十七話 異形の出現
「何か来るぞ!」
天井にひびが入った直後。
わたしの目に入ったのは、光郎たちの足元へ転がる社員たち。
このままだと崩れた天井の瓦礫に潰される。
咄嗟に魔力の手を十数本展開し高速で射出する。倒れている者たちを引っ掴んで一本釣りのように引っ張り上げた。
気絶している社員たちはしめられた鶏みたいな声を上げたけど、一応無事に天井の下から脱出させられた。
光郎と雲雀もその場からすぐに離れている。雲雀なんて両腕に社員たちを抱えて助けているぐらいだ。
次の瞬間。
ゴバッ! と天井が弾け飛ぶとともに――ぬるりと、影のように黒い触手が、上階から垂れるように這い出てきた。
「……なに、あれ?」
社員たちをオフィスの端へ放り投げつつ、思わず呟く。
タコの足のような触手は恐ろしく巨大だ。
先端でも光郎の腕ぐらいの太さ。
オフィスの天井から落ちるように伸びた先端は、びたりと床へ張りついて、ずるずると這いまわっている。何かを探しているみたいに。
表面はぬるぬるうごめいていて、本能的な恐怖と嫌悪感が湧きあがってくる。
『何が起こった!?』
スティングレイの声にはっとする。
「わ、わかんない! なんかタコの足みたいなものが天井を突き破ってきた!」
『タコだぁ!? そんなのどこにいる!?』
「天井突き破ってきたって言ったじゃん! 普通にそこにいるよ!」
鯨のぬいぐるみをコートから取り出してそっちに向ける。
だけど返ってきたのは予想外の言葉だった。
『――見えない。こっちには何も映ってないぞ!』
スティングレイにふざけた様子はない。
……まさか、本当に見えてないの?
じゃあ向こうの二人は!?
「雲雀、光郎! 何が見えてる!?」
「巨大なタコの触手が見えてます! ……タコ? イカ?」
「何か居るようだが見えん。感じるだけだ」
雲雀は見えてるけど、光郎はいることがわかるだけで見えないのか。あと雲雀、そこはどっちでもいい。
つまり、わたしと雲雀だけが見えている?
「あと、何が見覚えがあるような」
「見覚え……」
何かに思いいたりかけたその時、触手に動きがあった。
地を張っていた先っぽが、ゆらゆらと揺れながら起き上がり――。
――指さすようにわたしの方へ向いた。
背筋がぞわりと粟立つ。
反射的に魔力を吐き出し全身へと纏う。一瞬で体が黒い液体に包まれ、さらに身体強化を強めて顔の前で腕を交差させた。
直後、目の前に触手の先端が迫ってきていた。
恐ろしい速度で射出された触手の先が、オフィスの奥から一瞬でわたしの腕へと突き刺さったのだ。
ズドン! と砲弾が直撃したような衝撃が走る。鎧のおかげで皮膚には傷一つないが、僅かにたたらを踏まされた。
「んぬぁっ……!」
「阿真菜さん!?」
足にも魔力を回してどうにか踏ん張る。
触手の感触は見た目と違って硬く鋭い。まるで包丁か、動物の爪みたい。
しかも激突した後も全く力を緩めずぎちぎちとこちらを刺し殺しにきていた。
でもさっき押されたのは加速ありきだ。ただの力比べで負けると思うな!
「こんのタコ!!」
腕を振り切って触手をはじき飛ばす。
さらに火炎を放とうと指を鳴らそうとすると、 メギッバガンッ! と奥から嫌な予感のする破砕音が響いた。
目の端にうつるのは破壊される天井だ。がらがらと瓦礫が落ちる中、新たに数本の触手がずるりと垂れてきた。
おぞけが走る光景。しかも触手はぜんぶなんでかわたしに先っぽを向けてくる。
なんでぇ!? 雲雀とか光郎の方が近いじゃん! わたしなんかした!?
