舞台の上で
舞台の幕が静かに上がっていく。
群衆が歌を歌い始めると、ソファにしな垂れかかる美貌の女優が、静かに顔を上げる
はずだった。
だが彼女は、まったく身じろぎもしない。
気を利かせた端役の俳優がそっと彼女の横に座り、ささやく。
「まずいですよ、始めてください……」
その瞬間、彼女のドレスからぬるりと滴る液体が、彼の手を濡らした。
「ひっ……」
明らかに素ではない悲鳴が、舞台上に響き渡った。
次の瞬間、彼女の身体がソファから崩れ落ちる。
舞台照明が背中に突き立てられた凶器を照らし出し、客席に緊張が走った。
ざわ……と空気がざわめく。
その瞬間、彼女のドレスからぬるりと滴る液体が、彼の手を濡らした。
「ひっ……」
その短い悲鳴が舞台上に響き渡る。
次の瞬間、彼女の身体がソファから崩れ落ちた。
舞台照明が背中に突き立てられた凶器を照らし出し、客席に緊張が走る。
ざわ……と空気がざわめく。
「これは……脚本にある演出、なのよね?」
「いや、それにしても彼女がまったく動かないのはおかしい」
「ドレスが赤く染まってる。もしかして……」
憶測が飛び交う中、看板俳優が顔を引き締め、舞台中央に進み出た。
そして客席に向かって一礼し、はっきりとした口調で言う。
「諸君、本日の舞台におきまして、予期せぬ重大な事態が発生いたしました。
誠に残念ながら、今宵の上演は中止とさせていただきます」
騒然とする場内。舞台装置が反転し、緞帳が降りていく。
「レオン、残念だけど、今日は早めに切り上げてディナーに向かいましょうか」
伯爵夫人が軽く扇子を振る。
「その前に、何が起きたのか――気になりませんか?」
レオンの口調は冷静だが、わずかに興味の色が滲んでいた。
「あなたのそうやって退屈を紛らわすところ、本当に貴族らしいと思うわ」
「マダム、我々は“他人の知らない情報”を収集し、そこから想像を巡らせることに快楽を覚える生き物なのですよ」
「正直にそんなこと言う人、あなたくらいでしょうね。仕方ないわ。支配人を通じて、楽屋に伺うことにしましょうか」
「ええ。今夜、本当に“芝居をしていた”のは誰か。脚本を読み解くのも面白そうです」
傍らでその会話を聞いていたコンラッドは、ただ心配そうに女優の様子を見つめていた。
「演技なら、良い。だけど……そうじゃないなら、誰かが彼女のことを傷つけたってことだろう」
「コンラッド、君だけは変わらないでいてくれ」
「なんだよ、気味悪いな」
「褒めたつもりだったんだが」
「いや……その言葉で褒められたって気が付くのは難しいだろ。でも、まぁ、ありがとう」
もう動いていないなら、それが答えだ。
だが今日初めて見る女優のことを、本気で心配しているコンラッドに、
それを言う気にはなれなかった。