リリスのために
――相手は、あくまでも“女優”だ。
レオンはそう心の中で念じ、気を引き締める。一方で、コンラッドは椅子から身を乗り出すようにしてリリスの言葉に耳を傾けていた。
「……だから、悲しい気持ちがあるのは本当よ。彼女とはある意味、戦友だったもの。――彼女のソプラノは、本当に素晴らしかった」
そう言い終えると同時に、リリスの瞳から涙がひと粒。
それは頬の丸みに沿い、計ったように美しく一筋の軌跡を描いて流れ落ちた。
鏡台の灯りを背に、リリスの表情は陰って見えづらい。
声には沈んだ響きがあったが、それでも気丈に振る舞っているようにも思える。
(たとえ明るい場所で顔が見えたとしても――彼女の演技力を思えば、その奥を見抜くのは難しいかもしれない)
レオンは、伯爵夫人が作ってくれたこの機会を無駄にすまいと意識を引き締める。ただし、あまりにも熱心に映らぬよう、慎重に視線を巡らせる。
楽屋の中を一巡する視線の先、共用だという衣装スペースの奥から、かすかに鈴蘭の香りが漂ってきた。
「彼女に比べて、あなたはあまり強い香水はお使いではないのですね」
レオンの問いに、リリスは小さく首をかしげて答える。
「支援者の方々にお会いする時など、身だしなみとしてほのかに香らせることはありますけれど……香りって、その人の好みが強く出ますでしょう? だから、あまり……ね」
控えめな言葉遣いだが、その裏にある自制心のようなものがにじんでいる。
――女優としては珍しい、とレオンは思いながらも、思考のどこかが引っかかっていた。
何かを見落としている。だが、それが何なのかが、どうしても掴めない。
隣では、うつむいていたコンラッドが顔を上げた。
まっすぐリリスを見つめるその瞳には、真剣な色が浮かんでいる。
「……あなたのために、僕にできることはありますか?」




