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クラック・バック・ワールド  作者: 海山 鍬形
第一章

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十九話 重なる記憶

 からんと、天井の瓦礫が落ち切って。

 轟音と衝撃の入り乱れていたオフィスは突如しんと静まり返った。


 静寂の中、足元へ飛んできた光郎の右腕に呆然と目を落とす。

 ああ、腕だ。腕が飛んで。血が酷い。すぐにくっつけないと死んでしまう。


 上手く回らない頭がそう急かすのに、足も手も思うように動かない。

 まるで夢の中で記憶を思い返している時のようだった。


 人の死体や、生きた人間の腕が降ってきたなんて光景に現実感を抱けない。

 ただただ信じられない思いで目を上げ、奥の光郎たちを見る。

 光郎と、その目の前に立つ男が、何か深刻そうにやり取りをしていた。




 オフィスの奥で、『先生』……昭島(あきしま)十五(じゅうご)と呼ばれた男と、片腕を失った光郎が対峙している。

 二人の話を聞く限り、乱入してきた昭島十五は国の組織の教官で、隊長のような立ち位置だったらしい。

 だが五年前に所属していた組織の全員を斬り殺して脱走し、生き残った光郎はそれを追って来たと。


 まるで映画のような話だ。


 光郎も昭島も『精気喰らい』も、その周りに散らばっている生首や死体も、足元に転がる右腕や刀も。

 全てリアルなセットであればいいのに。


 そんな熱に浮かされたような思考へ割り込むように、昭島が目を伏せて呟く。


「僕を始末する、か。なぜ殺した、なぜ逃げた、なぜここに――とは聞かないんだね」

「その問答はもう必要ない。殺した後で、暇があれば探ろう」


 オフィス内の空気がピンと張りつめた。


「確かに、片腕の君相手ですら正面から戦えば僕は殺されるかもしれないね」


 その言葉が頭の中に響いてきて、希望が湧いてくる。

 もしかしたら光郎はあっさりとあの男を倒して、事態はすぐに収拾がつくのではないかと。

 だがそんな淡い希望はすぐに叩き潰される。


「だからまずは、この子に相手をしてもらおう」


 昭島はトッと後ろへ跳んだ。『精気喰らい』の体へ背を預けるように。

 すると数本の触手が盾となるように昭島の周りを囲んだ。


『精気喰らい』を……制御してる?


 半身に構えていた光郎はそれを追うように踏み出す。だがその光郎へと、再生した触手が薙ぎ払うように振るわれた。


 右横から迫る触手を光郎は掬い上げるように蹴り飛ばす。ドパッ! と触手が半ばまで潰れてオフィスの天井へ叩きつけられた。

 片腕が無くなったというのに全く力に衰えはないようだ。

 だが、刀で斬り飛ばせないせいで反撃はままならない。


 勢いのなくなった光郎へと全方位から触手が殺到する。

 それらを殴り潰し蹴り飛ばす光郎だが、触手はすぐに再生してまた襲い掛かる。


 再びオフィス内に暴威が吹き荒れていた。


 さっきと違うのは、死体が周りにあること。触手に潰された赤黒い肉片が飛び散り、びちゃびちゃと辺りにまき散らされる。

 人が、人の亡骸が、潰されている。


 ギチギチと頭が締めつけられるように痛む。

 それすらも他人事のように感じていると、ふと目の前の光景がブレた。

 意識がもうろうとしはじめたのか。


 ……違う。

 他の景色が、重なって見えてる?

 わたしは動けない。なのに山の中を走る景色が目に映る。視界の端には燃える……町? があった。


 これは戦場? 前世の記憶?

 夢でしか見たことのないそれが、なぜか今と重なって見える。

 なに、これ……?


 呼吸が荒く、早くなる。

 現実と夢が、前世と今世が混ざっている。この頭の痛みはどっち? 怪我をしているのは前世? それとも今?

 頭が揺れる。自分がわからなくなる中で――。



「阿真菜さん」



 声が、耳を打った。

 ひらひらと目の前で手を振られている。


 ゆるゆると顔を上げると、雲雀は膝をついてこちらを覗き込んでいた。

 ……いつの間にかわたしはうずくまっていたらしい。


「動け……なさそうですね。避難してもらおうと思っていたんですけど」


 雲雀が奥へと目をやる。

 見ているのは多分、昭島だ。


「あの昭島という人、恐ろしく強いです。光郎さんも片腕だとどうなるか」


 その光郎は触手を潰し続けながら苛立ったように叫ぶ。


「この程度で俺が倒せると思っているのか!」


 昭島は微笑みのまま答える。


「……君の今の相棒は、スティングレイと言うんだったかな」


 口から出るのは関係のない話題だ。

 でも穏やかなその口調に、なぜか背筋が冷えた。


「電子機器に対する異常な理解の深さを持つ異常能力者(アノーマリー)。ハッカーとしての彼女の腕前は恐ろしい。彼女が敵に回ってから僕らは軽々と電子機器を扱うことができなくなってしまった。元からそれらにのみ頼ったりはしていなかったが、それでも現代ではあまりに不便でね。――消えてもらうことにしたんだ」


 消えてもらう?

 ……スティングレイに?


