第二章『魏氏罅隙』編 あらすじ
樊の中卿、魏氏領は東からの報せに騒然としていた。
その報せとは、姜子蘭と茨国が顓族を虞より掃討したというものである。かつて杏邑に密勅を携えてきた姜子蘭を魏氏は粗略に扱った。魏氏の長、樊の中卿、魏盈は、鄭国に封建された姜子蘭がいずれ報復にくるのではないかと懼れたのである。
だが魏盈の補佐役である魏仲洪は客観的な事実と推察を以って、そうはならないだろうと説き、魏盈を安堵させた。
やがて年が明け、虞の成王二十一年の新年のことである。
樊の卿たちは新年になると主君、樊伯に挨拶へ赴くことになっている。智氏、魏氏は例年通り後嗣を名代として立てたが、維氏は少卿である維弓が自ら赴いた。
この維氏の動きを警戒した魏盈は、魏仲洪を維氏の下へ派遣した。魏盈の娘と維弓の子の縁談を持ち掛け、様子を探るためである。
魏仲洪は任を受けて霊戍に赴きつつも、霊戍で動き回っていた。その中で、嬴六という男を拾い、家臣として杏邑に連れて帰った。
そして戻った時、魏盈の次子、魏仲荘に謀叛の嫌疑が掛かっていることを知ったのである。
魏仲荘は魏仲洪に師事しており、次代の副弐にと見込んでいた相手であった。その魏仲荘が魏盈に刺客を送り、弁明の使者が向かった時には自領に戻ってしまったというのである。
魏仲洪は真相を確かめるべく、魏仲荘の領地、小梁へ向かった。道中、刺客に襲われながらもこれを撃退し、魏仲洪は小梁へ着いた。魏仲洪を迎えた魏仲荘は、その行動をして、賢者の千慮の一失であると言ったのである。
一方、魏仲洪不在の杏邑には密かに、正卿、智嚢の使者が訪れていた。
その使者は、当代の樊伯、夷皐が病であることを告げ、次代の樊伯を智氏と魏氏で決めようという密談を持ち掛けてきたのである。




