二十四話 うち明ける決意 ……と?
まどろみの中、規則的に体が揺れるのを感じていた。
暖かな何かに包まれてゆらゆらと、眠りへいざなうような揺れ。
僅かに浮上していた意識が再び深く沈もうとする。
父や母に抱かれているかのような感覚に、昔の記憶が思い起こされた。
もっとも古い記憶は、小国の首都を両親と共に崖の上から見下ろしていた時。
高い壁に囲まれた歴史を感じさせる都は、幼いわたしにはひたすら雄大な光景に見えて……いや。
違う。それはわたし自身の記憶ではない。
前世で見た光景だ。
そうだ。わたしはまた前世を思い出した。焼かれる故郷と――その仇である国の名を。
ハッと、目が覚めた。
「あ……?」
「あ、起きました?」
雲雀の声がすぐそばから聞こえてきた。
ぼんやりする視界が少しずつはっきりして……ようやく自分が雲雀の背にくっついていると気づく。
「……え? なんで!?」
「わっ! 急に動くと危ないですよ!?」
咄嗟に体を起こしてようやく、自分が雲雀に背負われていることがわかった。
辺りを見回せば、そこは見慣れた道路だ。二体目の『精気喰らい』が現れた場所に通じる坂の、その下の方。
なんでこんなところに……?
困惑していると雲雀が顔だけで振り返ってくる。
「阿真菜さん、サングラスの映像を見た直後に倒れたんです。今はお家にお送りしてる途中ですよ」
倒れた……?
いや、確かにあの映像を見てからの記憶がない。空はいつの間にか暗くなっていた。
一時間ぐらい意識を失っていたのか?
「体調は大丈夫ですか? 一応精気に異常はなさそうでしたけど……」
「……うん。どこも痛くはない、かな」
体も、頭も、痛みはない。
気絶した理由はなんだろうか。
様々なことを一気に思い出しすぎて脳がパンクしたのか? ビルの中でも戦闘技術だけを抽出するなんて真似をしてしまったからな。
それとも……母や、故郷を焼いたあの国を、思い出したから?
というかいつまでも雲雀に背負って貰っているのも悪いな。
「雲雀、とりあえず降ろして……」
「いーえ、流石にいきなり倒れた人を歩かせられませんよ。今日は物凄く頑張ったんですから、このままお家まで運びます。寝ててもいいですよ」
「でも」
「私は阿真菜さんが大変な時に何もできませんでしたし、せめてこれぐらいはさせてください。じゃないと泣いて暴れますよ」
「めんどくさいことしようとするね!? 雲雀がいいならいいんだけどさ!」
申し訳なくはあるが断った方が面倒そうだ。
疲れているのは確かだし甘えよう。
起こしていた上体を雲雀の背に預ける。優しい揺れのせいで眠ってしまいそうだ。
「よろしい。光郎さん達も心配していましたしね」
「光郎……そういえば、あの二人はどうしたの? というかあの後はどうなったの?」
眠気覚ましに問いかける。
話はまだ途中だった。
異世界側の目的も、異世界へ協力する者達の目的も、何もわかっていないままだ。
なのにわたしは帰ってもいいのだろうか。
「阿真菜さんが倒れた時は、流石に二人とも焦ってましたよ。怪我が治ってないのかって。でも外傷もなく気絶してるだけだってわかると帰るように勧められました。二人からの伝言もありますよ」
『すまん、無理をさせすぎたな。だが色々と助かった、ありがとう。また協力は要請するだろうが、とりあえずしっかり休め』
『協力してもらった分の報酬はちゃんと渡す。……なんだよ、それだけかって。はあ!? 心配なんかしてないが!?』
「二人とも心配してましたね」
「う、うん」
スティングレイの叫びがあっさりと流されてしまった。
いやわたしも「わあツンデレ」としか思わなかったけどさ。
「というかまた協力しないといけないんだ……」
「今度は気を遣ってくれますよ。その後、二人は広締通りへ向かうと言い残して別れました。あの映像でローブの魔術師? が言っていたこと、覚えてますか?」
「……覚えてる」
『広締通りのヒビ割れ物件は既に解体した。
回収した犬と蛸を預ける。
そして明日、二名を寺へ呼ぶ。そちらで送る準備をしろ』
特徴を消した声でローブの奴はそう言っていた。
「ヒビ割れ物件……異世界とどこかの建物が繋がった、とわたしたちは考えました。犬と蛸を預けるっていうのも恐らく『精気喰らい』のことでしょうし。解体したとは言っていますが、まだ何か手掛かりがあるかもしれないと」
「タフだなぁ……」
少し前まで腕をぶった切られたまま戦っていたとは思えない。
