楽屋への道
「支配人から返事が来たわ。ほんの短い時間だけなら主演女優を
尋ねる許可が出たわよ、感謝なさい」
伯爵夫人のその声に、三人はひそやかな緊張を胸に、
舞台裏の楽屋へと向かった。
「僕もついて行っていいんですか?」
いつもなら積極的に出てくるコンラッドが、珍しく遠慮がちに伯爵夫人に尋ねる。
「大丈夫だと思いますよ」
それに続いて、レオンが気軽に言葉を挟んだ。
「コンラッド、いざとなったら後援を検討していると言えばいい。
君の家は、確か芸術活動に資金援助をしていたはずだろう?」
「それは実家の話であって、僕個人のことじゃないから」
コンラッドは困ったように眉を寄せる。
「一般的な貴族は、自分の家がしていることも、自分の一部だと考えるものだけどね」
「僕がそういうことをしないって、君は知ってるだろう?」
やれやれといった様子のやり取りに、伯爵夫人が微笑を浮かべる。
「とりあえずここで話していても時間が経つだけだから、
さっさとリリス嬢のところへ行くとしましょうか」
案内人に導かれ、三人は楽屋へと向かう廊下を歩いていく。
すれ違うのは出演者や劇場関係者らしき人々だ。
ロビーはてっきり混乱しているかと思いきや、
観客たちは先ほどの事件について口々に語り合いながらも、素直に帰っていく様子だった。
「やり手だね、ここの支配人は」
その様子を見て、レオンが感心したように呟く。
「君のところの支配人は、本当に有能なんだね」
レオンが案内役の男性に軽く声をかけると、男はわずかに苦笑を浮かべた。
「……表向きは、そうなっていますね」
その表情から、どうやら裏ではいろいろとあるらしい。
女優たちの熾烈な競争、俳優たちによる賃金交渉、さらには劇場内の派閥争い……
金が絡むと、ある種の“有能さ”が浮き彫りになるようだ。
「まぁ、有能と言っても、完璧ではないのだろうね」
レオンが柔らかくフォローすると、案内役の肩の力が少し抜けた。
「もしかして後援が必要なら、彼も検討してくれると思うわ」
伯爵夫人がふと話に割り込むと、男は露骨に反応した。
期待をくすぐられたのか、急に口が軽くなる。
やや声を潜めながら、彼は劇場の裏事情をぽつりぽつりと語り始めた。
「彼女も、演技は悪くなかった。
もちろん、看板女優を張っていただけあって、美しい人だったと記憶している。
――でも、リリスは特別だ」
「まったくその通りでして。
支配人としては、金を引っ張ってこれる二番手を手放すのは惜しい。
けれど、リリスを主役に据えないわけにはいかない。後援者たちも、
二人を競わせてけしかけたりするもんですからね。
……遠くから眺めるぶんには面白いんでしょうが、劇団内の空気はひどく悪くなりましたよ」
そうこうしているうちに、一行は楽屋の一番奥――主演女優用の部屋の前へと辿り着いた。