九話 ブレイクダンスかつらぎ
魂交という技がある。
魂とは、前世で使われていた、精気の別の呼び方だ。
元は人体において重要なもの、みたいな意味の言葉である。しっくりくる日本語に直しただけなので、むこうの言葉だとまた違う発音になるけど。
つまり魂交とは精気を交ぜるという意味なのだ。
過剰な精気は体を壊す。自身の精気を相手へ過剰に交ぜこめば、体のバランスを狂わせて昏倒させられる。
やったことだけを見れば雲雀は魂交を叩きこんだことになる……んだけど。
数十歩分離れた怪物の体をよーく観察する。
怪物の体は腰辺りから塵も残さず消失していた。
その断面は巨大なドリルが通過したあとみたいにねじれ、抉れていた。あと、体表はよくわからないゆらゆら動く何かだけど、体内にはちゃんと内臓や肉が見える。
怪物の下半身がぐらりと傾く。
あの状態からでも再生するか、と雲雀ともども身構えるが、下半身はそのまま後ろむきにどさりと倒れた。
その衝撃があっても血はほとんど出てこないな。
生物なのかなんなのか……いや、それは置いておこう。
とにかく空間ごと削られたように怪物は死んでいた。ヴァ〇ラ・アイスかな?
絶対に魂交で起こるような現象じゃない。
いったいなにをしたんだ? と聞きたいところだけど……雲雀自身が呆然としてるんだよね。
「おーい、雲雀!」
声を張り上げると雲雀が我に返り、バッとこちらを振りかえる。
その顔は『どうしてこうなった!?』と書かれているかのようだ。
「ど、どうしましょう阿真菜さん!?」
なぜわたしに聞く。
「いや、まあ、結果オーライじゃない?」
時間稼ぎをしようとしたのは魔力がないと対抗しきれないと思っていたからだし。
倒せるなら倒してしまったほうがいい。
倒すのはわたしの役目だ! と駆けだしたわたしがちょっと恥ずかしいだけだ。
「ただこれ以上再生しないように下半身も消し飛ばした方がいいとは思うけど」
「冷静ですね!?」
そういえばそうだ。
まあわたしよりずっと驚いてるひばりがいたからね。驚く前に気持ちが落ちついてしまった。
今も話す片手間に魔力を作っているぐらい冷静だ。
「逆にやったひばりがなんでそんなにびっくりしてるの?」
「こんなことになると思ってなかったんですよ! ただ少しでも怯ませようとしただけなのに!」
あ、やっぱり本人もあんな効果は予想してなかったんだ。
「なんであんなことに?」
「わ、わかりません。いつも通りやったはずなんですけど。人間にしか当てたことはないですけど、普通ならしばらく意識を失うぐらいで済みます」
魂交が効きやすい相手なのかな。
……まって? ということは雲雀は怯ませられるかもわからず、放たれる直前の炎の前に出たってこと? 嘘でしょ!?
「命は大事にしなよ!?」
「なんか怒られた!?」
一直線にもほどがある……!