心の中で叫ぶ間にも触手がぴたりと狙いを定めた。
さすがにあの数は受け止めてられない。射出される触手を避けようとし。
「この辺りか」
「おりゃーっ!」
その前に、奥の光郎と雲雀が射出された触手の横合いから攻撃をしかけた。
光郎は刀を抜き放ち、一閃。
伸びた触手が二本あっさりと斬り飛ばされる。
光郎と同時に飛びかかった雲雀は触手に蹴りを放っていた。
ただの蹴りじゃなく、その足には精気が恐ろしく力強く巡っている。
魂交だ。
その蹴りが触手に突き刺さった。同時に触手がビクンと硬直する。
そして体表が柔らかいものをつねったようにねじれたかと思うと、ドパン! と車のタイヤがパンクしたような音を立てて弾け飛んだ。触手が悶えるように暴れる。
あの過剰な効果は……!
『なんだ今の音!? 何したんだ芦屋雲雀!』
スティングレイが上ずった声で叫び、光郎も珍しく「おお」と声を漏らしていた。
そして雲雀も目を見開いている。
「またこうなった!?」
『なんでお前も驚いてんだよ!』
「普通はこんなことにならない技なんです! でも、ということはやっぱり――」
雲雀も思いいたったらしい。
「――こいつ『精気喰らい』です!」
……そうだよね。
普通の人には見えない。
感覚があまりに鋭い光郎は感じられる。
そしてわたしたちにはちゃんと見える。
なにより、あいつから精気を感じ取れない。
そんな怪物は一つしか知らない。いやこれで三体目だけど。
「『精気喰らい』だと? 前に斬ったものとは気配も姿も相当違うな」
ほんとにね。
奥でのたくって暴れる触手は今までの獣とは似ても似つかない。
というか天井から生えてるってことは、上にもっとでかい本体がいるってことだよね?
「それどころか、巡る精気まで違います。質もそうですけど……なにより、量が遥かに多いです」
量。
精気の量は身体の強さにも影響する。
あのでかさで獣型よりずっと強いのか。
いや、むしろ精気が多いからあの大きさになった?
「姿が変わった理由はわかるか?」
光郎がちらりとこっちに目をむけてきた。
「……わかんない。精気の量かもしれないし、単純に違う種類の生物なのかも。元から種類があるのか、生物なのかもわかんないけど」
「そうか。……俺は、あいつがここで生み出されたんじゃないかと考えている」
生み、出された?
「ここがその、暴力団の裏にいるやつらの本拠地ってこと?」
「ただの推測だ。だがこのビルへ入ってから襲われる直前まで、俺も含めて誰一人、奴の気配は感じることができなかった」
刀を握る手に力がこめられていく。
「俺達でも気づけないよう巧妙に隠されていたか、あるいはついさっき作られて投入されたか、だろう」
『なら、この上……四階以降に奴らの核心があるかもしれねーな。ようやく奴らの尻尾を掴める……!』
光郎は臨戦態勢に入り、スティングレイはギラギラした声をあげる。
いやまって、わたしたちはそこまで大事になると思ってなかったんですけど!?
だけど二人を止めるよりも先に、奥からバガンと破砕音が響いてきた。
見ればのたうつ触手のせいで天井が崩れ始めていた。上に本体がいるとしたら落ちてくるのも時間の問題だ。
これ以上話している暇はない。
しかも崩れた瓦礫はのたうつ触手に弾き飛ばされ、辺りに倒れる暴力団員へ降り注いでいる。
ああもう、とりあえずあの人たちを助けよう!
触手が悶えているうちに、と魔力の手を展開する。
でもその瞬間、奥で悶えていた触手がびたりと止まる。そして足元から精気がぞわぞわ動く気配がした。
これは『精気喰らい』の回復行動!
「気をつけて! そいつ回復するから!」
声をかけた直後。
断ち切られた触手の断面から、ずるんっと飛び出るように先端が再生した。
ひぃキモい!
