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クラック・バック・ワールド  作者: 海山 鍬形
第一章

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六話 事情説明

 陰陽師。


 平安の世においては中務省(なかつかさしょう)の管轄下にあった陰陽寮、そのトップを指す職業。

 天災や、国家事業の土木工事なんかを行う土地を占った者。

 他にも貴族が出かける時に方角の吉凶を占って凶と出れば方違えをさせたり、体調や運勢が悪ければ物忌(ものいみ)をさせて汚れを清めたり、野良の陰陽師と呪詛バトルを繰り広げたり妖怪を調伏したり果ては式神を従えて神と戦ったり雨を降らせたり地震を起こしたり自然や人を自由自在に操ったという――。


「そんな陰陽師が雲雀さんだと!?」

「え、えーと。やっていることはまあ、そんな感じ、ですかね?」


 ロマンが現実になった……!!

 息が荒くなるのをおさえられない。心臓の音が早くなって、じっとしていられない気分だ。やだ……これって恋!? そんなわけあるか! どうしよう! いまわたしは正常ではない!

 衝動のまま魔力の手をひっこめて、自分の手でがっしりと雲雀さんの手をつかむ。


「はあ、はあ、や、やっぱり妖怪と戦うのが本業だったり……?」

「ど、どうして息が荒いんですか? 顔が近い……というか妖怪や他の陰陽師と出会ったことが無いです」

「えっ、ないの?」

「えぇと、少なくとも私はないですね」


 そ、そうなのか……妖怪はいないのかな。

 他の陰陽師とであったこともないなら、陰陽師自体の数も少ない?


「というか、ですよ! 私も質問があります!」


 バッと雲雀が手を挙げた。えっ、なに?


「そちら……そういえばお名前は?」

「あ、葛城(かつらぎ)阿真菜(あまな)です」

「阿真菜さんは、国のエージェントとかではない、んですか? 本当に?」


 そんな疑わしげにされても。


「ちがうよ。ぜんぜん国とか関係ない一般人。むしろひばりさんは陰陽師なんだったら国の下の陰陽寮とかに所属してるんじゃ? 国のエージェントはそっちでしょ?」

「国との関わりなんてないですよ! 師匠からも何も聞いてませんし!」


 師匠!? こころおどるワードが出てきた……じゃなくて!

 どういうことだ!? 話がかみあったりかみあわなかったりで混乱してきた。雲雀側もそれは同じのようで首をかしげている。


「ちょっ、と。話を、整理しよう」


 このまま話していると混乱するだけだ。いや混乱はすでにしているけども。


「まず、わたしは怪物と戦っているひばりさんを見て、秘密組織のメンバー的なものだと思ってた。主に漫画の知識から! 逆にひばりさんはわたしのことどう考えてた?」

「私も、同じです。阿真菜さんがあのキメラを変わった技であっさりと倒したのを見て、陰陽師とは違う何かしらの組織に所属しているのかと……映画で見た知識から」


 そう、そうだ。そこがかみあわなかった部分。

 普通はありえない状況に直面して、お互いに『あの人はフィクションに出てくるような人なんだ』と思ってしまっていた。

 思いこみの激しいオタクたちが、どっちも自分を棚に上げていたということ!


「つまりお互いに怪物のことも、秘密組織的なものも知らない、と!」

「そういうことに……なりますね」


 うなずく雲雀はなんともいいがたい顔をしている。わたしもそんなことある? って気分だから気持ちはわかる。

 しかしとりあえず一つ誤解がとけた。


 でもそのせいで疑問は増えた!


「でもひばりさんは陰陽師ではある(・・・・・・・)んだよね!?」

「は、はい! あ、あと呼び捨てで大丈夫ですよ。私が敬語なのは気にしないでください。普段からこうなので」

「え、あ、はい……じゃあ、ひばり」

「はい!」


 なんで嬉しそうなの?