あの炎がそのまま放たれれば周りの人たちが何人も巻きこまれただろう。そう考えるとファインプレーだけど、雲雀が死ぬ可能性の方が高かったのだ。
人が焼け焦げていくのは何度も見た。
記憶の中ですら慣れないのに、目の前で、知り合いがああなるなんて。
「やめてよね……これ以上」
小さなつぶやきはとどかなかったらしい。雲雀が首をかしげていた。
とにかく無事でなによりだ。
「何か言いましたか阿真菜さん!?」
「なにも! というかその下半身は消さないの? さっきみたいにぎゅばって」
「怖いんですよ! なんですかあの現象! わたしも巻き込まれたりしませんか!?」
あ、それは怖いと思うんだ。
さっきできたし次もできます! って感じでもう一発叩きこむのかと。
ちょっと安心した。怖いことへのブレーキはあるんだね。
まあ雲雀ができないならわたしがやるだけだ。ちょうど魔力も溜まったし。
「じゃあわたしがやるからちょっとどいて――」
そう言い終わる前に。
ひばりの目の前に倒れる怪物の体から、精気の気配が発されはじめた。
「ひばり!」
声をあげると同時、体を強化し駆ける。
十分な量の魔力による強化は数十歩の距離を秒以下でつぶす。わたしの声に反応した雲雀が怪物を振りかえるよりも速く、わたしの手は怪物へ触れようとした。
だけど指が怪物の足に触れるよりさらに速く。
怪物の体の方が先に崩れた。
足の爪の先がざぁっと、砂のようになって落ちる。そのせいで手がからぶり触れられなかった。
さらに一部が崩れるのに合わせて下半身のぜんぶが一気に崩壊しはじめる。
異様な光景につい手をとめてしまう。
「……なに、これ?」
「うわっ!? 阿真菜さんいつの間に!」
いまのわたしは雲雀の隣にいる。さっきまで離れた場所にいたしそりゃ驚くよね。
でもごめん、それよりこの怪物の状態が気になる。
「これってどういう状態なんだろう。……死んだってことなのかな」
弱っているのはまちがいない……いや、でも感じられる精気は少しずつ増している? 完全に消し去った方がいいのか?
「大丈夫です。もう再生したりはしませんよ」
意外なことに、雲雀がはっきりと答えた。
「わかるの?」
「怪物の体内に巡っている精気が乱れていってます。吸収された精気もすぐに解放されるんじゃないでしょうか」
断定するような言葉の直後。
怪物の体は一気にばさりと崩れ去り――同時、膨大な量の精気がごうとあたりに広がった。
森の奥で巨木に囲まれたような、大きな滝のそばにいるような、清涼だが圧倒的な力の気配があたりに満ちていく。
これが吸収された精気か?
違う、いくらなんでもこんな膨大な量を取り込んではいなかった。
じゃあこれはなんだ? あの怪物から? でもあの怪物からは精気を感じなかった。
わからない。
わからないけど――。
――なんだかとても……懐かしい。
呆然としている間に、精気はうねりを上げて渇いた大地へと広がり、染み渡っていく。
弱弱しくなっていた大地の精気へと回帰し、前よりも強く巡りはじめた。
それもまたありえないことだった。
生物の精気は大地の精気とは違う。
たとえ大地へ戻るにしても、もっと時間をかけてゆっくりと還元されるはずだ。
ありえない現象ばかり。疑問が尽きないなかで。
「あっ!!」
いきなり雲雀がでかい声をあげた。
なにもう、これ以上になにかおこるの!? もう食傷気味なんだけど!
でも雲雀が焦った顔で口にしたのはべつのことだった。
「阿真菜さん、もう学校始まるんじゃないですか!?」
「がっ……あ!?」
そうだ、そういえばまだ朝じゃん! うわぁこれから学校行くのわたし!? もうだいぶ疲れたんだけど!
「式神は行動こそトレースしますけど簡単な受け答えしかできません! 授業が始まって当てられたら答えられませんよ!」
「うわーっせっかく式神の話なのに問題が日常的すぎてロマンが壊れるーっ!!」
「言ってる場合ですか!? 式神をオフにする方法と操作する方法は教えますから、トイレとかに誘導してさっと入れ替わってください!」
「なんか秘密道具みたいな扱いだね!?」
と、とりあえず学校に行こう! ランドセルは……ヤバイ、戦う前に投げ捨てたからどこに行ったのかわかんない!
「阿真菜さん早くーっ!」
「わかってるーっ!」
なんだこの会話! さっきまで怪物相手に殺し合いしてたはずなんだけどなぁ!?
