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クラック・バック・ワールド  作者: 海山 鍬形
第一章

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十三話 幕間 社光郎・スティングレイ

 商店街の端にある串カツ屋は、店先で立ち食いができる。


 赤いのれんの中で横並びの客たちが、思い思いに注文をしては、揚げたての串カツをざくりと噛み切り、堪能している。


 その中の一人に、奇妙な風体の男がいた。

 春の真ん中だというのに分厚い黒のコートにズボン、足元は頑丈そうなブーツで覆われている。

 さらに顔は面をつけ、腰に刀を佩いていた。

 面は仮面ではなく、白い布に模様が書かれた雑面というもの。刀は柄頭から赤い紐飾りが垂れていた。

その姿は黒い鎧を着込んだ武士のようにも見える。


 さらに男のコートの胸には似つかわしくないものが潜んでいた。

 それは白くてふわふわで、つぶらな瞳をしている。

 ぴょこんと立った耳は犬のようにも狐のようにも見える、そんなどちらともつかない姿のぬいぐるみだ。


 奇妙な風体の男は、だが不自然なほどに周りから注目されず、その場に溶け込んでいる。

 実際格好はともかく、やっていることはただ串カツを頬張るだけだ。

 ただ、あるいは感覚の鋭いものが見れば……辺りの様子を探っていることがわかるかもしれない。




 男はふと妙な感覚を覚えて左へ視線を向けた。


 赤いのれんの隙間から、商店街を出ていく影を僅かに捉える。男の目にちらりと映ったのは女児向けのスニーカーだった。


 今の時間なら子供が商店街にいることに疑問はない。

 だが男の感覚がそれに違和感を訴え、己の相棒へ共有させる。


 男は口をほんのわずかに動かす。周りの人々が誰一人気づかない程度に。


「スティングレイ」


 するとぬいぐるみから退屈そうな声が響いてきた。


『なに光郎? 何か釣り針に引っかかった?』


 響くのは電子音だ。

 ぬいぐるみの中にスピーカーが内臓されているようだった。

 電子音はノイズが酷く、声の主の性別や年齢は判断できない。


 光郎と呼ばれた男は、カラッと揚げられた一口サイズのじゃがいもをざくりと一口食べ、答える。


「わからん。だが違和感はあった。誰かがいた」


 ぴたりと電子音が止まる。

 そして次の瞬間、だぁんと机に拳を叩きつけるような音がした。


『やっとかああああ!!! こそこそこそこそ隠れやがってよーやく姿現したなどんな手段使ってでも絶対完璧に骨の髄まで暴いて見下ろして笑ってやるぞクソ共おおぉ!!!』


 大声が響いて電子音のノイズがさらに酷く音割れする。

 串カツ屋の店先は広くない。光郎のすぐ隣には他の客がいる。そんな中で大声を出せばさぞ迷惑になるだろう。


 だが隣の客は何も気にせず串カツを楽しんでいた。

 スピーカーの音は恐ろしく小さかった。普通の人間なら大声で叫んでもなお、音が聞こえるかどうかというぐらいに。


 それを光郎の耳は容易に捉え、ノイズ交じりであっても明確に聴き分ける。


