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魔法のメイクブラシ

作者: WAIai
掲載日:2026/11/03

暖かい風で桜が揺れる中、飯田まりえはバイト先に到着した。

歳は18、大学に入ったばかりだった。

ー自転車を停めないと。

店ーストロベリーキャンドルというフラワーショップの隣にある駐車場の端に移動すると、ヘルメットを取る。

その顔は整っており、まだ10代ということもあって、肌が瑞々しかった。

メイクはしておらず、店の中へ入る。

「お疲れ様です」

店主ー村山まりに声をかけると、彼女は明るく返してくれる。

「いらっしゃい、まりえちゃん。今日もバイト、頼んだわよ」

「はい、分かりました。着替えてきます」

まりえはバッグを持ちながら、STAFF ONLYのドアを開く。

パソコンがある事務室の奥に、更衣室があるのだった。

ー10代だからって、馬鹿にされないように気をつけなきゃ。

まだバイトを始めたばかりだが、まりえはプライドが高かった。

今日もミスしないように気をつけようと思いつつ、青色のエプロンを身につける。胸にはネームプレートがあり、飯田と書かれている。

「メイク、メイク」

バッグから手鏡と1本のメイクブラシを出したのだが、メイクブラシが変わっていた。

持ち手のところにボタンが並んでいるのである。

まりえは部屋の中央にあるテーブルに手鏡を置くと、メイクブラシのボタンを押す。

すると春の日光より眩しい光が満ち、形が変わる。

「まずはファンデーション」

まりえは持っているだけで、スラスラとメイクブラシが動いていく。

そう、これは魔法のメイクブラシだった。

1本、持っていれば、メイクが簡単にできるという、女子にはありがたいグッズだった。

メイクブラシは顔のTゾーンを中心に、綺麗にファンデーションを塗っていくと、自然と顔から離れる。

まりえは満足そうに手鏡を覗くと、次のボタンを押す。

それは頬を中心に、桜色に染めてくれるチークだった。

「あとは…」

目元だと思い、1度、後ろを振り返る。

まりが来ないかどうか確認してから、メイクブラシのボタンを押す。

今度はアイライナーの形となり、目元にすっと馴染んでいく。

最後にボタンを押すと、アイシャドウとなり、細くなった筆が動いていく。

「そうだ、口紅」

ボタンを押すと、口に当て、塗り絵のように慎重に動いていく。

「よし、できた」

手鏡を覗き込み、色んな角度から見てみる。

眉を整えるアイブロウが足りないと気づき、ボタンを押す。

まりえは眉がないわけではないのだが、メイクの中で眉は重要な役割をもっていると思っていた。

ーあたし、綺麗になった。

桜もびっくりするほど、メイク後の顔は整っており、まりえは鏡に向かってにこりと笑う。

今日も楽しくバイトができそうだと思い、メイクブラシを大事にバッグの中へしまう。

それから、まりえは店内に出ると、まりがこちらを見てくる。

「あら、春らしいメイクね」

純粋に褒めてくれたらしく、まりえは嬉しそうに微笑む。

「メイク、楽しいので」

魔法のグッズのことは内緒で、誰にも教えていなかった。

取られたら嫌だし、話題になって奇異の眼差しで見られるのも、嫌だった。

ー本当の友達は、メイクブラシだけ。

素のまりえを知っているのも、その日の体調に合わせてメイクしてれるのも、魔法のグッズのお陰だった。

まるで親友みたいな感じで、いなくなったら困る存在だった。

ーメイクブラシだけが、傷つけてこない。むしろ守るように、あたしを輝かせてくれる。

人間不信というわけではないのだが、まりえはある程度、心をブロックしていた。

店主のまりの前でも、一歩、引いたような態度だった。

ーまりさん、良い人なんだけど、その良い人っていうのが、いつまで続くのか分からないのよね。

まりえはまりをじっと見、全身を眺める。

化粧は薄めだが、流行りのメイクをしており、細身だった。

優しくてほんわりとした性格のようだが、いつ牙を剥くか分からない。

ー人間の腹の中なんて、何を考えているか、分からない。油断しては駄目。

まりえは強く自分に注意すると、まりに聞く。

「何をすればいいですか?」

「そうね…。花の名前を2つ、覚えましょうか」

「なるほど」

エプロンのポケットからメモ帳を取り出すと、まりの後をついて行く。

「これはネメシア。別名ウンランモドキといって、花ことばは正直ね」

「ネメシア…」

メモをしつつ、鉢植えに入った紅白の花を見る。

まるで色鮮やかな鯉のようで、まりえは顔を近づける。

春の日差しに照らされているからか、日光の甘い香りがし、目を細める。

猫ではないが、誘われてリラックスしたくなる。

ー花ことば、正直か。1つ勉強になった。

小さな花が懸命に咲く姿は、自分と重なり、「どうだ、美人だろう?」と言っているように見える。

まりえの姿に、まりがくすりと笑うと、次の花を教えてくれる。

「これはラナンキュラス。別名ハナキンボウゲ。花ことばは華やかな魅力」

「ラナンキュラス、華やかな魅力…」

丸い花はカーネーションに似ているが、光のある方向へ真剣に咲いているのだった。

ー真剣に咲いているか…。あたしもちゃんとやらないと。お金をもらうんだから。

メモを書きつつ、心に留めておく。

遊んでお金をもらうのは簡単だが、そんな職があるはずがない。

皆、一生懸命、仕事をしているから、日本の経済が回るのだと、まりえは思っていた。

真面目といえば真面目で、馬鹿にされやすい性格だが、真面目がいなくなったら、社会がどうなるかと、いつも嫌な奴に会うと考えてしまう。

ー考え過ぎかな、あたし。

ぼうっとしていると、メモ帳にインクが広がっていく。

「あ!! 大変!!」

慌てて意識を取り戻すと、まりが心配そうに言ってくる。

「大丈夫?」

「大丈夫です。ちゃんとメモをとっています」

「それなら安心ね。頼りにしているわよ」

肩を叩かれ、まりえは頬を少し紅潮させ、うなずく。

人から頼りにされるのは、嫌ではなかった。

「ーあの」

スーツを着た若い男性がやってきたので、まりえはメモ帳をポケットに入れ、挨拶する。

「いらっしゃいませ」

すぐにまりも挨拶し、男性客に近づく。

「どんなお花をお求めでしょうか?」

「そうですね…」

迷う客の姿に、この人、前も見たことがあると思いつつ、まりの後ろにぴったりとくっつく。

見て覚えること、それが1番、早いような気がした。

ーよし、頑張るぞ!!

まりえは気合を入れると、顔を引き締めたのだった。


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