12-せめて最後は苦しまずに――
もう――どうでも良い。
俺は今日まで、世界が醜いと思って生きてきた。
だけど、実際は逆――。
醜いのは……俺だった。
俺が醜いから、俺の世界は全てが醜い。
この世界において最も醜悪な存在は、俺だ。
だから……俺を救ってくれた声さえ、俺は裏切った。
もう、生きていたくない。
きっとこの気持ちは、単なる自暴自棄だ。
だけど、この嫌悪感にもう耐えられなかった。
他の誰にも、もう触れられたくない。
心も、身体も、誰にも。
以前は我慢出来たが、今はもう我慢出来ない。
前のようなことがあれば、きっと俺は気が狂うだろう。
だから俺は……独りで死にたかった。
あの人が用意してくれた、最後の場所で。
あの人の善意で用意された場所は、俺なんかが死ぬにはもったいないかもしれない。
だけど、ここ以外に、あの人の痕跡は何もなかった。
俺が全て、台無しにしてしまったから。
だからもう、ここしか、俺が居たいと思える場所がなかった。
数日程飯も取らず眠りもせず、ただ何もせず過ごしていたある日……。
その日は、やけに外が騒がしかった。
外だけではなく、宿の中も喧噪に包まれどたどたと大勢の足音が響いていた。
そんな時、宿屋の店主である男の叫び声が、宿の中に轟いた。
「早く逃げろ! 盗賊団が一斉にこの街目掛け襲って来てるぞ!」
何度も何度も、繰り返し叫んでいる。
自分は後回しで良いと、全ての客を逃がすように。
あの人の宿を選ぶ目が正しかったと、男は命を賭け行動で示している。
あの人の期待通りの店主。
それに比べ、自分は……。
「もう、どうでも良い……」
引き籠ったまま、喧噪を聞き流す。
そうしてしばらくすると、足音も店主の声も聞こえなくなる。
これまで感じたこともない程の静寂で、自分の吐息だけが耳に残った。
やっと静かになった。
そう思い目を閉じて、ふと、あることに俺は気付く。
死ぬのも殺されるのも望むところ。
むしろ俺は早く死にたいし、死ぬべきだ。
だけど、俺は経験から、知っている。
俺の場合何かある時は、死ぬだけでは済まない。
こんな場所で見つかれば、まず確実に犯される。
盗賊がどんな性別であろうとも、どんな趣味嗜好であろうと。
俺は、そういう運命の元にある。
それは、とても嫌だ。
あの人以外に何かされるのは、心底気持ち悪い。
この部屋で汚されるのも我慢ならない。
だが、何より嫌なのは、奪われること。
あの人が俺のために用意してくれた衣服、食料、武具、冒険者道具。
それらを持っていかれることが、何よりも俺は我慢ならなかった。
俺は最後の荷物としてあの人に用意してもらった袋を開ける。
中に入っていたのは、マントと肩当て、ペンダント、ゴーグル、ナイフといった冒険者セット。
俺が一人でも、生きていけるようにと願った、旅人の一式。
わかっていたことだが……あの人は、俺が裏切った後でも、俺のことだけを考えてくれていた。
俺が幸せになるようにと、あの人だけはただ願い続けてくれていた。
こんな、裏切者で傷つけた俺なんかを――。
「罪滅ぼし……でさえないな。そんなこと、俺にはもう出来ない。だけど……せめて、戦って死のう」
そう思い、俺はマントと剣、盾だけを持ち、宿の外に出た。
俺の武器、俺の盾、俺の戦い方。
あの人が教えてくれたこと、あの人が用意してくれた物。
裏切ったあの人に報いる手段もないのに、恥ずかし気もなくそれらを身に着けて、それを喜ばしいと感じる自分の度し難さに苦笑を禁じえない。
全くもって、反吐が出る。
喧噪が、全くない。
街の中は、人の気配が全くなかった。
ただ、街の外から何やら騒いでいるような声は聞こえた。
必死に街の外に逃げようとしている音が。
俺はその方角の、反対に歩き出す。
そして、街の外に出てから丁度だった。
その、大群を見たのは。
地平線の向こうから迫って来る、大量の人と馬の姿。
数百……いや、千は確実に越えている
それは盗賊という言葉では決して足りない。
むしろ軍と呼ぶべきだろう。
略奪軍と。
「あはははは」
乾いた笑いが口から洩れる。
少しくらい足止めして、あの人に教わったことを生かして、その上で死ねたらなんて妄想してたけど、これは駄目だ。
あれじゃあ一人殺すことさえ出来そうにない。
まあ、それも良いだろう。
せめて死のう。
苦しみながら、惨めに、のたうちまわりながら。
精一杯戦って、誰かに汚されないように。
それだけを目標に、俺は剣に握る手に力を入れる。
そして、軍団が迫りつつある、その瞬間――。
カッと、何かが光輝く。
その直後、ドォンと爆弾のようなけたたましい轟音が鳴り響いた。
耳につんざき、砂埃は嵐のように舞い上がり。
そしてその直後――。
「大丈夫!? 無事!?」
どうやら、耳がいかれてしまったらしい。
ここでは絶対に聞こえない美しい声が、俺の耳に届いた。
続いて、視力が戻り俺の前に一人の姿が。
あの時いなくなってから何も変わっていない、あの人がそこに居た。