鳥肌の立つ光景を見せてきた触手は、再び先端をこっちにむけてきた。
そう、また全部わたしを標的にしてきたのだ。
「だからなんでぇ!?」
「通しませんよ!」
「見えないのも慣れてきたな」
触手の射線をさえぎるように二人が飛びだした。
触手はそれを察知したのか、ためらうように触手を宙でうねらせる。
触手しか出てきてないのにどうしてこっちの様子がわかるんだろ。
気になりつつ、雲雀たちが牽制してくれている間に倒れている社員たちを後ろに放り投げていく。
たまに「ぐえっ」と悲鳴が漏れるが気にしてられない。死ぬよりマシでしょ。
そうしてわたしが回収している中で、雲雀たちは作戦を立てていた。
「さて、どうしますか光郎さん」
「そうだな。芦屋、上に何か見えるか?」
「うーん、ぼやけてて見えづらいですね。こんなこと初めてです」
「俺も四階以上の気配はぼんやりとしか感じ取れない。魔力か何かで隠されてるんだろう。だが奴の本体が上にあるのはわかる。なら、そこを叩くべきだろうな」
光郎が一歩、前に出た。
「俺が先に行く。上に何があろうと大抵はどうにかなるだろう。魔力や精気を見つけたら報告してくれ」
「わかりました。――上から来ます!」
雲雀が声を上げた直後。
二人の真上からバキリと音が響き——二本の触手が、恐ろしい勢いで射出されてきた。
雲雀は横に跳んで避け、光郎は床を蹴って前へと踏み出す。
それに合わせるように奥の触手が射出された。
魔力ですら多少の強化では見切るのも難しい速さ。多分銃弾よりも速いだろう。
だが光郎はそのすべてを真正面から弾き、斬り捨てる。
「行くぞ」
一声あげて、オフィスの床を蹴り砕き光郎が突貫した。
伸びた触手を斬り飛ばしながらどんどん触手の本体との距離が縮まっていく。
接近を嫌がってか、触手は天井をぶち破ってさらに増えた。その数はタコの足より多い。
そしてそれら全てが小虫を払うように無茶苦茶にぶんぶんと振り回される。
巨大な触手が音速を越えてオフィス内を蹂躙する。デスクが吹き飛び、窓ガラスが一気に割れて飛び散った。
「やばっ!」
外へ飛び散らないよう慌てて直し強化する。それでも触手の一撃を受けるとひびが入った。どんな強さだ。
人の体なんて一撃でも当たればぐちゃぐちゃになるような暴威が荒れ狂う中――光郎は、その触手の全てを細切れに斬り飛ばしながら一直線に駆ける。
上から来ようが横から薙ぎ払おうが、触手は光郎へ触れる前に寸断され、見る間に触手は短くなっていった。
ときどき光郎を避けてこっちに来ようとする触手もある。けど。
「はっ!」
それらは光郎の後ろにいる雲雀が一撃で弾けさせていった。
『精気喰らい』相手にあまりに圧倒的だ。
やがて光郎が奥へと到達しようとした時。
触手の無茶苦茶な動きに耐えられなくなったのか、奥の天井がガゴン! と轟音を上げてとうとう崩れ落ちた。
同時に――ずるんっと、滑り落ちるように触手の本体が姿を現した。
その姿はやっぱりタコだった。
違うのは、人の三倍近くあるようなその巨大さと、異様な触手の数。
そしてタコの胴体である膨らんだ部分に、光る丸い目がついていることだ。それも六つも。
頭頂部を囲うようについた目はぎょろぎょろとせわしなく辺りを伺っている。
その目は瞬時に近寄ってくる光郎へと固定され、触手の全てを殺到させた。
物量の圧力にさすがの光郎も足を止めて、その場で迎撃する。
その時だ。
タコ型『精気喰らい』の上部から、瓦礫に紛れて落ちてくる何かに、目を奪われた。
それは。
ぼたぼたと、生っぽい音を立てて落ちた、ボールのようなそれは。
――人の、生首だった。
さらに上からはいくつも、バラバラと、人の体が……体の一部が降ってきた。
ねじきられたかのような断面の首、その後を追うように首を亡くした体、腕、足……おもちゃのように、落ちてくる。
「――」
亡骸。
人の――死体。
今世で初めて見た、その、頭部の――うつろな目が、こちらへ向いて。
ぎしりと頭が痛んだ。
そして。
「光郎さん!?」
雲雀の聞いたことが無いほど焦った声が響く。
同時に、光郎と『精気喰らい』が戦う場から、何かがぽーんと、こちらへ飛んできた。
触手ではない。
確かに黒いが、触手より細い。
なにかギラリと金属質に光るものをもって――。
「――え?」
今度は声が出た。
信じられない、という声が。
飛んできたものが、わたしの目の前にドッと軽い音を立てて落ちる。
ガランと、その手に持っていた刀が落ちた。
飛んできたそれは……光郎の右腕だ。
呆然と、光郎の方へ目を向けると――光郎と『精気喰らい』の間に、いつの間にか人が立っていた。




