エピローグ-冷めたコーヒーを二人で一緒に
そうして、二人だけの逃避行が始まった。
正直、私が思ったよりも追手はしつこかった。
どれだけ逃げても追って来て、行く先々で賢者の気配が。
その所為で、なんと半年もの間、逃走劇を続けることとなった。
だけど、そんな日々も一区切り。
追手から逃れられ、街の中にも普通に入れるようになって、ようやく野宿生活も終わりを迎えた。
途中水浴びしたり風呂に入ったり魔法で清潔にしたりとはしたから衛生的には問題ない。
それでもやっぱりゆっくりと宿に泊まれるのはまた違う。
この安らぎは別格だろう。
後、水浴びとか彼と一緒だとちょっとばかり心臓が悪すぎた。
彼を連れながら、一度も補足される逃げ切る事が出来たのは、本当に幸運だった。
と言う訳で、本当に久しぶりに、ホテルに泊まっているという訳だ。
リフレッシュとお祝いも兼ねて、私はちょっと良い部屋を用意した。
……一部屋で。
一部屋しかなかった……というのは言い訳だろう。
たぶん二部屋あっても一部屋しかとっていない。
まあ、そういう流れでもあるからだ。
流石に半年もあれば、色々ある。
とは言え……半年の間私達の関係は一ミリも進展しなかった。
逃避行が過酷だったから……なんかではなくい。
彼が私の言うことを、すべて素直に聞くからだ。
要するに、彼は私に対しての罪悪感と崇拝から、完全なる奴隷となっていた。
私がどれだけ好きと伝えても、きっと彼は受け入れてくれない。
崇拝が恋の邪魔をするって一体どういう状況だ。
だから私の想いを伝えるにはもう、これしかなかった。
だけど問題は、彼はずっとこれに関して酷い目に遭っていて……だからこの行為に対してきっと嫌悪感があって……。
ちらっと、彼の方を見る。
彼は真っ赤な顔をして固まっていた。
彼も、雰囲気やら流れやら、気づいてないということはなくて……あと、色々ときめいてもくれているっぽい感じ。
それに、嫌悪感の方は気にしなくても良いみたい。
良かった……。
「……あの……ね」
「あ、はい! やっぱり俺なんかが貴女様に触れるのは烏滸がましいという事ですよね。わかってます! 大丈夫俺は部屋の隅で、いえタンスの中で寝るので」
「どうやって入るのよ。そうじゃなくてね。えっと……私ね、これまで生きて来て、そういう経験まったくないのよ。恥ずかしい事に」
「……穢れていてすいません。今すぐ首を吊るのでロープを下さい。後出来たら腹切り用の短刀も下さい」
「やめい。貴方はどこも穢れてないわよ。嫉妬する位綺麗な顔で、美しい顔で……ごめん。顔しか褒めてないね」
「いいえ。貴女様に褒めて頂けるならこの呪われた顔でも良かったと思えます。……もっと、褒めて欲しいと思うくらいに」
にへらと笑いながら褒められ待つ彼の姿。
その背景に尻尾を振るポメラニアンが見えた。
相変わらず狡いくらい可愛いなこいつ本当に……。
「えとね、そうじゃなくて、私そういう経験ないけど、別に大切にしたとかもないのよ。ちょっと良い人いたら気軽にワンナイトラブでも楽しむ予定だったし……」
あ、ちょっとむっとした表情してる。
良かった全く脈がない訳じゃないっぽい。
これで崇拝オンリーだったら流石にわたしだってへこむ。
「だからね……えと、えとね……初めてとか、そういうのに拘りはないの。だから……」
「だ、だから?」
「私の最後の男になって欲しいなって……」
もじもじとしながらそう言った直後、私はベッドに押し倒された。
「ごめんなさい。もう、我慢出来ません。貴女を愛したい」
「えと……その……。どうぞ。愛しちゃってくださいな」
照れながら、私は彼に微笑みかけ彼を受け入れた――。
きっとこの時だけは、私は良い笑顔になれただろう。
だってこんなに、幸せな気持ちなんだから。
朝……彼は寝起きの私にコーヒーを用意してくれた。
それは、本当に天国にいたと感じる程幸せな時間だった。
痛みなんて一切なくて、ただただ快楽と心地よさと安らぎのみ。
割れ物を触る様に繊細に、宝物を触る様に愛おしく、自分が世界で最も美しい何かになったかの様に感じる時間。
だからこそ……。
「私、不満です」
むーとした顔で、私はそう口にする。
「へ、下手でしたか!? ごめんなさい自害します!」
「違うわよ! うますぎたし良かったし溺れそうだったし! だからそれに関しては文句ないです!」
「えと、では……不肖この俺に何が悪かったのか教えて頂いても……」
「そうじゃくてさ、君、私を良くする事だけを考えたでしょう?」
「え? 当然じゃないですか?」
「だからよ! ……私はね、君にも幸せに……ぶっちゃけて言うと、気持ち良くなって欲しかったの。もっと欲望をぶつけて欲しかった。多少痛くても良いし、辛くても良いから……」
彼はきょとんとした顔の後、顔を真っ赤にし、コーヒーをそっとテーブルに戻した。
「ごめんなさい」
「ん?」
「あんまりメリア様が可愛すぎたので、また我慢出来なくなりました。今から愛します。貴女の言う通り、俺をぶつける様に」
「えと……その……どうぞ、召し上がれ?」
私は真っ赤になって、照れ笑いを浮かべそう言葉にする。
彼が私のために初めて淹れてくれたコーヒーは、すっかり冷めた味でした。
ありがとうございました。
短いですが、これで終わりとなります。
二人の小さな旅のお話をもしも楽しんでいただけたのでしたら、評価の程どうかよろしくお願いします。