「落ち着け。違和感だけだ。匂いも、気配も、奴らとは違う」


 そして光郎の声もまた周囲には聞こえていない。

 串カツを口に含みながらでも、ぬいぐるみにギリギリ届く小ささの声を、明確な発音で届ける。そんな技術によるものだ。


 電子音の主、スティングレイは『はぁん!?』と歯を剥くように荒々しく声を上げる。


『あの化け物が現れた後の場所だぞ!? この状況で違和感があるならそんなもん確定で奴ら――『不動産屋』共が関わってんだろ!』


 化け物。

 通常の人間であれば知る由もない、知ることすらできない情報。

 スティングレイたちはそれを知る側にいて、かつ、それを敵視していた。


『それともお前の勘が外れるってか!?』

「お前の信じる、俺の勘が、違和感程度しか捉えなかった。奴らが相手なら違和感だけじゃ済まない」

『……』


 冷静に告げられた言葉へ、スティングレイはほんの少し沈黙する。

その後、カチカチとマウスを弄るような音を響かせた。


『……とりあえずそいつを監視はするぞ。ボクに伝えたってことはそういうことでいいんだろ』

「ああ」


 カチッ、カチャッとUSBをPCへ差し込む音が光郎の耳に入る。

 スティングレイ……ハッカーである相棒が作業を始める際の音だ。


『で、どういう奴? ていうかどこにいた? 数キロ離れたビルの屋上とか?』

「商店街南側の出口だ」

『……そこまで近づかれて違和感しか感じないっての?』

「だから追わなかった。足音は今も南側へゆっくり離れていっている。性別は恐らく女、足のサイズからして年齢は9歳か、それより下だった。それと隣にもう一人いる」

『はっ』


 報告を聞いたスティングレイは鼻で笑う。ただそれは光郎をバカにしたものではない。敵に対する嘲りだった。


『奴ら、とうとう一桁の子供まで使いだしたのか。どっかしらでまた人身売買組織でも立ち上げたのかね』

「奴らと決まったわけじゃない」

『わかってますー。ま、この辺の監視カメラは全部掌握してる。すぐ見つかるさ』


 スティングレイは軽い調子で監視カメラの乗っ取りを暴露する。

 光郎はそれを聞いても顔色一つ変えず串カツをもう一本口に運び、食べ終える前に『見つけた』と声が上がる。


『近くの公園にいたよ。スニーカーの色は上が黒で下が白でいいよね。女児と、隣には高校生ぐらいの女子。……視界ごと誤魔化されてるんじゃなけりゃね』

魔力(・・)が使われた感覚はない。問題ないだろう」


 魔力、と。

 冗談のような単語を口にした光郎に、スティングレイは苛立たしげに舌打ちした。


『魔力! まーったく現代日本でそんなもんを真剣に調べることになるとはね! 最近のボクの検索履歴見たか!? 魔術と魔力と神秘、あと龍脈だのパワースポットだので埋め尽くされてるんだぞ!? 最新機器にこんなワードポチポチ打ち込むのは屈辱だッ!!』

「仕方ない。『不動産屋』の中枢にはそれを使える奴らが必ず関わってくる。火やら風やらを操ってくるぐらいならいくらでも対処できるが、重要な命令を魔力で伝えられるとな。追うための取っ掛かりが無い」

