11-取返しのつかない裏切り
俺の最初の記憶……それは母の笑顔だった。
何もわからない、小さな頃。
全裸の母親が欲情し、俺の上にのしかかっていた。
その瞬間こそが俺の始まりだった。
そして、この時の俺はまだ、それがどれ程汚いことだったのかを知らなかった。
それがきっかけで、両親は離婚した。
母親は俺から離れたくなくて狂乱状態で泣きわめき、暴れまわった。
けれど父親が頑張ってくれた。
母から俺を護ってくれて、そして引き取ってくれた。
『お前は悪くない』
そう、言ってくれた。
今にして思えばあの言葉は、俺にではなく自分に言い聞かせていたのだろう。
最愛の妻を奪われた男として、必死に耐えながら。
そうして父と二人で平穏な日がはじまったが、それは長続きしなかった。
父の再婚相手もまた、俺目当てであったからだ。
未だ精通もしていない俺相手に発情し襲う女と、それを見つけてしまう父。
俺が助けを求めたその時の父の目を、俺は生涯忘れないだろう。
いつも俺を見ていた優しい目ではなく、その目に映っていたのは、俺に対しての憎しみだけ。
父はすぐに気づいてくれた。
父はずっと、俺と再婚相手とのことを疑っていた。
……父はもう、限界だった。
次の日、俺は最愛の父に売り飛ばされた。
それも、敢えて悪い噂があって、かつて『あそこには近づくな』と教えてくれた、貴族の屋敷に。
そこの女主人に、俺は『犬』にされた。
父の『近づくな』という言葉は、正しかった。
そいつは、貴族の中でも特に性質の悪い奴だった。
女主人は綺麗なものを痛めつけ、苦痛に歪むのを見ることこそが至上なんだそうだ。
俺は特にお気に入りで、いつもギリギリまでしつこく壊された。
本当に、毎度綺麗に壊された。
骨折しても元通りになり、爪は丁寧にはがされ戻った時には痕跡一つない。
そんな壊され方と、丁寧な治療による治され方を繰り返させられる。
辛かったのは、壊されるより、治る時。
魔法の力で体が修復される時は、壊される時以上に痛かった。
そして治ったら、再び壊されることがわかっていたから、治るなと、毎日自分の身体に祈った。
結局、無駄だったけど。
そんな地獄が、何年も続いた。
ボロボロになりながらも、それでも俺は、ずっとある『隠しごと』をしていた。
それが知られたら、本当に最悪なことになると子供の俺でも理解出来た。
だからこそ隠し続けていたけれど……ある日、それがとうとうバレてしまった。
俺はずっと、精通したのを隠していた。
これまでの地獄は、まだ温かった。
人の悪意という物は、無知な子供などには想像も出来ないものだった。
それからの日々は、終わった今でさえ、もう、思い出したくもない。
ある日のこと……女主人は俺を見せびらかしたくて、社交界に連れていった。
いつも以上に綺麗な服装をして、化粧をして。
死んだ目の無表情だったが、それでも恐ろしい程に好評だった。
それから一週間程後だろうか。
俺の所有者が、別の女に変わった。
何があったのかは知らない。
ただ、元の女主人が新しい主人を殺しそうな程睨んでいるから、円満な交渉というわけではなかったのだろう。
まあ、どうでも良いことだが。
そしてその日から、俺が受ける暴力の頻度は百分の一になった。
新しい主人は前の主人とは趣向が違うらしい。
それでも、日々が地獄なことに変わりはなかった。
気づけば、俺は貴族共からトロフィーのように扱われるようになっていた。
色々な奴が俺を所有し、俺を奴隷として扱い、俺で楽しんで、俺を見せびらかして、そして奪われる。
俺を奪い所有することがステータスのようになっていた。
苦しくて、何度も逃げた。
だけどすぐに見つかり、お仕置きという名の拷問の末、愛という名の地獄を与えられ続けた。
あらゆる命令を拒否することが許されず、作り笑いとおべっかと、そして夜の作法ばかり俺は詳しくなった。
