君と一緒にいる理由
「準備、終わった?」
かれこれ二時間。
目立たないはずのその男は、ひとたび目を留めれば、その佇まいのすべてが洗練され、
清潔感に満ちている。華やかさではなく、隙のない着こなしで自然と視線を引きつけるのだ。
コンラッドは、そんな親友の姿を好ましく思うと同時に、自分には真似できないものとして
密かに敬意を抱いていた。
「あぁ。君のクラバットも直させてくれるか」
「俺はこれで十分だと思うけど?」
「いや、少し歪んでいる。それにしても、君のところの従僕も腕を上げたな。
今度の子は、今までより長く続いているようだ」
「……レオン、俺の従僕が次々と辞めるのは、君のせいだってわかってる?」
「それもまた、仕方のないことだよ」
他人事のようにさらりと答えると、レオンは待たせていた馬車へと歩き出す。
コンラッドも、それに続いた。
レオンと出かけるときだけは、コンラッドも香水を控えめにしている。
車内には石鹸の香りと、控えめなウッディ調の香水が静かに漂っていた。
「その香水、悪くないね」
「今日はリリスの主演舞台の初日だからね。気合を入れて、新調してみた」
「彼女の劇団は、君の親族が援助しているんだったな」
レオンはいつものように、自分の立ち位置を確認しているらしい。
「ああ。僕の叔父の従妹が嫁いだ伯爵が、劇団を支援しているんだ。
『動かない芸術より、生きた芸術が好き』らしいよ」
「その気持ち、わからなくはない。でも、僕にはあいにく、そんな余裕はない」
「君の場合、“君が関わっている”こと自体が、もう支援みたいなものだろ?」
「そうなるかどうかは……今日の行動次第、ってところかな」
レオンは穏やかに微笑み、窓の外へと視線を向けた。
「今日は、レディを迎えてから、共に馬車で劇場へ向かう予定だ」
「すべて君に任せるさ」
そう言って、コンラッドは隣に座るレオンに視線を向けた。完璧に整った
“目立たないほどオーソドックス”な装い。
その隙のなさに、彼がいまだ社交界の中心を担う存在であることを改めて実感する。
「なんだい、そんなに僕のことが好きなのか?」
「お前を嫌うやつなんて、ただのコンプレックスの裏返しだよ」
コンラッドがそう返すと、レオンは一瞬きょとんとした顔を見せ、
それから珍しく大声で笑った。
「やっぱり、君だけは怒らせたくないな」
笑みを深めるレオンの横顔を、コンラッドは少し呆れたように見つめる。
レオンにとって、親友のコンラッドは――生まれながらの貴族として
すべてを備え、生粋の善人という、到底真似できない資質を持つ存在だ。
放っておけばすぐに騙されて身ぐるみを剝がされてしまいそうな性質だが、
どこか話すだけで毒気を抜かれてしまうような不思議な魅力のせいか、
それとも運が良いのか――今のところ、大きな問題に巻き込まれることはない。
「君は、女優に見惚れすぎないよう注意することだね」
レオンがそう言った直後、馬車が止まる音がした。
そして今日もまた、新たな美しい女性が、扉を開けて乗り込んできたのだった。