二十一話 ヒビの裏側の世界
わたしの背後で引きつった笑みを見せる昭島は、だがすぐに床を蹴って後ろへと退こうとした。
それより速く昭島の体を魔力で包み込み魔術を発動する。
「『檻』」
瞬時に魔力が形を成して、掴んでいた腕を話した直後、一辺二メートルの正方形の檻が出来上がった。
縦横に格子を入れた檻はせいぜい指ぐらいしか出せる隙間はない。
昭島は閉じ込められたと悟るや否や刀を構え、一瞬で四度も檻を切りつける。
鉄すらさくりと切り裂きそうな斬撃は、しかし檻に僅かな切り傷を残すだけだった。
「くっ」
昭島は歯を噛みしめる。
流石に破れないようだ。莫大な魔力の多くをこの小さな檻につぎ込んだのだから当然だが。
それでもまだまだ魔力を生み出し続けられる辺り、光郎の精気の量は恐ろしい。
背後の昭島へと向き直り、その体に手を伸ばして……ふと、手を止める。
えぇと、わたしは何をするために昭島を捕まえたんだったか。
殺されそうだったから無力化した。それはいいが、その他にも何か重要なことがあった気がする。
あー……ああ、そうだ。
そもそもこのビルへ来たのが、この不動産屋の裏に潜む奴らを探し出すためだった。
魔力を使うこいつは裏の奴らの中でも重要なポジションにいるはずだ。
今の魔力の量なら魔術で記憶を探ることもできる。自害にだけ注意して情報を絞り出し、後は■してしまえば——。
――■す?
■すとはなんだ。
わたしは何をしようとしている?
わたしはなんのために戦っていた?
戦いのことばかりで埋め尽くされ、曖昧になっていた思考がはっきりとし始める。
その時だ。
「おぉッ!」
咆哮が後ろから響いた。
昭島への警戒を残しつつ振り返れば、光郎が横から薙ぎ払われる触手を回避したところだった。
床へ倒れ込むように姿勢を低くし、獣のように足と腕で床を蹴る。
触手の根元にまで一瞬で踏み込んだかと思うと、踏み込む勢いのまま片腕を振り上げ、狙うは『精気喰らい』の体。
精気を吸収する口の部分へ拳を振りぬき、『精気喰らい』の下半身の一部を消し飛ばした。
口が潰れた『精気喰らい』は瞬時の回復ができず、動揺するように触手をばたつかせる。
その僅かな隙で光郎は『精気喰らい』の上部へと跳ぶ。
上から下へ、音を越える速度の蹴りを食らわせ――『精気喰らい』の頭を爆散させた。
……消し飛ばすとか爆散とか、魔力も使わず起こしていい現象ではないだろう。
呆れていると昭島がぽつりと呟きを漏らす。
「傷一つない、か……相変わらず、異常な肉体だ」
恐れるような、嫉妬するような物言いだ。
しかしそこには何故か僅かに喜びも感じられる気がした。
光郎が床へ着地して、すぐにこちらを振り向く。その顔が複雑そうに歪んだ。
トトッ、と軽く二歩跳んでわたしの横にまで来た光郎は、檻の中の昭島を眺めて眉をひそめる。
「……捕まえている、のか」
「うん。それでこれからどうしようかと……あっ」
パッと頭の靄が晴れるように目的を思い出した。
「ぬいぐるみ!」
そうだ、ぬいぐるみからスティングレイの居場所を辿られてしまうと思って……それで取り戻そうとしたんだった。
思い出すと同時、檻の中へと人一人を包み込める魔力の手をいくつも生み出す。
刀を構える昭島を物量で押さえ込み、さらに小さな手を生み出して瞬時に懐へ潜り込ませる。
小さな手はすぐさまぬいぐるみを取り返して檻の外へと飛んできた。
大丈夫かな。魔力の影響とか受けてない!?
「よし、弄られたりはしてない! よかったー!」
ほっと胸をなでおろす。
頭のモヤも胸のつっかえも、一気に取れて……まだなんか忘れてる気がする。
「そうだ雲雀!?」
治したとはいえ雲雀が気絶したままじゃん!
