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十二話 記憶の断片

 あまりに膨大な精気を宿す男から静かに、かつ大急ぎで離れたわたしたちは、100mほど南にある公園へと避難していた。


 道路をまたぐ高架の上に作られただだっ広い公園で、北から南までの距離は商店街の道よりも長いかもしれない。


 そんな水吐山(みなとやま)公園の端にあるベンチへ、雲雀と共に座り込んだ。


 冷汗を拭ってちらりと商店街の方を伺う。とりあえずあの男が追ってくることは無さそうだ。


 気づかれはしなかった、か?

 それとも追う理由がなかっただけなのか?


 緊張と焦りで、どくどくと心臓の鼓動が早くなるのを感じたその時。

 くいと袖を引かれた。


 ハッと振り向けば雲雀が硬い表情でこちらを見てきている。


「大丈夫ですか」


 その額にうっすらと汗をかきながら、出てくるのは心配の言葉だ。

 ……一人で焦っている場合じゃないな。


 大きく深呼吸をして雲雀の方へ向く。


「大丈夫。とりあえず落ち着いた……あ、驚いた時にガム飲み込んだのは大丈夫じゃないかも」

「気にしてる場合ですかね?」


 そう言い合って無理やりに笑いあう。

 そうすると少し心に余裕が戻ってきた。もう一度思い切り息を吸って、吐く。


「……はあ。なんだったんだ、あれ」

「本当に何だったんですか……? 角を曲がったいきなり目の前が真っ白になったんですけど」


 そうか、雲雀の目は精気を光として捉える。

 あれほど膨大な精気が近くにあると、そもそも男の姿が見れない……というかあれが人だったかどうかもわからないのか。


「えーっとね、角を曲がったら50m先に串カツ屋があるんだけど」

「く、串カツ? はい……」

「その店先で串カツ食ってた男がありえないぐらい膨大な精気を宿してた」

「……どうしてそんな人が串カツ屋にいるんですか」

「串カツに関しては好物っていうだけかもしれないけど……問題は、あの事故現場の近くへ現れたってところだよ」


 短くため息をつく。


「あの怪物と、あんなヤバい奴が関係してるかもしれない。……最悪だ」

「阿真菜さんがそんなに言うほどですか……」

「膨大な精気っていうのは、それだけで武器になるからね」


 思い出すのは前世の記憶にある、英雄の一人。


 『大地王』アスラ・クラバルタ


 彼の体にも膨大な精気が宿っていた。

 その肉体は精気により強化され、剣や槍はもちろん破城槌や魔力による大火炎が直撃しても傷ひとつ負わない。傷を負ったとしても体を巡る精気が即座に治す。

 逆に彼が武器を振るえば城砦だろうとあっさり破壊してしまう。


 あまりにも大きすぎる精気は、人の体を恐ろしく頑丈かつ強靭に育て上げるのだ。

 その肉体で彼は他国の侵略を打ち破り、時には攻勢に出て、自身の国を守っていた。


 精気は大地より生まれるという理由で大地信仰の篤い前世の世界。

 そんな中で多くの国から『大地に愛されし者』と認められ、大地王と名乗るのを許された偉大な王だった。


 その姿が(・・・・)今も目の・・・・前に迫って・・・・・きている(・・・・)

 砂塵の舞う戦場で、偉丈夫が身の丈を越える戦斧を振りかぶっている。押しつぶされそうな威圧感を放ち大地が震えるような咆哮を上げていた。

 褐色の肉体にはいくつか深い傷が刻まれ、酷く血を流しながらも戦意は微塵も衰えず…………あれ?


 傷を負う?

 血を流している?

 大量の武器や兵器が直撃しても無傷なのに? 万の兵士をたった一人で蹴散らせるのに?


 ――その体に治らないぐらいの傷をつけた者がいた?


