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六話 蹂躙

 怪物の口から炎が噴き出る直前、近くにいた中年の首を引っ掴んで全力で横へ跳んだ。


「ぐえぇっ!?」


 中年が悲鳴を上げた直後、炎が恐ろしい勢いで吐き出される。

 オレンジの混ざった灼熱の赤が、扇状に広がりながら道路を横断した。途中にあったずたずたの車を焼き尽くし歩道にまで突き進んでゴバッ! と燃え広がる。

 十数メートルの範囲が一瞬にして火の海となった。


 中年を道路へ転がし、急いで炎の中を凝視する。


「他に人は……!」


 視線を巡らせるが、巻き込まれた人はいないようだ。

 呆然と座り込んでいる中年も怪我を負った様子はない。魔力による保護をしていたおかげか。

 胸をなでおろし、怪物を睨む。


「血だの火だの、トラウマを抉るようなことばっかりしやがって」


 目の先で怪物はこちらを警戒するように姿勢を低くして唸っている。

 蹴り飛ばされたのを覚えているからか。不用意に近づいては来ないようだ。


 また炎を吐いてきたらどうするか。

 対策を考えながらちらりと横の火の海を見る。

 恐ろしい火力だ。

 もう少し避けるのが遅ければ、魔力による保護がなければ、わたしは焼け死んでいただろう。


 ただ解せない。


 汗を拭いながら怪物へ向けて口を開く。


「あれだけの精気を使って、この程度の火力しか出せないのか?」


 煽るかのような言葉になってしまったが、それは純粋な疑問だ。

 怪物が奪った精気はわたしが公園から奪ったものより多い。この数倍の範囲をさらに強力な熱で焼き尽くすこともできたはずだ。


 だが問いかけられた怪物は低く唸り牙を剥いてくるだけ……いや待て。


 こいつの牙は蹴りを食らわせた時に折れていたはず。


 よく見れば、欠けた牙は早回しで作られる鍾乳石のように少しずつ生えてきていた。

 ふらついていた足はしっかりと道路を踏みしめ、血を吐くこともなく、四肢には前以上に力がみなぎっている。

 というか。


「デカくなっていないか……?」


 見上げるような体格が、さらに一回り以上大きくなっていた。


「精気を大量に取り込んだことで成長した……のか? 回復と成長に使った分、炎の威力が落ちた?」


 バカげている、と率直に思った。

 精気はそんなに万能なものではない。いくら命にとって重要とはいえ、大量にありすぎればそれはそれで体調を崩す。

 あまりに多くの精気を取り込めば全身が破裂して死ぬだろう。

 そもそも精気を圧縮したって、魔力のように自然現象へ変換するのはあまりに効率が悪い。それを当然のようにやってのけるなど。


 そして、ついさっき気づいたことだが。

 あれほど大量に精気を取り込んでおきながら――目の前の怪物に、精気が感じられない。


 炎を吐く前、奴が精気を喰らっている時。

 まるで排水溝へ水が吸い込まれるように、精気が流れ込んで消えていった。

 雲雀曰く、万物に宿るという精気が。


 精気を喰らい、他のものに変換し、さらに喰らった精気で回復するどころか成長(?)する。


 こいつは――一体何なんだ?


『ゴオアアアッッ!!』


 怪物の咆哮がビリビリと肌を打つ。

 ハッと思考から引き戻され、近くにいた中年がまた爆発!? と悲鳴を上げて逃げていく。


 目の前で怪物ががぱりと口を開けた。

 そこへ大地の弱弱しい巡りまで喰い尽くすように再び精気が流れ込み、圧縮されていく。


 怪物は近づくことなくわたしを倒そうとしているらしい。


「魔力は……もうほとんどないか」


 公園で生み出した莫大な魔力は、ここへ飛んでくるために相当な量を使ってしまった。

 さらに数人の重傷者を治し、『目隠し』で継続して消費し続け、炎から身を保護するためにも使用している。


 そして新たに魔力を練ることもできない。

 大地の精気はあの怪物に取られているし、そもそもわたしも精気を使いすぎた。


 全身から噴き出している汗は熱によるものだけじゃない。

 精気の使い過ぎによる体力切れだろう。全力疾走をした後のような疲労感が襲ってきている。

 また大量に魔力を練ろうものなら、気絶で済むかどうか。


 ここから去るまで『目隠し』は維持したい。

 倒れるのは論外。

そうなると戦いに割ける精気と魔力は、どちらもごくわずか。


「チッ」


 この状況に舌打ちが出てしまう。


 対処が難しいからではない。

 対処できないからでもない。

 もちろん諦めたわけでもない。

 ただ、あの傭兵の手を真似る(・・・)のが気に食わないだけだ。


 息を一つ吐いて、怪物へと片手を向ける。

 怪物の眼光が鋭くなったように思えた。


「ああ、いくらでも警戒してくれ」


 過敏な反応に笑顔を向けて、手のひらに魔力を集める。

 作られたのはソフトボール大の球だ。さらにそれを、怪物へ向けてキャッチボールでもするように放る。


 集めたといっても圧縮したわけでもないただの塊だ。威力は無い。

 怪物も困惑したように身じろぎするだけで、球を避けようとはしなかった。


 その鼻面に球が当たり、ボッと魔力が弾け散った。


 ……それで終わりだ。

 技を放った後に追加効果なんて発動しない。そんなもん付与していないし。


 そんな一幕の間に精気の圧縮は終わったようだ。

 怪物の口内には圧倒的なまでの精気が感じられ、ちろりと揺れる炎が見えた。


 今度はこちらの番だとでもいうようにガバッ! と一際大きく怪物が口を開ける。

 そこから膨大な炎が放たれ——。


 その瞬間にわたしは片手をぎゅっと握りしめる。

 途端。

 怪物の口周りに漂う魔力(・・・・・・・・)が上下からその口を強く押し付け――口を閉じさせた。


 ぎょろりと光る怪物の目が、驚いたように瞬いた。

 次の瞬間。

 くぐもったゴボン!! という音と共に——怪物の内部へ炎が爆発した。



『ゴォガッァガアォッ!?!? バアああああアァァァッッ!!!』


 耳が痛くなるような無茶苦茶な絶叫が上がる。


 それを聞きながら首を傾げる。

 昨日の奴なら、自分を縛りあげた力をむざむざ受けることは無いだろう。


「再生したわけではないのか? 別の個体だったか……まあいい」


 体の内部を焼き尽くされるというのはどんな痛みか。


 それを想像しながらも同情は湧かない。

 わたしがここに立っているのはこいつのせいだ。


 崩れ落ちてのたうち回る怪物を見下ろし、言葉を吐く。


「わたしの体験した痛みが、それだと思え」


 しばらく悶えていた怪物は、やがて動かなくなった。


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