 ああいやそれはともかく。


「ひばりは妖怪とか怪物とかは見たことがない?」

「ない、ですね。一度も」

「じゃあ、陰陽師ってなにをしてるの? どうして怪物と戦ってたの?」


 これはわたしの興味から出た質問ではない。

 陰陽師がこの世界で、現代でどういう扱いになるのか。それがわからないとどう関わっていいかわからないのだ。

 けっして興味があるから聞いたわけじゃない。


 雲雀はどこから話すべきか考えているのか目をさまよわせている。


「えぇと、まず陰陽師の仕事なんですが……阿真菜さんは、この地面や私たちの体に流れる力を感じ取れますか?」

「まあ、感じられるね」


 力というのは精気のことだろう。陰陽師たちの間ではどう呼ばれるのかわからないが。

 ……あれ? でも精気を操るようなところ見せたっけ? 魔力は使ったけど、あれだけを見て精気と結びつくとは思えないし。


 そう考えていると。

 雲雀の口から衝撃的な言葉が飛び出してきた。


「私たち陰陽師は、この力のことを精気と呼んでいます」

「えっ……?」


 なんで。

 どうして雲雀がその呼び方を知ってる?

 それは、前世の世界での呼び名でしかないはず――。


「あ、一応精気についても説明しますね」


 わたしが硬まったのを疑問として受け取ったのか、雲雀が解説を始める。


「精気というのは、万物の大元であり、この星を支えるように巡る力そのものです。パワースポットって呼ばれるようなものは、この精気が強く巡っている場所のことを指します。……まあ、気のせいなことも多いらしいんですが」


 すらすらと語られる譲歩は、わたしの知っている精気とほとんど同じものだった。


 なんで?


 まさか雲雀も前世を持っている? それをごまかすために陰陽師とか名乗って……いやごまかしにもなんにもならないって。前世持ちも陰陽師も変なのは変わらないでしょ。

 そもそも雲雀がそんな嘘をつける性格だとも思えない。

 ……精気という概念が二つの世界で共通している? わたしがこの世界に転生してきたのも、あるいはそれが理由で……?


 頭が疑問に埋め尽くされる中、パシッと乾いた音が響いた。

 ハッとする。雲雀が目の前で、地面に手をついていた。


「陰陽師の仕事は、乱れた精気の流れを整えることなんです」


 地面に目を向けながら雲雀は説明を続けている。

 ……ひとまず考えるのはやめて、雲雀の話を聞こう。

 少なくとも雲雀がわたしの事情を知ってカマをかけている、みたいなことはなさそうだ。


「乱れた精気というのは、この公園の中だとそこの端の花壇とか」


 雲雀が壁際を指さした。

 レンガで覆われた中に、からからに乾いた土が敷き詰められた花壇があった。花壇とは言うけど花は咲いていなくて、雑草が顔を出しているぐらいだ。

 その雑草も生えているのは片隅だけ。


「花壇に流れる精気が片側で淀んで、うまく流れていないんです」

「なるほど?」


 一応知らないふりをしてうなずいておく。

 たぶん水が足りないのかな。最近はあまり雨が降っていないから。


「こういった土の精気へ、自分の精気を干渉させて……」


 地面に触れている雲雀は自身の手から、ずず、と精気をゆっくりと土に馴染ませていく。

 これは、精気に対して道を作っているのか。

 昨日わたしがやったのと同じだ。


 雲雀の手から伸びた精気は、地面を伝って花壇へずるずるとゆっくり伸びていく。

 そして淀んだ部分に到達すると、巡りやすいよう少しずつ道を整えていった。やがて水に押し流される雪のように淀んでいた精気が他の部分へと流れ始める。


 精気が巡るにつれ、渇いた土がちょっとだけ柔らかくなっていく。栄養を取り戻した感じだ。

 ただ元々特に手入れもされてなさそうだしね。それだけで花がにょきにょき生えてきたりはしない。

 これから手入れを始めたら植物は育ちやすくなりそうっていうぐらい?


