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クラック・バック・ワールド  作者: 海山 鍬形
第一章

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五話 陰陽師

 スパーンッ! と引き戸を閉めた。魔力まで巡らせて全力で。


「……!!!??」


 組織の手が伸びてきた!?


 まておちつけ! そんな組織なんてあるわけないって漫画じゃあるまいし! じゃあなんでうちが特定されてんの!? 顔は覚えられてたとしても、どこに帰ったかなんてわかるはずないのに!


 パニックになっていると、引き戸を閉める手にグッと抵抗がかかった。

 ぐぐぐ、と少しずつ引き戸が開いていく。


 まてまてまってなんで開くの! 魔力こみの腕力で押さえつけてるんだけど!? クマと腕ずもうできるような強さだよ今!?


 そうしておどろいたせいで、手がすべった。


 抵抗がなくなったせいで引き戸がズバッ! と全開になる。

 そこに立つ女子高生が目をカッと見開いていた。


「どうして閉めるんですか」


 髪をたなびかせながら女子高生が見下ろしてくる。

 形のいい眉は僅かに寄せられて、ツリ目気味な切れ長の目は射貫くようだ。

 通った鼻筋と桜色の唇はその表情に美しい程の凛々しさを浮かび上がらせていた。

 高校の校章をつけた紺のブレザーをきっちり着込み、スカートもピシッと伸ばされていて、真面目というか堅物のような印象を受ける。


 そんな彼女がもう一度口を開く。


「昨日のことについて、お礼を言いにきたのと――もう一つお話があるのですが」


 穏やかとは言えない表情と、涼やかでピンと張った声が場の緊張を高める。

 話……まさか本当に陰陽師への勧誘を?

 いやこの表情からして不穏分子の調査とか!?

 お礼はどっちのお礼!? お礼参り的な!?

 そもそもなんで家がバレた!? 何かの調査機関のせいか!?


 混乱と焦りが募り魔力すらも練り始めた時。


「阿真菜? どうしたの?」


 リビングからお母さんの声が響いてきた。


 まずい。

 お母さんたちには魔力だの精気だのについては話していない。

 小さいころには戦いの夢についても話していたが、これが前世と気づいてからは夢のことすら正確には伝えてないのだ。


 前世の話でこれ以上心労をかけたくなかったし――なにより。

 自分たちの子供に知らない人間の記憶があるなんて、と気味悪がられたらと思うと……とても話せなかった。


 とんとんと足音が近づいてくる。リビングから出たら玄関までは一直線だ。

 この状況を見られたらどうなる!? というか何者かもわからない女子高生と家族を合わせたくない!


 ――仕方ない!


 ゾッ、と背中から魔力の手を生やす。

 その手で得体のしれない女子高生を掴んで拘束。わたしの方はすぐに玄関から飛び出して引き戸をばしりと閉めた。

 そしていつも通りの声で叫ぶ。


「ハチが出たからびっくりしただけー! いってきまーす!」


 伝えると同時に魔力を霧状にして、わたしと女子高生の周りへと纏わせる。

 その霧にはすでに別の性質へと変質していた。複数の性質を持った霧は、混ざりあって周りからわたしたちの姿をかくしているだろう。


 そうして誰にも見えなくなった状態で、思いっきり地を蹴り女子高生を掴んだまま宙に跳びあがる。

 とりあえず誰にも見られないところへ移動しなければならない。

 話をするにしろ、……ぶっそうなことが起きるにしろ。


 ただ気になるのは女子高生の反応だ。

 抵抗されたり悲鳴をあげられるかと思ったら、捕まえられた瞬間に不思議そうな顔をしただけで、あとはされるがままだった。


 ……この子は本当になんなんだ?



■  ■  ■



 わたしの家は山の中腹あたりにあって、傾斜のついてない道の方が珍しいぐらい坂だらけだ。

 ただ、そんな場所だというのに公園は意外と多い。


 坂の途中をけずりとるようにひらたく整備して、階段やスロープでのぼりおりできるようにして作られているのだ。

 昨日、女子高生と怪物がいたのもそんな公園の一つだった。

 三十年前の大震災のとき、広場のおかげで火事の火が燃えうつらなかった経験から、公園の整備もすすんだ……とか、そんなことを校外学習で聞いた。

 どれが大震災以降に造られたものなのかまでは知らないが。



 ともあれそういう公園の中に、人目を避けるのにちょうどいいものがある。

 下からは傾斜の高い坂で敷地内がみえず、上にはちょっと出っ張ったコンクリートがあって見下ろせない。

 左右にはアパートと一軒家があるがどちらも廃墟で人はいない。


 あと今は関係ないけど坂の上の方にあるため見晴らしもいい。

 その隠れ方と、錆びたすべり台一つしかないこじんまりした見た目から、放課後は小中学生が秘密基地代わりにたむろする。

 そんな水杜川(みなとがわ)公園の中へ、わたしたちは降り立った。

 音も振動も立てないよう着地して女子高生をそっと地面におろす。

 拘束されたままだというのに女子高生は特に驚いた様子もなくその場に立った。


 この人はほんとになんなんだ?