「寺がどうたらはよくわからなかったのでとりあえず置いときました。後は、そうですね……」
すらすらと説明してくれていた雲雀が言い淀む。
どうも何かを躊躇しているようだ。
……ああ、いや、そうか。
「ルドラヒルについて?」
「! ……はい。あの、大丈夫ですか? 阿真菜さん、そう呟いた直後に倒れてしまったので……」
雲雀は動揺しているのか歩く速度が落ちた。規則正しかった揺れがブレる。
倒れる前に呟いた言葉なんて不吉だし話に出しづらいだろうな。
だが今はもう問題ない、と思う。少なくとも頭痛が走ったりはしない。
ただ少し、心が重いだけだ。
「体調は大丈夫。……光郎たちにも聞かれてたかな」
「聞かれてましたね」
うーん次に会ったら説明を求められそうだ。
直接の手掛かりかもしれないとはいえ、前世に直結することだ。話すにしても慎重に行きたいところだが。
「あ、でも光郎さん達、無理に聞く気はないそうです」
「え?」
「『変につっこむと嘘をつかれる可能性があるから』とスティングレイが……まあそれは建前で、気を遣ってくれたんでしょうね」
「建前は建前のままにしておいた方がいいと思う」
何故雲雀はスティングレイの内心を全て暴露しようとするのか。
でも、そっか。
あの二人は問い質したりはしないって言ってくれるんだ。
それは正直ありがたい。必要だとしても人に話したいことではないから。
でも。
「雲雀」
「はい、流石に私も聞きませんよ。それぐらいの節度は――」
「ううん。雲雀には聞いてほしい。ルドラヒルのことも――それ以外のことも」
雲雀の背に体を預けたまま呟く。
「色々と、隠してることがあるんだよ。正直重くて面倒で、わたしの人生を一から語るような話なんだけどさ……聞いてくれる?」
雲雀の背にくっついたまま、呟くように訊ねる。
……今、聞くべきだっただろうか。もっと余裕のある時に言った方がよかっただろうか。
二人きりのような気分だったが、ここは道路だ。周りに人もいるし知り合いに見られる可能性だってある。
ああ、でも。
もう自分の中だけで感情を整理するのは難しい。
今までの戦場の記憶はもちろん。
昨日からの『精気喰らい』との戦い、暴力の気配が濃いビルへの突入。
昭島と出会って戦うための記憶を自分から求め、今世で初めて普通の人間と戦った。
そして最後には、故郷が焼かれる様を思い出してしまった。
恐らくは母の……最期の瞬間までも。
誰かに語りたい。
なにもかも赤裸々に語る気はないけど。
それでも自分に前世があることぐらいは。そして、今世でその記憶に苦しめられていることぐらいは……声に出して、伝えたかった。
きっと雲雀はちゃんと受け止めてくれるだろうから。
そして、雲雀の返答は。
「阿真菜さんの人生ですか! 聞かせてもらえるなら、正直とても知りたいですね!」
能天気に聞こえるぐらい、元気よく雲雀はそう言った。
そう言ってくれるだろうと、なんとなく思っていた。
だけどなんのてらいもなく答えられると、やっぱりちょっと笑ってしまう。
「ふふ、うん……ありがとう」
「もしかして今から語ってくれるんですか?」
「んー、そうしようか? じゃあわたしの秘密から」
夜道の坂を雲雀が登っていく。
その背に負われながら、想像もしていなかったぐらい晴れやかな気持ちで秘密を打ち明ける――。
――その、前に。
突如、雲雀のポケットからブーッ! と携帯の振動音が大きく響いた。
雲雀の肩が跳ねて、その背にいるわたしの体も少し浮く。
びっくりした。なに?
「なんですかもう!」
雲雀がちょっと怒りながら携帯を取り出した。
まさかスティングレイじゃないだろうな、などと考えていると雲雀の顔がみるみる驚愕に染まっていく。
「……え? あっ、えっ!? なっ、なんで……!?」
なんだ? ここまで雲雀が狼狽えているのは見たことがない。
「雲雀、誰から?」
「え、えぇと――師匠から、です」
雲雀の師匠? ……いや、だとしてもそこまで驚くようなこと?
本人がここに出てきて「話しは聞いた!」とか言うならともかく電話でしょ?
「あの、阿真菜さんもちょっと見てください。……ええ、師匠どこまで知ってるの」
首を傾げていると雲雀から肩越しに携帯を差し出された。
画面に映っているのはメッセージアプリだ。雲雀の師匠ってこういうアプリ使うんだ……えーとなになに?
『魔力と『精気喰らい』の対処について話がある。
明日、家に帰ってきなさい』