『あいつらだって全部を魔力で代替できるわけじゃない! 末端の暴力団だの半グレだのフロント企業だのはちゃんと電子機器使ってるんだしそっちから辿ればいいじゃん!』

「それをもう数回試して、毎回中枢へ近づく前に途切れているんだろう。警戒されているのか最近は傘下の組織を見つけるのも難しいんじゃなかったか」

『うごごごご……』


 地の底から響くような怨嗟の声が上がった。


『くそっ! 現代人なら電子機器でなんとかしろよ!』

「電話線に魔力を通して会話していた奴もいたぞ」

『通すならネット回線通せよ!!』


 ボスッと柔らかいものを叩くような音がする。

 部屋のぬいぐるみに顔をうずめたらしい。光郎はスティングレイがぬいぐるみを叩いたりはしないと知っていた。


『くそ、せっかく国の下から抜け出して追ってるってのに! 予定だと今頃はハワイでバカンスでもしてたんだぞ!?』

「その予定は聞いていないが、確かに時間はかかりすぎているな。……異対を抜けてもう一年になる」


 『異対』とは、国の裏側で動く組織の一つ。

 正式名称を『対異常能力者部隊』。


「最後の事件は『天爆』の奴が起こした東京都高層建築一斉爆破未遂だったか」

『あーあーあー、やなこと思い出した』


 その名を聞いたスティングレイは嫌悪感を丸出しにした声を上げる。


『あの野郎は異常能力者(アノーマリー)共の中じゃまだ技術は普通な方だったけどさ。性格はいっっっちばん嫌味だった』


 世界には、時折異常な程の技術や身体能力を持った人間が現れる。

 戦車の砲弾を受けても大した傷を負わない肉体を持つ者。

 爆発や雷など特定の現象に対して恐ろしく深い理解を示す者。


 そういった者たちを国は異常能力者(アノーマリー)と呼んだ。


 彼らはごく小さな子供のころからその並外れた能力を発揮し始める。

 そしてそれが表に出始めると国がスカウトするのだ。

 他人や他国から狙われないように、奪わせないように。

その身分を隠したまま人の役に立つような研究に携わることになる。


 だが国の目に止まらなかった者や、その待遇を嫌って逃れる者もいる。

 常識の外にある彼らの技術は、国の力を以てしても逃がしてしまうことはあった。

 だがそうして逃げた者達は、その異常な能力故に、常人を基準にして作られた法や決まりをあっさりと破ってしまう。


 あるいは明確に罪とされる行為へ及ぶ者もいた。


 対異常能力者部隊は、そうした犯罪者となってしまった異常能力者たちへ対処するために作られた部隊であり——その構成員もまた、多くは異常能力者だ。

 光郎たちもまた、その構成員の一人だった。


 『異常斬り』(やしろ) 光郎(こうろう)

 『電子人(でんしじん)』スティングレイ。


『ま、『天爆』の野郎の爆発に紛れて行方不明ってことにしたから抜けられたんだけど。上手く利用されてくれて助かったね! ボクを上から見下ろして笑いやがってざまーみろって感じぃ!』

「で、そうして国の下を抜けた結果が今の手づまりなわけだが」

『うぎぎぎぎ……! でも光郎も乗り気だったじゃん! ボクが間違えたみたいな言い方やめてくれる!?』

「別に間違っているとは言っていない。近年起こった、暴力団の抗争や不動産絡みの事件……あれには異常能力者(アノーマリー)が必ず関わっている」


 二人が国の下を抜け出した理由は、事件を起こす異常能力者(アノーマリー)を追うためだ。


 数年前から、国のそこらで妙な焼け方をした死体や破壊痕が出たことがあった。

 異対にも資料が提供される程度には異常と認識される跡だ。


 とはいえ通常の薬品か、少し変わった仕掛けを作れば容易に再現可能と判断され、異対が出張ることはなかった。

 その一つ一つは光郎も適当に流していた。

 だが数年間で少しずつ少しずつ積み重なった違和感は、やがて無視できない程の警鐘となって光郎の勘に訴えかけてきていた。


 しかし力が強くとも構成員の一人でしかない光郎だ。

 光郎自身口が上手くないこともあって意見を上が取り合うことはなかった。


 あるいはそれは――光郎の過去に起こった事件を危険視されたのか。


「証明できるものもない、ただの勘でしかなかったが、お前はそれを信じて動いてくれた。感謝している」

『お、おう……まあね』

「それはそれとして、抜けたことに対する言い訳なんか手柄で示せばいい、と豪語していたのに大した進展のない現状はどうしたものか」

『お前なんか嫌味になったな!? 一年ちょっと前はロボットみたいに無感情だったくせに!』


 騒ぐスティングレイの声を、光郎は衣をまとったウィンナーかじり受け流す。


「それはともかく今監視している二人に動きはあるか?」

『それはともかくぅ!?』

「……土産は串カツだ」

『――うずらとじゃがいも10個ずつね。で、動きか……いや、何にもない。というか公園で一緒におやつ食べだしてる。音声までは拾えないけど、見た目も雰囲気も裏に関わってる感じはないね』


 すっぱりと態度を切り替えてスティングレイは報告してきた。


『もしかしたら子供の方はまだ国に見つかってない異常能力者(アノーマリー)かもね。ただこっちには関係なさそうだし、後で調査だけしとくか』

「これからはどうする。恐らくもう誰も引っかからないぞ」

『あーあーそっちね……怪物が暴れた現場にも誰も来てなかった?』

「足音も気配もない。一度だけ何も知らなそうな下っ端が現れたぐらいだ」

『あれか。明らかに囮だったやつね』


 商店街の端から怪物が現れた道路まで数百メートルは離れている。さらに人通りも多い建物越しだ。

だが光郎はその場を見ているかのように断言した。

 そしてスティングレイもまたそれを疑わない。


『じゃあもう撤収……の前に、あの囮野郎だけ追うか』

「……なんの情報も持っていないと思うが」


 初めて光郎は僅かに表情を変えた。怪訝そうな顔だ。


『だろうねー。最内ショウ、二十五歳無職。大学は卒業したけど就職できず、バイトで食いつないでたけどある日闇バイトに手を出してそれからずっとぱしられてる。……こんな人生送ってる奴に情報なんか渡さないだろうよ』


