AI小説流行への不満をぶちまけました~!!
『AIの文章はきれいで整っているけど、無個性』という文章見るたびに違和感。作家さんたちの敬称は略させていただきました。
最近の読み手としてのなろう活動。
読んでいてもこれはAIなのか疑心暗鬼になってしまい。
ちょっと、ネットで新規のお話を読むことから遠ざかっています。
代わりに昔読んだ本を、本棚から引っ張り出したり再購入して読んでます。
私がAI小説読みたくない理由。
自分の文章力が、おかしくなるからです。
文章の癖はうつります。
例えばさくらももこさんの軽妙なエッセイを読んだ直後だと、書くときもちょっとシニカルな文体にと影響を受けます。
特にAI文章は、てにをはの使い方が独特など致命的な乱れが多いので影響を受けたくないんです。
早くこのブーム終わればいいなと願っています。
AIさんは本来の書類作成で活躍してほしい。私のいる業界(インフラ関係)、大歓迎なんです。
【大手AI会社が各国で様々な古本を数十万冊大量輸入して読み込んで、本を裁断して捨てているという。】
と言うニュースを知り。
AIさんが、有名作家たちの文体をそれぞれ模倣してきてカオスな闇鍋風の物語生成しだすのを想像してしまいました。
『小野不由美に松本清張を混ぜたら混沌が生まれ、それが新生ファンタジー物語の幕開け』
無理でしょ! と一人ツッコミ。
一流のシェフが作ったカレーに、美味しいシチュー混ぜても違和感の一皿になるだけです。
最強+最強=超最強 って子どもの考えたモンスターじゃないんだから。
しかもプロの作家は、ジャンルやテーマごとに文体を変えます。作品に一番ふさわしい書き方を、計算しつくしています。
AI小説で商売やろうとしている人って、読書してないのかと疑ってしまいます。
『AI小説の文章は、綺麗で整っていて無個性』と言う世間の評価に対して言いたい。
私にとって綺麗な文章とは、詩のような吉本ばななや美麗な谷崎潤一郎。
私にとって整っている文章とは、整合性がとれ、無駄な贅肉の無い芥川龍之介や東野圭吾。
私にとって無個性な文章とは 抽象化され、概念のやり取りに絞り込まれた星新一や赤川次郎。
の文章だ~!!
人間と同等の文章が書けるのと、小説家並にうまい文体かは別の問題~!!
単なる棒読みを、ナレーション風と評価すんなー!!
と言う人間らしい雄たけびで、締めくくらせていただきたいと思います。
AI小説の文章が気にならない人は、視読派の方が多いのでは?
脳内音読派の私からすると、介護食を食べさせられている気持ちになります。
以下ミスのお詫び。
上の文章の視読(脳内が静かなまま文章を読む方法)のことを精読と書いてしまいました。訂正しました。
申し訳ないです。
葉室 律様の感想で気づきました。
葉室 律様、ありがとうございます(*^▽^*)