「できるものか」


 絶句してしまったわたしと違い、光郎は平然とした様子だ。

 ただその目は昭島の隙を伺っているようだった。


「ああ、もちろん彼女を補足するのは恐ろしく難しい。基本的に人前に出ず、ネットからも痕跡は辿れないからね。不可能であるとすら言える、が……一つ、彼女にも対抗できないものがある」


 昭島は『精気喰らい』に守られながら、なにか掴んだ手を目の高さに掲げた。

 そこに握られていたのは、光郎の胸ポケットに入っていたはずの――イヌガミのぬいぐるみ。


「……!」


 光郎が胸元に手をやる。その手は宙をかいて、固く握りしめられた。


「大事なものならもう少しちゃんと守っておかないとね」


 ……なに? 昭島の周りの精気が……。

 精気が、動いている?


 ビルの床や天井に巡る精気が巡りを外れ、昭島の手へと集まっている。

 さらに昭島自身からも精気が放出されている。

 それらはどんどんと回転を始め、恐ろしい勢いで輪を描き、やがてビルの精気……いや。

 大地の精気と、昭島の精気が、混ざって。


 ――その手に、魔力が生まれた。


「そ、れは……っ!」


 光郎が声を上げる。いや、声を上げたのはわたしだったかもしれない。

 どちらも驚愕に支配されているのは間違いないが。


 昭島は笑みを深くする。


「この五年で色々と学んでね。光郎、君が使えないのは意外だったが、ここに突入して来たんだ。何ができるかぐらいはわかるだろう?」


 ぬいぐるみに魔力が纏わりついていく。


「この力……魔力は万能だ。このぬいぐるみの中にある機材から、スティングレイの居場所を辿ることもできる」

「――」


 言葉すらなく、光郎が触手の全てを振り払う。

 そしてゆらりとその姿がブレたかと思えば一瞬で昭島の目の前に現れ、その腹目掛けて左拳を突き出していた。


 砲弾のような拳をしかし昭島は回避しない。腰を落として、その拳へ左手の甲を合わせて横へ払えば、するりと光郎の拳が逸らされた。

 そのまま昭島は光郎の懐へ入り込み、拳をその腹へと当て――次の瞬間、光郎の体がくの字に曲がって弾き飛ばされた。


 数メートルも宙を舞った光郎は、だがすぐに空中で姿勢を整えて着地する。

 ダメージなどないかのように立ち上がるが……昭島までの距離はさっきよりも空いていた。さらに触手がまた光郎を足止めするために振るわれる。


 触手を打ち落としながら、光郎がギシリと歯を食いしばったのが見えた。

 そんな光郎へと昭島は微笑む。


「片腕もなく強引に突撃してしまったらそうなるさ。さて、僕はこれを持って撤退させてもらおう」

「あ……」


 思わず手を伸ばす。

 スティングレイが? スティングレイが殺される。アイツは絶対にそれをする。

 駄目だ。駄目だ、それは。取り戻さなければ――。


「阿真菜さん、ダメです」


 伸ばした腕を雲雀に掴まれた。


「今の貴女は戦える状態じゃありません。スティングレイは私が取り返します。だから——」

「逃がす、と? それは見逃せないな」


 頭の痛みが何故か引いていく中で、昭島の顔がこちらへ向いた。


「このビルへと魔力を通しているのは君だね」


 穏やかな声と表情。だけどそれが向けられた瞬間、心臓が大きく跳ねた。


「音や気配を漏らさないようにしたり、壁や窓ガラスを治したり。恐ろしいまでの魔力の量だ。どうやって開発したのか……君も、異常能力者(アノーマリー)かな? スティングレイを消しても、君が追ってくるのでは本末転倒だ」

「阿真菜さん、立って」


 雲雀が立ち上がり、昭島へと一歩踏み出す。

 その姿が……目に見えている前世の記憶と、重なった。



「逃げてください」

『逃げなさい』


 頭の中で声が響く。

 前世の記憶の中で声が響く。


 それは前世の記憶。

 わたしが幼いころに過ごしていた国が、他国から襲撃を受けた時のこと。

 首都はあっという間に陥落した。

 燃え盛る町並みを見ながら、わたしは母と山の中を抜けて逃げようとした。


 魔力も使えない小さなころだ。

 わたしと母は兵士に追い付かれそうになって――。


『あなただけでも逃げなさい。この山を越えれば、向こうの国に保護してもらえるわ』


 母が、わたしを逃がしてくれた。

 わたしの母じゃない。前世の、あいつの母だ。




 触手が暴れ続ける中をするりと抜けて、昭島はこちらに踏み出してきた。

 雲雀もまた昭島に向かって進み続ける。


「やめておきなさい。君では僕に敵わない」

「かもしれません。でも無理やりここに連れてきてしまったので……せめて家に帰すぐらいの責任は持たないといけないんです」


 背筋が冷える。血みどろの空間の中で、雲雀の背が儚く見えた。

 あの後、母はどうなった。

 無事に帰ってきた? 再会できた?

 いいや、二度と会うことはなく――。


「そうか……なら、仕方がない」


 昭島が刀に手をかけて。


 ――瞬きするより早く、雲雀の首から血が飛び散り。





 頭の中で、何かがキレる音がした。


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