 それは一体……。



「阿真菜さん!」

「……」


 ずるりと、沼の中から引きずり出されるように意識が浮上する。


 いつの間にか雲雀に腕を掴まれていた。


「気が付きました!? いきなりぼーっとし始めたから何事かと……!」

「ぼーっと……?」


 おうむ返しに言葉を紡いで、それでようやくハッと目が覚める。

 鮮明に浮かび上がっていた戦場が掻き消えて公園の景色が目に入ってきた。


「今のは……」


 ――前世の記憶だ。

 それも今浮かび上がってきたばかりの新しい記憶。


「今の?」

「いや、ごめん。ちょっと頭がくらっと来ただけ。……あいつの精気を感じたせいだと思う」


 そうだ。怪物に出会った翌日、戦場の記憶が浮かんできたように。

 あの膨大な精気に触れたことで同じような大地王の記憶が蘇ったのかもしれない。


「そんな体調を崩すようなことがあるんですね……」

「今日は精気を使いすぎたから疲れてるっていうのもある、かな。甘いもの食べてたら治るよ」


 手に持つ袋から、マーブルな色のチョコを出して口に含む。


「雲雀もまだ緊張した顔してるし、何か食べたら?」

「私するめとおせんべいしか買っていなくて……」


 ずるりとするめを取り出してかじりだす雲雀。結局それ買ってたんだ……。


「それでえぇと、何の話だっけ」

「膨大な精気はそれだけで武器になる、という話を」

「あーそうそう。人の十数倍の精気を宿してるだけでも、銃弾を耐えるぐらいに体が強くなるんだよ。あの男は……それこそ数千倍程度じゃ効かなそうだ」

「つまり戦車の砲弾を耐えるぐらいになると」

「冗談抜きで可能性はある。まあ多くの精気を宿してなくても、しっかりと精気を巡らせたら強くなれはするんだけど。雲雀みたいに」

「それは……でも、あの」


 雲雀は言いにくそうにおずおずと手を挙げる。


「あの人……人? の精気の巡りは、少しだけど整っていましたよね。あれは精廻だと思うんですが」

「うん――だから最悪なんだよね」


 精廻。体の精気を正しく巡らせる技術。

 雲雀はもちろん、わたしと比べても拙い程度だが、あの男は精廻を行っていた。


 大地の一部に等しい精気を、正しく巡らせる。

 それは一体どれほどの力を生み出すのか。

 アスラ・クラバルタの姿が脳裏に蘇る。


「もし、あれが怪物に関わっていたら……わたしたちの敵になったら」


 ずきりと頭が痛む。

 同時に、また目の前に戦場が見えた。現実と重なって、視界がブレる。


 なんだこの見え方は……今までと違う……?

 まるで必ず思い出せと言っているような……。


 困惑と共に目を押さえた時。


「でも、大丈夫だと思いますよ」


 雲雀の声が、妙に心地よく耳へと響いてきた。

 思わず隣へ目を向けると雲雀はぐっと拳を握っている。


「あの精気は圧倒的ではあるけど荒ぶってはいませんでしたし、悪い人ではないと思います。なんとなく懐かしいような……師匠に似ているというか」


 それは漠然とした感想だった。

 だが精気に関しての情報を、雲雀の目は恐ろしく正確に紐解ける。

 人の性格までわかるかはともかく、悪い感じがしなかったというのは信じてもいいのかもしれない。


 そう思った時、いつの間にか視界のブレと頭痛は消えていた。


「そっか……悪い人ではない、か」

「はい!」

「じゃあいいか。今日は解散!」

「は……えっ!?」


 宣言して立ち上がると雲雀が目を丸くしていた。


「何故解散!?」

「いやもう今日は疲れたから……さっきもほぼ意識が途切れてたし」


 前世を思い出した影響か、体力がごっそり持っていかれたのだ。

 これ以上の捜索はもう集中力がもたない。


「た、確かに阿真菜さんは休んだ方がいいでしょうけど! だとしても急ですね!?」

「雲雀の言うことを信じたんだよ。とりあえず今日は解散しよう。一応道路の近くは異常なさそうだったからまた怪物が現れたりはしないでしょ。明日は土曜日だから朝から捜索に時間取れるしね」


 畳みかけるように理由を並べ立てて、雲雀を無理やり頷かせる。

 そして商店街からなるべく離れて帰ろうと公園を出た所で、さりげなく辺りに目を配る。



 途中から、なんか視線を感じた気がするんだけど……。

 辺りに怪しい奴はいなさそうだ。気のせいか?


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