかっているので誰も入ってくることは出来ませんし、そもそもこの国の医者は既に全員処刑されてしまっています。治療のできる人間など一人もいないのです。
独裁者は休むことなく苦しみ抜き、十数日後、ようやく死ぬことが出来ました。
占い師が予言していた、丁度その日に。