 ハッキングにより手に入れた情報をすらすらと並べ立てて、スティングレイはもう一度ため息をついた。


『四口不動産か……あんなところにクソ目立つビルなんか建てやがって。明らかにボクらを誘ってやがる。カメラやら携帯やらパソコンやら、中を映せるようなもんは軒並み持ち込み禁止かオフラインで対策されてるし。電話も普通の会話しかしてない』

「脅威というわけでもないだろう」

『そりゃね。暴力団の武闘派とか集めてるみたいだけど、光郎なら一瞬で制圧できる程度だ。あの透明な怪物がいたってね。ただそれなりに規模がデカくて、わざと騒ぎも起こしてるみたいでさ、警察や市長に厄介なものとは認識されてるんだよ。……いきなり全滅したとなると、多分国の方が動く』

「異対か」

『そう。今はまだギリギリ潜伏はできてるけど、光郎が暴れた後の状況はわかりやすい。ボクらが生きてると知ったら……っていうか生きてることは確信してるだろうけど。明確に居場所を掴まれたら流石に逃げながら『不動産屋』を相手にするのは難しい』

「厄介なことだ」


 そう答えて、光郎はふと疑問に思う。


「それなら何故あの囮をわざわざ追う。四口の奴らの手の者かもしれないなら、放っておいた方がいいだろう」


 その至極真っ当な問いかけに、スティングレイは思いっきり息を吸い込んで叫ぶ。


「ムカつくからだよおおおおぉぉぉ!!! あいつらボクが手ぇ出せないと思ってその辺にうろちょろうろちょろ下っ端走らせやがってえええぇぇぇぇ!!! 上戸市のカメラにあいつらの名前が映る度にどんだけボクが苛立ってるかわかるかぁ!!?? えぇ!? 八つ当たりでもなんでも一人ぐらい叩き潰さないと気が済まないんだよおおぉぉあああぁぁぁ!!??」

「わかったわかった」


 相当キテいるスティングレイへ適当に返し、光郎は串カツ屋に勘定を頼む。

 そうして哀れな犠牲者を追おうとした。


 その時。


 光郎は大気の震えを感じ取った。

 ピリピリと肌に圧力がかかる。ほんの僅かだが、それは明らかに異常な事態だ。

 そして光郎はその暴力的な圧を知っていた。


「魔力……」

『なんだと!?』


 金を払って即座に光郎は商店街を出る。

 気配を感じる北側を向けば、山を覆うように膨大な圧力が満ちていた。


「あれが全て魔力か……? だとすれば見たこともない量だな」

『あいつらが何か本格的にやりだしたのか!?』

「わからないが――何か来る」


 突如、山から感じていた気配が弾けた。音すら超える速度で波のように迫ってくる魔力を、光郎の感覚は鋭く捉える。


「――」


 その場で光郎は刀に手をかけた。

 だが波に敵意も殺意も籠っていないのを察して、首を傾げる。


 そのまま魔力の波は光郎を通り抜けた。なんの影響も及ぼさず、ただ後ろへ広がっていくだけだ。


『おい光郎! 来るって何がだ! 何があった!?』

「わからん。魔力で作られた波のようなものが通り過ぎた。マーキングか、挑発か」

『挑発……?』


 スティングレイの低い声。

 光郎は言わなければよかったかと気づくが、訂正するより早く怒号が響いてくる。


『追えー!! 追ってぶち殺せ!!』

「殺したら情報は取れないが……まあ、手掛かりは見つかった」


 光郎は全身に力を漲らせる。

 今までは周囲に合わせていたその存在感があらわになる。

 思わずといった様子で人の目が光郎に集まり――その人の目を縫うようにして、既に光郎は駆け出していた。


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