十八話 『教官』
■side 光郎
血の吹き出す肩を押さえて、光郎は歯を食いしばって足を止めていた。
狂ったように暴れていた『精気喰らい』すら触手を縮こまらせている。
硬直したように動けない光郎たちの間に立つのは、一人の男。
ぼさっとした白髪の、穏やかそうな、優しげな眼をしている男だった。
顔立ちからすると年齢は二十代後半ぐらいか。白いコートを着て柔らかな笑みを浮かべており、その姿は今にも消えそうな程に儚く見える。
だがその儚さは、体の弱さや柔らかな笑みからくるものではない。
ただただ気配が薄いのだ。
商店街で光郎がそうしたように、精気が辺りへ完全に紛れている。そのせいで見失いそうになるだけだ。恐ろしいことにその技術は光郎よりもさらに優れている。
そして何よりも目を引くのは――刀だ。
白いコートの腰に、真っ黒な鞘の刀を佩いている。光郎のものと同じような、赤い紐飾りが揺れていた。
光郎の腕を斬り飛ばしたのはこの刀だ。
完全に気配を消したまま、天井から光郎の体を真っ二つにするように刀を振り下ろしてきた。
それを刃が触れる寸前にようやく察知して、ぎりぎりで身を捻った結果、右腕だけが斬り飛ばされることになった。
笑みを浮かべたまま、男は状況に不釣り合いな優しく響く声で目の前の光郎へと語りかけてくる。
「やあ。久しぶりだね、光郎」
「先生……!」
絞り出すように苦しげに光郎が声を上げた。
先生と呼ばれた男は光郎の右腕へと目を移す。
「もう血が止まっているのか。相変わらず君の体は人間離れしているね」
光郎は何もしていない。だが斬られた直後から噴き出していた血は止まっていた。
精気を感じれるものなら、光郎自身の精気で傷口が覆われ止血されているのを捉えただろう。
莫大な精気が自動的に命の危機を遠ざける。そういう体なのだ。
光郎は肩を押さえていた手を離し、軽く握り込んで構える。
「やはり、奴らに加担していたのか。あの暴力団員たちの体術や射撃技術もあたなが教えたものだな」
平坦だった光郎の声が大きく揺れていた。悲しみも驚愕も……喜びもあるような、複雑な感情がないまぜになった声だった。
動揺する光郎に対して、『先生』は微笑んだまま答える。
「そうだとも。いずれ君が追ってくるだろうと思っていたからね。対策として、彼らに全力で訓練を施した。筋はよかったが君には敵わなかったね」
「ぬかせ。あなたが本気で教え込んだのならあれほど容易に倒せるか。……それとも」
光郎は自身の雑面へと手を伸ばし、その布を掴んだかと思うと一気に取り去った。
露になったその顔は、二十歳に届くか届かないかぐらいだ。目の前の『先生』を睨む目つき以外はごく普通の顔。
ただ一つ目を引くのは、右目の上から頬の下まで一直線にざくりと通った切り傷だ。
「五年前より『教官』としての腕が落ちたか。当時、俺を含めた異対のメンバーの多くを切り殺して国から逃げた五年前よりも」
その傷は『先生』につけられたものだった。
「あなたが異対を抜けてしばらく、いくつかの犯罪にあなたの影がちらつくようになった。ただの違和感がどうしても気になって、異対を抜けて……一月探して、ようやく見つけたぞ」
光郎はぎちりと拳を握り込んだ。
「異常能力者対策部隊の教育と制御を担っていた『教官』――昭島十五」
「あなたを始末するために、俺達はここへ来た」