 淀みを解消した雲雀は、またゆっくりと精気を自身の体に戻していき……やがて地面から手を離した。

 その額には汗が浮かんでいる。かなり疲れているみたいだ。


「ふう。このように巡りを良くするわけです」


 ……一連の作業は、前世で大地を信仰していた僧たちがやっていたことと同じだ。



 地僧、あるいは精気術師と呼ばれる者たち。

 彼らは大地を信仰する者の中でも、地の祝福に触れることを許されていた高位の僧だ。

 淀み続けた精気はやがて瘴気となり、魔獣を生み出したり、他の精気や生命を侵してしまう。

 その淀みを解消するのが彼らの役目だった。



 陰陽師はこっちの世界であの人たちと同じことをしている、のかな?

 でも前世で見たのに比べると、ちょっと……。


「……いま下手くそって思いました?」


 沈んだ呟きが聞こえた。

 慌てて顔をあげると、雲雀がしょんぼりした顔で肩を落としていた。わかりやすいぐらい落ちこんでる!


「い、いや思ってないよ?」

「いえ自分でもわかっているんです! 自分の精気を巡らせるのは得意だけど、外側のことになると途端に苦手になってしまって……!」


 バッとかがみこんで顔をおおう雲雀。


「だから思ってないよ! 大丈夫だから!」


 なんでわたしが励ましているんだ。


 実際、雲雀の体に流れる精気はとても強く整っている。

 精気はその量が多ければ多いほど、そして正しく巡らせれば巡らせるほど、身体の機能を強化する。

 病気にもかかりづらく、傷の治りもずっと速く。そもそもちょっとしたことなら傷すら負わない。

 感じる限り雲雀はそれがとてもうまいのだ。

 前世だと相当頑強な戦士になっていたと思う。


 それを感じられるからこそ、たしかに外の精気を操るのが苦手なのは意外だったけども。

 でも下手くそなんていうほどじゃ……うん、ないよ?


 けど、雲雀はそれが苦手だから見習いなのかな?


「いま、だから見習いなんだなって思いました?」

「思ってない思ってない!」


 怖いわ! なんでバレるの!?


 それから何度も「大丈夫だよ」と励ますと、やがて雲雀はよろりと立ち上がった。でもまだちょっと切れ長の目の端がしゅんと落ちている。


「ま、まあともかく。こうして精気を整えて、その地に住む人や生命のバランスを守ることが私たち陰陽師の主な仕事です……」

「う、うん。ありがとう」

「あとは方違えや物忌というわけではないですけど占いをしたりもします。基本的には精気の巡りから気候や土地の栄養状態、人の体調を見るぐらいですけど。それも基本的に師匠がやることですし、わたしはあまりやってきていません」

「ほほう……!」


 しずまれわたしの心。今は興奮する時ではない……!


 要するに現代の陰陽師の仕事は精気を見て操るのが仕事なんだ。

 それだとますます怪物と戦っていた理由がわからなくなる。


「ひばりはこの近くに住んでたりするの? 山奥のお寺とか」

「いえ、町の中央辺りのマンションに住んでます」


 陰陽師のマンション住まい……それはそれで現代っぽくていいな。ついでに忍者とかも一緒に過ごしてないだろうか。侍でもいい。刀とか持ってないかな。


「中学ぐらいまでは山奥で師匠と修行をしてたんですけどね。人と触れ合うことも少なくて、師匠から『現代のことをもう少し知りなさい』と言われて、こちらに引っ越してきたんです」


 くそっ、なんでおさえこんだそばから好奇心を誘惑するんだ! 山奥での修行なんてオタクに限らず全人類が内容を知りたがるぞ!


 こちらが内心で身悶えしているなど知らない雲雀はきょとんとした顔をしている。


「でもなぜそんなことを?」

「い、いや。なんで山側に住んでるわけでもないのに、あの公園で怪物と戦ってたんだろうって」

「ああ、その説明でしたね。実はそれも陰陽師の仕事に関わりがあるんです」


 とまどっていた雲雀がいきなり姿勢を正した。凛とした雰囲気が取り戻されている。

 でも陰陽師の仕事?

