二十二話 お礼が聞こえなぁぁぁい!
昭島は跡形もなく消えた。
あるいはどこかに隠れた可能性もあると、雲雀の目を覚まさせてあたりを探したりもしたけど。
「あの檻の中に残っていた魔力以外、なにも見当たりません」
そう言われてしまった。
瞬間移動か、それとも自決か。
それでも何か他に痕跡がないか調べ、ビルの四階、五階へと移動してまた色々とあり……それから数十分後。
わたしたちはとにかく話のできる場所を探し、人気のない廃ビルへと腰を落ち着けた。
荒れた廃ビルの中、わたしと雲雀は隣り合って座る。
捨て置かれた座椅子にぬいぐるみが置かれ、光郎は少し離れて窓際の柱に背を預けていた。
光郎の右腕はビルの中でくっつけたため今は五体満足だ。精気を大量に取り出したからか、少し違和感があるとは言ってたけど。
断ち切られかけたわたしの腕も今は傷一つなく、雲雀も完治していた。
隣にいる雲雀がひそひそと、申し訳なさそうに話しかけてくる。
「すみません。また助けられてしまって」
「大丈夫。大して魔力も消費してないし」
そう返しても雲雀の顔は晴れない。
「どしたの?」
「……いえ、無理やり来てもらう流れを作ったのに……逃がすことすら、できませんでしたから」
「ああ……」
たしかに雲雀も加担してた。
あの時はちょっと恨んだけど、でも。
「まあ、いいよ。雲雀も誰も死ななかったんだし」
あの時にわたしが同行しなくても雲雀はついていっただろう。
その場合、雲雀も光郎たちも死んでいたかもしれないのだ。
なら結果オーライだよね。
そう、一応全員無事に帰ってきたわけだし。
なのになぜか空気はいまだに張りつめていた。
さっきからひそひそ話しているのもそれが原因である。
その原因は……部屋の端にいる光郎だ。
表情は変わらないけど明らかに気を張っている。そしてその目がなんでかわたしの方に向けられているような。
『で、まあ。色々とあったわけだが』
耐えきれなくなったころ、スティングレイが話を切り出した。
よかった! 視線だけで胃に穴が開きそうだった!
ただスティングレイも声が疲れてる。
乱暴に扱われたぬいぐるみもへたっていた。
『何から話したもんか……あれか、まず、サングラスだな』
「これですね」
ビルから回収したサングラスを雲雀が床に広げる。
今日唯一の手掛かりだ。
わたしたちはもともとこれを目的にビルを制圧したのだから。
ただ、サングラスのほとんどはバッキバキに砕けてしまっていた。
わたしや昭島が暴れてしまったせいである。
というか恐らく昭島はこのサングラスの破壊も狙っていたんだろう。
『ボロボロだなおい……』
そっと目を逸らす。いやでもあの時は本当に周りを気にする暇とかなかったし。
『目ぇ逸らすな阿真菜。別に責めようとか思ってねーよ』
「えっいいの!? 許された!?」
『今回は、まあ、お前のおかげで……からな』
えー、助かったからな、と聞こえました。ありがとうツンデレスティングレイ!
『それにどのみち魔力があれば追えるんだろ?』
「あっ、……えーと」
『おいなんで言い淀む』
「いやこっちにも都合があって」
「それがですね。どうもこのサングラス、複数の魔力がぐちゃぐちゃに混ざってまして。それを阿真菜さんにお伝えしたところ、それだと辿れるかはわからないそうです。だから一旦内緒にしててね、と言われてました」
「なんで話すのぉ!?」
「いえ、隠しててもしょうがないですし」
そうだけどこんちくしょう!
『……おい?』
「……その、多分、昭島と戦った時に魔力が大量に飛び交ったから、その影響で」
『どーすんだよ!? これなかったら昭島を追えねーじゃねーか! ボクも殺されかけてたのに収穫無しか!?』
「うわーっわたしじゃないわたしは悪くない! 文句は昭島に言って!」
『昭島の野郎に文句言うために魔力を追うんだろうが!』
「まあまあ、落ち着きましょう」
なに中立面してんの!? 雲雀がいきなり伝えたからでしょうが!
もっとこう様子を見て落ちついたころに話そうと思ってたのに!