ああでも大丈夫そう! 「もう食べられません」とか寝言を言ってる! それホントに言う人いるんだ!?
「……はあ」
そんなわたしの横で光郎がため息をついた。
なんか呆れられてる?
かと思えば光郎は檻へと一歩踏み出し、威圧するような目で昭島を見下ろした。
「あなたが、生きたまま捕まるとはな」
「はは、こんな怪物相手によくやった方だろう?」
昭島は微笑みを貼り付けて答える。
「ただの一般人かと思えば突然歴戦の戦士のような技術を使い始めたり。動きも、意図も、いちいち別人のように移り変わったり。……光郎、彼女はなんなんだい?」
「答える義理はないな。だが、あなたから情報を絞り出させてもらう。四口不動産の裏にいる者たちのこと、あなたと奴らの関係なんかを、全てな」
「拷問でも尋問でも好きにするといい。僕が情報を漏らすと思うならね」
「あなたが喋るとは思っていない。だが……魔力は万能なんだろう?」
光郎がこちらへ目を向けてくる。
記憶を探ったり、無理やり喋らせたりしろということか。
確かに、さっきまで自分でもそれをするべきだと思っていた。
でも今もやもやが晴れた頭で考えるとそんな気は吹き飛んでしまう
人の頭に干渉するのは、その人の心や性格までも変えることができてしまうということだ。
最新の注意を払わなければ無事に記憶だけを喋らせることは難しい。魔力は万能というだけじゃない。暴力的に全てを壊してしまうこともある。
性格がねじ曲がるどころか最悪、人格が変化してしまったら。
それは人を殺すのと同じ。
もうそんなことをする気はない。
「おや、彼女は乗り気ではないようだね?」
昭島はずいぶん余裕そうだ。
……わたしが手を出せないと踏んでいるとしても、少し余裕がありすぎる。
その態度に光郎もまた訝しんだ声を上げる。
「……いくらあなたに魔力があろうと、この状況から逃げ出せはしないだろう」
「どうかな。ああ、でも一つ彼女に聞きたいことがあってね」
顔も動かせない昭島が、目だけでこちらを見る。
けっして抵抗できないはずの男の目に、何故か言い知れない不気味さを覚えた。
その時だ。
ゴォン! とビル全体から轟音が響く。
それと同時に立つのが困難な程の振動が襲ってきて、思わず辺りを見回す。
「なんだ……!」
「地震!? ……いや!」
まさかと思いビル内へ感知の魔力を走らせて原因を探る。
するとビルの至る所がボロボロと崩れ出しているのがわかった。壁のコンクリートだけでなく、鉄筋や窓ガラスすらも。
「そうか、精気がめちゃくちゃに弱ってるから……!」
『精気喰らい』がビル内の精気をほとんど奪ったせいだ。
ビルそのものがもろくなり、戦いの影響もあって今になって崩れようとしている。
不味い。崩れてしまうとわたしたちはともかく暴力団員が死ぬ! 一気に崩れれば周りの建物にまで被害が及んでしまう!
「でも――今ならビル一棟ぐらいなんとでもなる!」
莫大な魔力を、ビルから溢れる程に放出する。
まずビルの外側へ音や振動だけを遮断する劣化『目隠し』発動する。
これで外から異常があるようには思われない。
次に内部だ。物を修復させる性質を付与して壊れた部分を治し、精気の代わりに魔力を巡らせて建物そのものの強度を上げる。
いける。後は支えたまま直していけばいい!
直せる確信を得つつも、まだ轟音と振動が襲い来る中で。
呟く程度の、その声が――耳へと明確に届いた。
「君は、ヒビの裏側の世界から来たのかな」
ヒビの裏側の世界。
聞いたこともない単語が、わたしの頭の中では、何故か。
――前世のあの世界と、一瞬で繋がった。
辺りへ向けていた目を即座に檻へと戻す。
だがその直前に、カキンという甲高い音が響き。
檻も魔力の手もそのままに……昭島の姿だけが、そこから消失していた。




