第八章『撃鹿血戦』編 あらすじ
夏羿族、維氏の兵を率いて北地を越え虞領にやってきた姜子蘭は、北岐三連城の城主たる顓項、恒崋山の山賊の頭目たる趙白杵と結び、三秧軍と称して虞の都、虢を目指した。
そのために落とすべき要衝として三秧軍は虞の大兵廠たる滎倉を目指すことにした。しかしそのためには、撃鹿という地を越えなければならない。撃鹿という地はかつて、樊の荘公が顓族を討つべく畿内の諸侯を率いて西進した際に大敗を喫した地である。
しかし三秧軍は滎倉を目指すこととした。撃鹿での会戦まで覚悟しての出陣である。
三秧軍の陣容は
姜子蘭率いる夏羿族、維氏の兵:三千
趙白杵が束ねる恒崋山の山賊:千五百
北岐三連城から集めた兵:六千
総勢一万五百である。
これに対して顓軍の総軍は四万であった。
果たして、虞の成王十九年、孟秋。三秧軍と顓軍は撃鹿の地で衝突した。
初期配置 赤:三秧軍 青:顓軍
中央・撃鹿平野
顓軍一万五千 将:顓彰期
三秧軍三千 将:盧武成、共羽仞 兵:北岐三連城
風山
顓軍一万 将:沙屹
三秧軍三千 将:允綰 兵:夏羿族、維氏領
雨山
顓軍一万 将:鵡涯
三秧軍三千 将:姜子蘭、顓項 兵:北岐三連城
巣丘
顓軍五千 将:顓謙鄀
明け方、三秧軍は盧武成、共羽仞率いる歩兵三千で撃鹿平野に陣取る顓彰期の軍を強襲した。
やや時を置いて、風山、雨山にも三千ずつの兵を率いて襲撃をかける。風山では允綰が山岳戦を制して敵将、沙屹を討ち、雨山では楼盾が雨山の部将、列琦を討って鵡涯の動きを牽制する。
そして、東西の山の顓軍の兵を抑えたところで、撃鹿平野で戦っていた盧武成、共羽仞の軍は、爆竹を鳴らして顓軍の騎兵を攪乱。同時に、東西で戦っていた三秧軍が撃鹿平野に駆け下りてくる。さらにこの乱戦の中で共羽仞が顓彰期を討ち取ったことで、三秧軍は勢いを得た。
顓軍は、顓彰期の軍に従っていた顓無卹の奮戦もあったが、戦局は互角。
それを巣丘から見ていた顓軍の総大将、顓謙鄀は三千の兵を撃鹿平野に増援として差し向けた。
しかしこの時、趙白杵率いる恒崋山の山賊千五百は、呉西明、顓遜とともに巣丘の麓に密かに進み出ていた。そして、三千の兵が撃鹿平野に向かったのを見ると、丘を駆け上がり顓謙鄀の陣を攻めたのである。
だが顓謙鄀はその手を読んでおり、出撃させた三千の兵のうち千には、巣丘の陣を狙う敵影が見えれば反転して挟撃しろと下知していた。
一方、巣丘からの援軍を見た顓無卹は、その兵が自軍の惰弱を責めるためのものではないかと動揺を見せた。子狼が密かに顓軍の中に間者を紛れ込ませ、風説を流したのもあり、狼狽した顓無卹は、巣丘からの増援の軍を攻めよとの命令を出す。
この命令により、撃鹿平野の戦いはさらに混沌を極めることとなった。
一方、巣丘では趙白杵が力戦していた。業を煮やした顓謙鄀はついに、全軍を挙げ、陣を空にして出陣することを決めた。止める近臣もいたが聞かず、兵を出すと、肥何が率いていたわずかな別動隊が空になった巣丘の陣に火を放ったのである。
これを好機と見た趙白杵はますます盛んに攻め立て、挟撃を恐れた顓謙鄀は遁走した。
さらに撃鹿平野の顓軍も、同士討ちで士気が鈍っていたところに、巣丘の陣から火の手が上がったのを見て陣形が崩れ、やがて潰走を始めた。
趙白杵はこの勢いのまま先行し、巣丘の南にある撃鹿城、そしてそのままの勢いで滎倉城までを落としてしまった。顓軍はその多くを撃鹿平野に投入しており、滎倉城にはほとんど兵は残っていなかったのである。
顓謙鄀は囚われの身となったが、その処遇を一任された顓項によって放逐され、虢に戻る。
顓族の長であり、顓謙鄀の父たる顓戯済は敗戦の責を負わせて顓謙鄀を殺そうとした。しかしその時、南を守っていた四男、顓阿坤が、南方の大国、茨によって攻められ敗走してきたことを知る。
一方、滎倉城で兵を休息させ、いよいよ虢に迫った三秧軍も、そこで南方の茨国が顓族を攻め北進してきたことを知ったのであった。