だが雲雀はこの場にさらりと衝撃的な言葉を落としてきた。
「そもそもこのサングラスにある魔力、昭島のものじゃありませんよ」
『「えっ」』
わたしもスティングレイも目を見開く。なんなら光郎すら驚いていた。
「サングラスの魔力と昭島の魔力は種類が違いました。ここに魔術をかけたのは別の人です。だからもともと昭島をこれから追うのは無理じゃないでしょうか。だから阿真菜さんを責めてもしょうがないですよ」
すらすら語る雲雀によって、張りつめてた空気が困惑めいたふわふわしたものになっていく。
でもその中でスティングレイは一足早く正気に戻ったらしい。
『……つまり、昭島以外の魔術師を追跡できたってことか?』
「え? えーと、まあそうですね」
『じゃあ結局手掛かり潰れたことに変わりないじゃねーか! おい阿真菜!』
「雲雀のバカー! フォローしてくれたのかと思ったのにー!」
「あ、あれ?」
結局話がふりだしに戻ってしまった!
『つーかほんとに追えないのか!? 一回追跡するだけしてみろ!』
「そんなこと言われても――って、あれ?」
言われるがまま手に取ったサングラスに違和感があった。
なんだろう。
これは……混ざった魔力が、わかる?
どれが誰のものかを感じられる。
サングラスどの部分に、どう魔力が集まっているのかまではっきりと。
「……これ、レンズに集中してる魔力がある」
『あ? ……それがなんだ?』
「このレンズに姿とか声を映してやり取りをしてたんだ。水盆に姿を映すのと同じ……ならちょっと時間はかかるけど、やり取りをレンズの中に再現できる、と思う。いけるよ!」
パッと顔を上げる。
すると全員が何故か静かにこちらを見ていた。
え、なに?
「阿真菜さん、ずっと思ってたけどなんだかちょっと……いつもと違いますね。精気の巡り方とか、感知の仕方が……上手い? ような」
ドクンと、心臓が大きく跳ねた。
精気の巡り方の違いは、きっと前世の戦闘の記憶を思い出した影響だ。
前世のわたしは自身の内を巡る精気の扱いも上手かった。その技術を無意識に真似していた、のだと思う。
ただ精気の巡り方まで前世に似てくるというのは、まるで。
まるで、乗っ取られているような。
手に嫌な汗がにじむ。
さらにスティングレイが疑いの声を上げた。
『確かに、昭島と戦ってからなーんか変な感じはするんだよな。あの時はせめて追われないようにと思ってスイッチ切ってたんだが……お前、あいつと何があった?』
スティングレイからすらわたしはおかしく見えるらしい。
でもその変化は前世絡みのことだ。
スティングレイたちには話したくない。
そう考え、ごまかし方を模索していると。
「それは俺も聞きたい」
これまで口を挟まなかった光郎が、部屋の端から声を上げた。
少し緩んでいた空気がまた張りつめる。
「特に先生の最後の言葉だ。――『ヒビの裏側の世界』とは、なんだ?」
息をのむ。
それは何より聞かれたくない話だった。
正確には、わたしにだって聞き覚えはない言葉だ。
でも問いかけられた直後は、なぜか前世の世界を連想してしまった。落ち着いた今は何故その二つが繋がったのか自分でもわからない。
前世でもそりゃヒビ割れた大地はよく見てた。
けど裏側の世界なんて知らない。
前世の記憶を大量に思い出したせいで変につながったのか。
それとも向こう側という言葉が異世界からの転生と繋がったのか。
どっちにしろ直感でしかないのだ。
だけど、今の光郎にそんな曖昧な話は通じないだろう。
『光郎、話ならボクが――』
「お前が聞くと話の軸がブレるだろう」
スティングレイの言葉をさえぎって、光郎の声の圧が僅かに強くなる。
「阿真菜、お前はあっさりと先生を捕らえてみせた。……山の中の窪地で戦った時には、戦い慣れしているとも言い難かったお前がな」
……その話は関係があるのか?