■ ■ ■
がっつり身体強化をして走り、小学校についたのはちょうどわたしたちの班が門をくぐったところだった。
わたしは『目隠し』で気配のすべてを隠しつつ、壁を飛び越えて侵入。
式神を雲雀から教わった方法で操作しようとした。
精気を細く糸のように伸ばして、式神の格である木札に接続。
木札の紋様を巡る精気を、自身の動かしたいようにとどめたり巡らせたり、あるいは道を作って別の場所に流したり。
要するに生物の体を巡る精気の変化を真似すれば、式神もその通りに動くということらしい。
が、この操作には失敗した。
いや失敗っていうかできるわけないでしょこんなもん。なんだ生物の精気の巡り方を真似するって、複雑すぎるわ。
自分や人の体の精気を整えるのとは違う。あえて乱したり崩したり、乱雑な精気の流れを完全に掌握しないといけない。じゃないと指一本動かそうとしても変な挙動をするのだ。
どうしてくれるの、わたし登校中にいきなりブレイクダンスしはじめた変な奴になっちゃったんだけど。
だからもう操るのはすっぱり諦めて、魔力で式神をむりやり操ることにした。
ちょっとぎこちないがブレイクダンスよりマシだ。
そうしてトイレにまで誘導し、ようやく入れ替わることができた。式神は紋様に傷を入れて精気の流れを阻害するだけで簡単に消えて、木札だけが残った。
あとで返す木札をランドセルに入れて、トイレを出て、ガラッと教室のドアを開ける。
「お、おはよー」
ちょっと気まずくなりつつあいさつをする。
集団登校のせいで結構な人にブレイクダンス見られちゃったんだよね。
「かつらぎさん、おはよー」
「おはよう、ブレイクダンスかつらぎ」
「なんでいきなりブレイクダンスしたの?」
「うるせー! ノリだよノリ!」
ちくしょう! さっそくいじめみたいなあだ名が付けられておる!
というかあの時に見てなかった子にも話が広まってるじゃん! だれだ話したやつは!
「んふっ……ごめん、あまなちゃん……つい話しちゃって……んふふ」
教室の奥、窓際の後ろの席でしーかちゃんが口元をおさえて肩を震わせていた。
しーーーーかちゃん! なにしてくれてんの!?
わぁでも笑顔がかわいい! ゆるす! そして他のやつらは散れ!
なんでなんでと群がってくるクラスメイトを両手を振りまわし追いはらう。
クラスメイトは「まあ、あまな(かつらぎ)が変なのはいつものことか」と去っていった。
わたしの評価どうなってんの?
ため息をついて自分の席に座る。
わたしの席は窓際の一番後ろだ。漫画なら主人公ポジションである。転校生が隣にくるんだ。
「はぁー、もう。朝から疲れた」
「ブレイクダンスしたんだもんねぇ」
それをしたのはわたしではない。でもさせたのはわたしだ。ややこしい。
「集団登校じゃなければ見られずにすんだのに……!」
「見られたくなかったの? いきなり披露したのに」
「人には複雑な感情というものがあってね」
適当にごまかしていると、「そうだ」としーかちゃんが手を打った。
「職員室で聞いたんだけどねぇ。集団登校、明日からなくなるんだって」
「えっ、なんで?」
「なんだかねぇ、中学生を切りつけたっていう犯人が捕まったんだってぇ。それで警戒する必要がなくなったからーって」
「えぇー……もっと早く捕まってほしかった」
そうすれば今日も式神を使ってもらうこともなく普通に間にあったのに。しーかちゃんには先にいってもらうことになってただろうけど。
がんばりがムダになった気分だ。よけいに疲れが増した。
「でもどうやって捕まったの? だれも犯人なんて見てなかったんだよね?」
「近くの住宅から釣り針を垂らしてひっかいた、らしいよ? やれって言われたとか言ってるみたいだけど、もともとよく嘘をつく人だったのと、前も似たようなことしてたから、ご近所さんからも信じられてないんだって」
「よく知ってるね……?」
「お母さんからメールがきたんだぁ」
ほんとに何者なんだ藤原さん。
……誰にも見られず、切り傷だけつけた、という事件。
今日の怪物の騒ぎに似てたけど、犯人が捕まったのなら関係ないのか。
まあ隣町だし、そもそもあれに襲われて切り傷だけですまないよね。……雲雀みたいな中学生ならワンチャン?
そんな風に考えていると、教室のドアを開けて、いつも通りのジャージの先生が入ってきた。
あー……これから授業か。