 今も魔力の手をしげしげと見つめるだけで、ずっと真顔だ。

 何を考えているのかがわからない。得体が知れない。


 ……一応、『おくれるかも』としーかちゃんにメッセージは送っている。

 ちょっとおそくなっても問題はない。


 警戒を強くしながら口を開く。


「それで、あなたは何者ですか? どうしてうちに?」


 魔力の手を見つめていた女子高生がハッと顔を上げた。


「ああ、すみません。まだ名乗っていませんでしたね」


 名前を聞いたわけでは、と言う暇もなく女子高生はピシッと背筋を伸ばした。


「私は芦屋(あしや)雲雀(ひばり)といいます。――改めてお聞きしますが、貴女が昨日の怪物を倒した人で間違いありませんか?」


 女子高生こと芦屋雲雀は冷たくすら見える凛々しさで問いかけてくる。

 ……ここでとぼけても無駄そうだ。

 普通は小学生があんな怪物をたおしたなんて思わないだろうけど、この人はなぜか確信を持った目をしている。

 認めるしかない。


「そう、ですが」


 渋々と頷き、果たしてどんな反応をされるのか身構えていると。

 芦屋雲雀は深く、丁寧に頭を下げてきた。


「助けていただいてありがとうございました」


 お、おお。

 あれ? お礼ってほんとにちゃんとお礼?

 い、いやここからまた何か要求をされたりするんだきっと。組織への勧誘とか、陰陽師の技を教えるとか。式神の作り方ぐらいなら聞く準備もあったりなかったり。


 内心で混乱していると、芦屋雲雀は顔を上げた。申しわけなさそうに目を伏せている。


「あの……さっきはすみませんでした」

「え?」

「ちゃんとお礼を言いたいと思っていたんですけど、ついお家に押しかけてしまいましたから。失礼なことをしてしまったなー、と」

「あ、はい」

「昔っから言われてるんですけども、どうしても直せなくてですね……!」


 ピシッと伸びた姿勢を崩して、芦屋雲雀が頭を抱え始めた。


「思い込んだら一直線とか、よく確かめずに突撃するとか猪突猛進とか! 友達にも注意されるんですが、そういう悪癖がありまして! 大変申し訳ない……!」


 髪を振り乱しながら頭を下げてきた。……なんだろう、さっきまでの凛々しいイメージがだいぶ崩れたな。

 というかこの言い分を聞くに特に何かを企んでいるとかではない? まさか本気でお礼を言いに来ただけ? あんな登場の仕方で?

 い、いや、だとしてもどうやってうちを突き止めたのか――。


「ただ一つ言い訳するとですね!」

「あっ、はい」


 びっくりした。急に大声あげないで。


「昨日あんな怪物に出会ったことで少し混乱していたというのもあるんです! 動物とも違う、映画に出てくるような生物がこの世に存在するなんて……! 一体あれはなんなんでしょう!?」


 おぉーっとちょっとまて!? 聞き捨てならないことが聞こえたなぁ! 

 キミあの怪物のこと何も知らないの!?


「まさか科学技術で開発されたキメラか何か……? そしてあなたは人知れずそれを解決する国のエージェントだったり!?」

「えっ!?」


 わたしの方がなんかエージェント扱いされてる!!? そんなキラキラした目で見られてもこっちは普通の一般人なんですけど!? ……転生者が普通じゃないというのはおいといて!


「いや、ちがっ」

「じゃないとあんな強さに説明がつかないですよね!! 子供の姿なのは偽装で腕に着けてる時計を操作したら大人の姿に戻ったりするんですよね映画で見ました!!」

「話聞いて!?」


 あっ、この子の目……わたしと同じ目をしている! 好きなものを語る時のオタクの目だ!


「そして巻き込まれたわたしの記憶をぴかっとする機械で消すんですね!? ですが残念! しっかり対策でサングラスを持ってきているので効きませんよ!」

「思い込みが一直線すぎる!」


 さっき自分で悪癖って言ってたじゃん!


「ちがうちがうわたしは国のエージェントでも宇宙人を相手にする黒服でもないの! あの怪物のことも知らない! ただの一般人!」

「一般人があんなに強いわけないでしょう!」

「こっちのセリフだよ!? そっちだって怪物と戦ってたでしょ!?」

「いや、私は全然強くないですし……ただの陰陽師見習いです」

「わたしだって陰陽――まてまてまてなんて言った!?」

「見習いなんです。だから強くないし技術も拙くて」

「そこじゃないーーーーっ!!」


 わたしが叫んでも雲雀はきょとんとしている。なんで!?


「陰陽師! って言ったよね!? 陰陽師って実在してるの!?」

「は、はい。そうですけど」


 わたしののどから、悲鳴のような喜びの声があがった。


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