「……いや、捕まえた時は魔力を大量に作ってたから」
「いいや、作る前からだ。先生と互角に渡り合っていたのを見た。そしてその大量の魔力を生み出すための外法についても、見てはいないが方法は聞いていた。俺の指を喰って、精気を得たんだろう」
びくりと肩が跳ねる。
外法。
人の血肉や亡骸を食べて、精気を取り出す方法。
周りに気を遣っていなかったとはいえあの戦いの中で聞かれていたのか。
光郎はこちらの反応をけして見逃すまいと、突き刺さるような視線を向けてくる。
「それ自体は言い。だがビルへ突入した時のお前は、そこまでの方法を取る覚悟はなかったはずだ。あの時のお前は明らかに何かが変化していた」
「殺されそうになったんだから、そりゃ抵抗はする、し……」
気圧されながら、自分でも上手くないと思える言い訳を咄嗟に紡ぐ。
「これでも、魔力や精気に関しては天才だもん。魔力を強化に回せばそれなりに戦えるよ。……異常能力者ってやつなんでしょう、わたしは」
「それだけでは説明がつかない。明らかに体の動きそのものが違っていた。別の人間の動きを真似たという程度ですらない。習熟した技術が見えた。……その変化の原因は何だ?」
光郎が一歩、こちらへ踏み出してくる。
もう威圧感を隠そうともしていない。反射的にこちらも立ち上がり、残っていた魔力を強化へと回す。
『おい、何しようとしてる……おい光郎!』
「それがヒビの裏側と関係があるのか? それとも先生が何かをしたのか? だとしたらお前は、先生と何の関係がある」
スティングレイの諫める声すら届いていない光郎に心底から危機感を覚える。
平坦だった光郎の態度が、昭島と出会ってから変わっていたのには気づいていた。
だがまさかここまで暴走する程だとは!
「お前は、一体――!」
廃ビルに緊張が張り詰めた時。
「光郎さん」
雲雀が、わたしと光郎の間に割って入った。
その威圧をものともせず正面から光郎と相対して、声を上げる。
「――お礼が聞こえなぁぁぁい!」
「……?」
お礼?
なんの話?
全員が疑問に思ったのだろう。
一瞬空気が緩んだ隙に、雲雀はくるりとこちらへ振り向いてくる。
そこには微笑みが浮かんでいた。
「阿真菜さん。ぬいぐるみが昭島に奪われた時、それを取り返そうとしましたよね。なんでですか?」
「え、なんでって……」
何故今そんなことを聞くのか。
疑問に思いながらも僅かに圧を感じる笑顔へ答える。
「このままだとスティングレイが殺されるって、思ったから」
「そうですよね」
再びくるりと回って雲雀は光郎の方を向く。
「阿真菜さんは、人を助ける人ですから。スティングレイを助けたんでしょう。それに対してスティングレイだって『助かった』とお礼を言ったぐらいです」
『は? お前、聞いて――』
「なのに!」
スティングレイの言葉がまたもさえぎられた。ごめん、わたしもちゃんと聞いてた。
「光郎さんはお礼の一つもしない」
煮えたぎるような怒りを乗せた声だった。
雲雀はこちらを向いてもいないのに、その背から光郎にも劣らない圧力を感じる。
「二人だけでは昭島に逃げられて、スティングレイも殺されて終わりだったでしょう。それとも、あなたにとってスティングレイの命はどうでもいいものですか?」
光郎の顔がわずかにこわばった。
「ハッキングの腕だけを利用するんですか。スティングレイが死んだら次は阿真菜さんに協力してもらって昭島を追うんですか? それだけの関係ですか!」
威圧をものともせず、雲雀が光郎の真正面に立ってその目を見返す。
「いいえ違いますね! あなたはスティングレイを相棒と呼んでいました! ただ標的を追って、仕留めて、それで解散なんて軽い間柄じゃないでしょう!! そんな人の命を助けられておいて居丈高に詰め寄るだなんて!!」
光郎の威圧感が揺らぐ。
そうして叫ぶ雲雀の、その背を見つめて。
遅ればせながらようやく気づいた。
雲雀はわたしのために怒ってくれているのだと。
「私だって軽率に阿真菜さんをあのビルへ連れて行きました。それで逃げてもらうこともできず、また守ってもらってしまった」
腕を組んで仁王立ちをして雲雀は叫ぶ。
「でも助けてくれた相手にありがとうも言えない人たちを、叱り飛ばすぐらいの権利は誰にだってあります!」
「――阿真菜さんへ、お礼を。命を救って貰ったのなら、それぐらいはするべきです」




