6-生きるために必要な技能
そんなわけで、やってきました街の外。
しかも人の往来が途絶えるほど道から外れた場所。
彼はどこか、おっかなびっくりといった様子だった。
フードで顔を隠していても伝わるほどの怯えよう。
でも、それは彼が臆病だからじゃあない。
ここが本当に危険な場所だと、ちゃんと知っているということでしかなかった。
道外れには魔物が潜む。
それはこの世界で生きる上での常識だ。
人通りの少ない道外れには、本当にモンスターが現れる。
だから、こういう場所に故意に来る『真っ当な人』なんて、それこそ冒険者か動植物の研究者くらいのものだろう。
真っ当じゃない人?
そりゃ、法を破るのがお仕事になってる方々ですよ。
そういう人たちも出るから、普通の人は絶対に道外れに出ないし、何なら大半の人が街の外から出ずに一生を終える。
「それで、何をするのでしょうか?」
彼はまた人畜無害な獣の皮を被って敬語を使っていた。
もう今更とも思うが……まあ、こっちもこっちで可愛いから良しと私は気にしないことにした。
「ほい」
私はぽいっと、先程ついでに買っておいたショートソードと盾を地面に置いた。
「……はい?」
「どうぞ」
「え?」
「ど・う・ぞ」
「は、はい」
私の剣呑ならぬ雰囲気に飲まれながら、彼は速やかにしゃがんで剣と盾を持った。
「うむ。よしよし。なかなか様になってるね。安物だけどまあ悪いものじゃないから大切にしてね。そんで、ちょっと待ってね。『探知』っと」
私は『探知』の魔法を使い、近場に魔物か獣がいないか調べてみた。
だが……。
「あー、こりゃ駄目だ」
予定が外れ、私は後頭部を掻く。
弱い魔物は近場にいないし、コソ泥とかしてそうな奴らもめっちゃ遠い。
どうやら私が思った以上にここはちゃんとした街らしく、しっかり丁寧に間引きや警備をされているらしい。
だったら、もう少しリスク覚悟で街から離れるべきだった。
一応、こちらに気付き様子を伺っている魔物は何匹か引っかかっている。
だが、こういう警戒したまま近づいてこない魔物というのは中々に強かで、実力とは関係ない部分で、彼が戦うのはちょっとばかし早すぎる。
だったら、私しかいないだろう。
嫌われそうで正直嫌だけど。
私は足元に転がっていた、"適当な細い木の枝"を一本手に持った。
「という訳で、戦闘訓練です。私は『これだけ』で戦うので、適当にかかってきやがってくださいませ」
「……いや『これだけ』って……そんな振るだけで折れそうな枝じゃあ……ああ! 魔法を使うってことですね」
「いや。使わないよ? この枝が折れたら、私の負け」
「遊びです?」
「私にとってはね。ああ、先に言っておくけど、結構痛いわよ?」
そう言って私が枝を振りかざすと、彼は怪訝な表情のまま、さっと盾を抱える。
そして私が枝を大振りで振り下ろすと……。
「いっ!」
彼から声にならない声があがり、がらんと盾を落とした。
そりゃ、ただの枝だけどしっぺくらいには痛い。
驚きも混じったら素人なら盾を維持出来ないだろう。
「はいすぐ盾拾って!」
「ちゃ、ちゃんと防いだのに……」
ぼやく彼に私は苦笑する。
それは、冒険者見習いがやりがちな素人考えだ。
きちんと振らないと威力が出ない剣などの武器に比べ、盾は構えるだけだから技量がいらない。
そう思ってしまう人は意外な程に多い。
だが実際は逆。
振ればそれなりになる剣よりも、ワンミスで死に繋がる盾の方が遥かに難しい。
というか、あらゆる行動が攻撃より防御の方が難易度が高い。
その中でも盾は特別難度が高い方だ。
「防げてないからそうなってるの。すぐ拾わないとまたやるよ?」
彼は慌てて盾を拾い、今度は剣を構えた。
体幹は悪くない。
だが、大分腰が引けていた。
「自分は痛みに慣れているのに……なんて思ってた? だとしたら甘いわよ。人ってのは、そう簡単に苦痛に耐えられない」
その言葉にカチンと来たのか、彼は本性の野良犬の瞳を見せた。
「……本気でやって良いんだよな?」
「そんなこと言ってる時点で、実力差が見えてないよ」
彼は被っていた羊の皮を捨て、荒々しい、獣のように私に襲い掛かって来る。
まっすぐと覚悟を決めた突進。
それを見て、私は小さく溜息一つ。
「怒り任せなんて、選択肢として下の下以下だよ……」
剣を枝で受け流し、すれ違いざま手首にぺしんと一撃。
痛みで顔を顰めるものの、今度は剣を落とすことなく、すぐに構え直す。
だけど、彼はもう既に息があがっていた。
「なんで、そんな強いんだよ……。魔法使いなんじゃねーのか……」
「冒険者生活が長いから。正直に言えばさ、君の事情がどんなものなのか私はわからないわ」
彼は無言で、私の話に耳にを傾けてくれた。
「だけど、強くなったら、誰からも逃げることは出来る。強くなればどこでも生きていける。だから私は君をちゃんと強くする。……構えて、次、行くよ」
そうして、私は三十分、彼を嬲り続けた。
心は折れそうになる。
彼の顔が歪む度に、私の心が痛みを放つ。
それでも、これは彼の為なんだ。
そう、自分に言い聞かせる。
嫌わないでほしい。
そう願うけれど、きっと――その願いは、"叶わない"。
だから彼が、いつか私の元から逃げるまでと考え、より訓練を、厳しくする他なかった。




