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二話 思い込みの激しい女子高生

 バカな、証拠は残していないはず――!


 戦慄するわたしを見下ろすのは、さらりとした黒く長い髪を風になびかせ女子高生だ。形のいい眉は僅かに寄せられて、ツリ目気味な切れ長の目が貫くようにわたしを見てくる。

 通った鼻筋と桜色の唇はその表情に美しい程の凛々しさを浮かび上がらせていた。

 高校の校章をつけた紺のブレザーをきっちり着込み、スカートもピシッと伸ばされていて、ひたすらに真面目な印象を受ける。


 そんな彼女がもう一度口を開く。


「昨日の事態について、お礼を言いに来たのと――もう一つ、伝えたいことが」


 穏やかとは言えない表情と、涼やかでピンと張った声が場の緊張を高める。

 話し……まさか本当に陰陽師への勧誘を?

 いやこの表情からして不穏分子の調査とか!?

 お礼はどっちのお礼!? お礼参り的な!?

 そもそもなんで家がバレた!? 何かの調査機関のせいか!?


 混乱と焦りが募り魔力すらも練り始めた時。


「阿真菜ー? まだ出ないの?」


 母の声が後ろから聞こえた。振り向けばリビングから顔を出した母が訝しげな顔をしている。


「その人は?」


 まずい。

 両親には魔力のことも前世のことも話していない。

 どうやって彼女のことを説明したものか。いやそれ以前に彼女は母をどう扱うのか。

 目撃者を消すなんてことになったら――。


 危機感すら覚えて女子高生へと顔を戻す。

 が。


「あの、私は……えぇと、アレの説明はしちゃだめだよね……? あのっ! ……あれっ、えっと何から話せば……?」


 うぅーーん!? なぁーんか慌ててるこの人!!

 女子高生は両手をあわあわ彷徨わせていた。凛々しいの擬人化みたいな雰囲気が一気に崩れていく。

 その慌てようを見た母が「まさか不審者……」と呟くのが聞き取れて、わたしはとにかくこの場から離れることを決意する。


「あぁーーお母さん!! この人は本屋で会った時に色々話したオタク友達で今日は落とし物を持ってきてくれたんだけど遅刻しそうだからもう行くねいってきまーーーす!!」


 練った魔力で体を強化し無理やりに女子高生を引っ張っていった。



■  ■  ■



 わたしが住む上戸(かみど)市は港町だ。

 栄えて人口が増えるにつれ、住む場所を作るために山を切り開いていった。

 その都合で坂道も恐ろしく多い。特にわたしの家は二分も歩けば山に着く近さのため、辺りは傾斜のない場所の方が少ない程だ。


 そんな坂だらけの場所でも公園は意外と多い。

 坂の途中を削り取るように平たく整備して、階段やスロープで上り下りできるようにしたものだ。昨日、女子高生と怪物がいたのもそんな公園の一つだった。

 30年前の大震災の時、広場のおかげで火事の火が燃え移らなかった経験から、公園の整備も進んだのだとか。そんなことを校外学習で聞いた。どれが大震災以降に造られたものなのかまでは知らないが。


 ともあれそういう公園の中に、人目を避けるのにちょうどいいものがある。

 下からは傾斜の高い坂で見えず、上からは出っ張ったコンクリートで見えない。

 左右にはアパートと一軒家があるがどちらも廃墟で人はいない。

 坂の上の方にあるため見晴らしは良く、前方の手すりに寄ればずっと下の道路辺りからは見られてしまうのが唯一の欠点だ。

 しかしそれも奥まった場所に行けば問題ない。


 その隠れ方とこじんまりした見た目から、放課後は小中学生が秘密基地代わりにたむろする。

 そんな霧野きりの)公園へとわたしは女子高生を連れてきた。


 遊具は錆びたすべり台一つしかない狭い公園の中で、わたしは女子高生に背を向けて携帯を弄っていた。

 開いているのはメッセージアプリ、相手の名前は『椎香ちゃん』と表示されている。


『ごめん 今日遅れるから先に行っといて』

『は~~~~~~~~~~~~~~~~~~い』


 待ち合わせ相手への謝罪に返ってきたのは嫌味かと思うほど長い『はい』だった。

 ……『(これ)』かわいいよねぇ、ハマるよねぇ、みたいなこと言ってたな、そういえば。

 え? 嫌味じゃないよね? 違うよね?