 精気の巡りを整えることが基本らしいけど。


「山の方で精気が乱れたりはしてなかったと思うけど」

「いえ、ほんの少しの間ですが確かに異常な程のうねりが見えました(・・・・・)。ちょうど高校が終わってすぐ、大体四時ぐらいのころです」


 見えた……? 感じたってことかな?

 精気そのものが見えるのはありえないし。


 でも四時っていうと、ちょうどわたしがしーかちゃんと一緒に本屋へ行っていたときだ。それだけ離れていたら気づけないな。

 ……いや待って、雲雀は雲雀で高校から出たばかりだよね? わたしの小学校よりもだいぶ山から離れていたはずだけど、そこから精気を感じた?

 何キロ離れてるんだ。どんな練度してるの?


「でもそのうねりは五分ほどで落ち着いたんです。そして後にはなんの影響もなく、精気は静かに巡るだけでした」

「それは、たしかにおかしいね」


 精気が巡るイメージは水の流れに近い。大きくうねれば必ずどこか他の場所にも影響がでるのに。


「これはもう陰陽師として現地で調査をするしかない! と思いまして、学校帰りに山へ走ったんです」

「猪突猛進……」

「そうしたらあの公園の中で怪物がうろついているのが見えたんです。あれが異常の原因なのか確かめるため話しかけたところ、襲われてしまいました」

「一直線すぎる!」


 クマよりヤバそうな怪物相手に話しかけようとするんじゃないよ!?


「まず警察とかよばなきゃダメでしょ!?」

「今思うとそうするべきだったと反省してます……」

「反省してる人は見知らぬ女子小学生の家に突撃したりしない!」

「ううっ!」


 一応傷つくのか胸をおさえている雲雀。

 でも自覚しててこれだから、ダメージは受けても改善は期待できなさそう……。


「それであの怪物と戦ってた、と」

「そういうことになります」

「そして途中で逃げられて無関係なわたしが巻き込まれた、と」

「本当に申し訳ありません!」


 雲雀が土下座せんばかりに深く頭をさげてきた。

 雲雀の猛進っぷりのせいであの怪物を斬ることになったのかわたしは?


 ああ……いや、雲雀自身、この世に怪物がいるなんて知らなかったのか。あまりにストレートな行動で忘れかけていたけど巻き込まれた側なんだな。

 それにあの怪物を放っておいたら、むしろそこら辺を通る人に襲いかかっていた可能性もある。

 あんな場所へ現れた怪物に、雲雀とわたしという、対処できる人間が遭遇したのはむしろ運が良かった……悪かった? 

 良かったって思う方がいいんだろうな。


 悩んでいると、雲雀がいきなり顔を上げる。


「そうだ! それともう一つ重要なことを伝えようと思っていたんです!」


 同時に勢いのついた髪が顔にばっさーとかかってきた。うぼあぁ口に入ってくる。


「うべぇっ、なにもういきなり!?」

「あの怪物! 阿真菜さんが去ったあとに怪物がいきなり消えたんです(・・・・・・)!」


 ……は?


「さらにあの怪物は死んでいない(・・・・・・)か、もう一体いる(・・・・・・)可能性があります!」

「はぁ!?」



 そして、それと同時に。


 町の方からドン! というお腹の底を揺らすような重低音が聞こえてきた。


「!?」


 雲雀とそろって南側に顔を向ける。そちらは手すり以外にさえぎるものもなく、町を見渡せるほど見晴らしがいい。

 原因はすぐに見つかった。


 住宅街を越えてずっと向こうだ。町を横断するように伸びる川に沿った、広い道路。

 そのど真ん中へ一台の車が天地を逆さに転がされていた。

 魔力で強化した目が、長く巨大な爪で抉られたような跡が車体へ刻まれているのを捉える。


 そんな、普通の追突や横転ではつかないだろう傷を負った車を、踏みにじるように上に乗る巨体が一つ。

 影のような色の巨体は、両腕を振り上げて咆哮する。


『オオオオォォォォ!!』


 その姿は――昨日の怪物そのままだった。。


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