俺の世界には、敵しかいなかった。
そんな日々を過ごす中、珍しく逃走が上手くいあって、スラムの中であと何日逃げられるかと怯えてる……そんなある日のことだった。
あの人と、出会ったのは。
怪しかった。
疑わしかった。
だけどその人は、飼い主の中では一番マシだった。
本当に優しくて、金払いも良くて、そして俺に"気持ち"を強制しない。
愛していると、俺に言わせようとしなかった。
だからある日、俺は飼い主様にご褒美をあげようと思った。
別にそう難しいことじゃない。
わざと肌を露出して、寝たフリをするだけ。
それだけで、奴らは皆獣になった。
そうなれば、相手がどうして欲しいかに合わせ、肌を交えるだけ。
悲しい程に得意になった、俺の唯一の特技。
だけど、そいつは俺に何もしなかった。
ただ毛布をかけるだけで、何も……。
その日だけじゃなく、彼女はついぞ俺に手を出すことはなかった。
俺に興味がないわけじゃない。
俺を見る目は、確かに他の奴と同じだった。
だけど、何故かわからないが彼女は俺を欲しなかった。
不思議だった。
だけどそれ以上に、不気味だった。
そんな人は今までいなかった。
彼女が何を考えているのか、俺にはわからなくなった。
他の屑共は、あんなにわかりやすいのに。
俺にとっての他人とは、俺を苦しめる人。
だけど彼女だけは違って、その理由がわからない。
何もしない隣人が隣にいるなんて、これまで一度もなかった。
まったく彼女のことがわからない。
だから、気が狂いそうだった。
だから俺はその日……やってはいけないことをしてしまった。
俺は、自分の能力を調べるために、適当な女をナンパした。
別に深い考えがあったわけじゃない。
ただ言葉巧みにだまくらかして、そして手の平で転がせるられかを見たかっただけ。
人々が俺をどう見ているか知って、そして俺の魅力が損なわれていないかを確認するだけ。
本当に、それだけだった。
そして想像通り、女は馬鹿で、俺に魅了された。
何だ、やっぱり何も変わっていない。
俺は変じゃなかった。
俺の世界は何か変わらずいつも通りだった。
俺は、何も変わっていなかった。
そう思っていた。
そうして適当に弄んだ後、女との逢瀬を断り、『またいつか会おうね』と適当なことだけ言って、彼女との部屋に戻った。
紙袋があった。
お金があった。
書置きが、あった。
あの人は、もういなかった。
そこでようやく、俺は気が付いた。
俺は自分の手で、蜘蛛の糸を引きちぎったのだと。
俺は、ずっと変わっていなかった。
おかしくなったのではない。
ただ、あの人が特別なだけだった。
あの人は、俺を"ただの人"として見てくれていたんだ。
俺が傷付かないよう、ずっと気を配ってくれていた。
俺をちゃんと、大切に想ってくれていた。
だから、俺を傷つけることを我慢してくれていた。
なのに、俺はあの人を無為に傷つけた。
歳はきっと、大差ない。
むしろ俺の方が数年上だろう。
だけど、あの人は大人だった。
俺の知る誰よりも、大人だったんだ。
俺と違って、誰かをちゃんと育てられる……そんな。
俺は、育ててもらった恩さえ返せなかった。
いや――違う。
大切に想い、幸せを願い、育ててくれた恩を、俺は仇で返したのだ。
育てて貰って、助けて貰って、救って貰って、沢山施してもらって……。
その果てに、彼女を裏切った。
俺は、ただの屑だった。
苦しめた奴らと大差ない、そんなどうしようもない屑だった
今更何を後悔しようと、もうすべて手遅れだ。
世界で唯一俺の味方となってくれたは、俺が傷付け、俺の世界からいなくなった。
全て、俺の自業自得だ。
ありがとうございました。
気に入って頂けたらいいねブクマの程を……いや、ここで気に入ってってかなりの鬼畜趣味な気もしますが、楽しんで貰えたら是非よろしくおねがいします。