 普段は髪も言動もふわふわしてるけど椎香ちゃん怒ると怖いからな……。


 戦々恐々としながらも、わたしは携帯を閉じて女子高生へと向かい合った。


「あの、顔が青ざめてますが大丈夫ですか?」

「ぜぜ全然大丈夫ですけど?」


 いかん、動揺が隠しきれていない。

 頭を振って椎香ちゃんの顔を追い出し改めて向き直る。


「ごほん。それで、あなたは何者ですか?」

「あっ、すみません。まだ名乗っていませんでしたね」


 いや名前を聞いたわけじゃ、と止めるより早く女子高生はピシッと背筋を伸ばした。


「私は芦屋(あしや)雲雀(ひばり)といいます。――改めてお聞きしますが、あなたが昨日の怪物を倒した人で間違いありませんか?」


 女子高生こと芦屋雲雀は冷たくすら見える凛々しさで問いかけてくる。

 あれだけ取り乱しているのを見た後だと逆に面白いなと思ってしまうが、その目はひたすら真っ直ぐだ。

 確信を持ったその瞳に誤魔化しは効きそうにない。


「そう、ですが」


 渋々と頷き、果たしてどんな反応をされるのか身構えていると。


「ああ、やはり」


 芦屋雲雀はほっとしたように息を吐いて、丁寧にお辞儀をしてきた。


「助けていただいてありがとうございました。あなたが来てくれなかったら私はどうなっていたことか……」


 ……お礼が本当にただのお礼だった件。

 あれ? 陰陽師への勧誘とかは? 口封じとかは?


「まさかあんな怪物がこの世に存在するなんて……一体あれはなんなんでしょう」


 あれぇ!? そっちも怪物のこと何も知らないの!?


「まさか科学技術で開発されたキメラか何か……? そしてあなたは人知れずそれを解決する国のエージェントだったり!?」


 あれあれー!? わたしの方がなんかエージェント扱いされてる!!? そんなキラキラした目で見られてもこっちは普通の一般転生者なんですけど!?


「じゃないとあんな強さに説明がつかないですよね!! 子供の姿なのは偽装で腕に着けてる時計を操作したら大人の姿に戻ったりするんですよね映画で見ました!!」


 あっ! この子の目になんか見覚えがあると思ったらあれだ!

 好きなものを語る時のオタクの目だ! 両親が好きな漫画を勧める時のそれとそっくりだ!! 両手を握りしめて早口な所まで含めて!!


 そしてさっきのわたしも同じだったからわかる! これは早めに訂正しないと面倒なことになる!


「そして巻き込まれたわたしの記憶をぴかっとする機械で消すんですね!? ですが残念! しっかり対策でサングラスを持ってきているので効きませ――」

「待って違う! 止まって! それ以上は黒歴史になる! わたしは国のエージェントでも宇宙人を相手にする黒服でもない! あの怪物のことも知らない! ただの一般人!」

「一般人があんなに強いわけないでしょう!」

「正論! いやあのそれは色々理由があってこう――!」


 前世や異世界のことは伝えないようにしたい。誰かに漏らすとかじゃなく余計にヒートアップしそうだから!


 母に一人部屋を貰うための言い訳を考えるぐらい頭を回転させて、ふと雲雀の姿を見た時反射的に口が動いた。


精気(・・)だよ!」


 その言葉で雲雀が目を丸くして勢いを弱めた。

 隙を見逃さずわたしはまくしたてる。


「精気を利用して物凄い力を生む技術を思いついたんだよ! ほ、ほら、わたし天才だから! ただ独学だから別に国とか組織とかは関係ないの!」


 精気だの物凄い力を生む技術だの、これはこれで喜んでしまうのではないかと思えるセリフだ。

 だがそうはならないはずだ。

 だって、彼女自身が(・・・・・)恐ろしく精密に体へ精気を巡らせている。

 予想通り雲雀は目を丸くした。


「えっ!? じゃあ貴方も私と同じ——!?」


 その精度は前世の戦場ですらそうそう見たことが無い程だ。

 だからこそ彼女は戦いに慣れている人間だと勘違いしてしまったのだが。

 だが、そう。結局彼女は怪物を知らなかったし、陰陽師やエージェントなんていない。

 それが現実だ。


「私と同じ——陰陽師なんですか!?」

「そっちは陰陽師(ほんもの)なのぉ!?」


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