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プロローグ オタク少女と陰陽師(?)女子高生、そして怪物

 今日は『異世界の魔術師、平安陰陽師として超☆転生 ~雨降らせただけで中務省(なかつかさしょう)のトップエリートに~』5巻の発売日だった。

 小学校が終わってすぐ、学校の反対にある書店へ全力で走り、漫画をゲットしてうきうき気分で両手に抱えながらわたしは帰っていた。

 だけど結局家まで我慢できず、公園で少しだけ読んでしまおうと普段の帰り道を外れたのだ。

 表紙を眺めながら公園までの坂を登っていく。

 『いせおん』5巻の表紙は、主人公の弟子であるヒロインが実体化した呪いの怪物を相手に小刀を構えている構図である。


 ――視線を上げれば、同じ光景が目の前にあった。


 公園の入り口から、わたしは二つの姿が対峙するのを呆然と眺めていた。


 まず見えるのは腰ほどまで伸びた長い黒髪の女の子。

 顔は見えないが、ブレザーの制服からすると女子高生。右手に小刀を持ち、その切っ先を目の前の敵に突き付けている。


 女子高生の前にいるのは……怪物としか言い表せない何か(・・)。

 立ち上がったヒグマの如く大柄で、光を拒絶するかのように真っ黒な毛皮。

 いやあれは毛皮か? 風もないのにゆらゆら姿を変える様はそれ自体が意思を持っているかのようだ。

 頭部の目玉らしき光がぎょろりと目の前の獲物をねめつけ、その下で威嚇するように白い牙を剥いている。

 かぎ爪のついた長い手足にはぎりぎりと力が込められ、今にも女子高生へと跳びかかりそうだった。



 表紙と眼前の光景をもう一度見比べる。彼女は、あの怪物は、一体何なのか。

 普通の女子高生なら悲鳴を上げて逃げるか、恐怖で動けなくなるだろう。でも彼女の小刀を構える姿は様になっている。

 もしかして本当に、その――。


「――陰陽師、とか?」


 思わず呟いて、その響きに胸が高鳴るのを感じた。え? 本当? 本当に現実に陰陽師いるの?

 表紙と目の前の光景を何度も何度も目が行き来してしまう。その度に頬が紅潮していくのを感じていた。


 漫画はいくらでも読んだ。ライトノベルや一般小説もファンタジーを中心に多くたしなんでいる。アニメもそれなりに見てきたしなんなら夢でもよく見る。

 だがまさか現実で見ることになるとは。

 頬が熱くなるのを感じながら、睨みあう一人と一体の様子をさらによく見ようと、わたしは一歩を踏み出し——その瞬間。


 怪物と女子高生がわたしへと視線を移した。

 入り口を背にした女子高生より、怪物の方が僅かに早くわたしを目にし——途端、咆哮と共に怪物は地面を蹴った。

 わたしへと向けて恐ろしい速度で巨体が跳びかかってくる。


「え――」


 想像より遥かに素早く滑らかな動きにわたしは腕を掲げることしかできず。

 かぎ爪に切り裂かれる直前、ドッと体が押された。

 押したのは、いつの間にかわたしの方へと駆けてきていた女子高生だった。


「逃げて」


 女子高生の背が切り裂かれその体が地面に叩きつけられた。飛び散った血が頬へかかる。

 それきり彼女はピクリとも動かなくなった。ただ血だけが雑草の生えたコンクリートに流れていく。


 怪物はフゥフゥと白い牙の隙間から涎を流し、獲物を食らおうとするかのように女子高生へと勢いよく襲い掛かり――。


 ――その動きを遮るように、わたしは手をかざした。


 瞬間、ぎしりと怪物の体が止まる。

 ぎょろりと目を動かしながらぶんぶん首を振っている怪物。その様からは強い困惑が伺える。


 その間にわたしは女子高生へと急いで近づく。

 破れた制服から見える背中は上から下まで切り裂かれている。だが傷としてはさほど深くないようだ。

彼女は自身の精気(・・)を操っている。多分体を強化して受けたんだろう。

 けれど傷は傷だ。


「ごめんなさい。ちゃんと姿は消してた(・・・・・・)はずなんだけど……怪物の方はともかく、あなたにまで見えるなんて」


 わたしは傷に手をかざす。

 撫でるように上から下へ動かせば、もうそこに痛々しい傷はなく白い肌が戻っていた。


「ちゃんと後で救急車も呼ぶから。――さて」


 わたしは未だに動けていない怪物へと目を向ける。

 怪物は唸り声を上げながら固まっていた。

 正確には辺りへ漂わせた濃密な魔力で動きを縛っている。微妙に怪物の体が震えているのは全力で力を込めているのだろうか。

 縛られていない首を滅茶苦茶に振り回して怪物は吼える。

 だがその体は微動だにしていない。


「会話はできるか?」


 話しかけた言葉がかつての(・・・・)乱暴なものに変わってしまっている。まだ頭の切り替えがうまくいっていない。


「お前と彼女の戦いに何か意味があるなら、ここで一度退いてくれ。わたしが関わってしまったのは謝ろう」


 怪物は荒く息を吐きながら、ただぎょろりとした目でわたしを睨みつけるだけだ。


「言葉も介さず、ただ人を襲うだけの害だと言うのなら……わたしが代わりに相手をするぞ」


 ランドセルに突き刺していたリコーダーを抜き、女子高生が短刀を向けたように口の先を突き付ける。


 陰陽師という職業にわたしは胸を高鳴らせた。

 だがわたしもまた、普通の人間ではない。



■  ■  ■



 ある時から、わたしの頭には前世の記憶が蘇り始めた。


 土と動物の匂いが混ざったような暖かい風。

 後ろに荷車を引く大トカゲの鱗のざらざらした触り心地。

 かじると金粉のような輝きが舞うニムハ・マルム(果物)の甘さ。

 高くそびえる城壁の扉が軋む音と共に大きく開き、戦地から凱旋した兵士が鎧を鳴らしながら歓声の中を歩く姿。

 剣を握る自分の姿と、血に塗れた戦場。

 自分の手から産まれる猛々しい火炎。


 それはどこか異なる世界の記憶。

 その世界でわたしは戦場を渡る傭兵であり、自然を従える魔術師。

 理を越えたものとして、理外者(ラティオ・フォリス)などとも呼ばれていた。

 まるで自分で経験したかのような実感を伴う記憶は、戦うための力までもわたしの体に焼き付けている。


「今世で戦うのは初めてだが――」


 怪物の周りに漂わせていた魔力を全て引き戻す。ゴッと大気が揺れたように感じた。

 自由になった怪物は滅茶苦茶に叫びながら再び跳びかかってきた。

 さっきは間に女子高生が挟まっていてなお避けることもできなかった速度だ。


「――お前如きにもう遅れは取らん」


 だが、それが今は遅いとすら感じる。

 魔力による身体機能の強化が十全に働いている証拠だ。今、わたしの体は両目を中心に煮えたぎるように熱くなっていた。


 ゆっくりと爪が迫る中、わたしは引き戻した魔力と新たに練った魔力をリコーダーへと一気に集中させる。

 怪物の体を縛る程の量がほんの30㎝ほどの楽器を薄く纏うほどに圧縮され。

 跳びかかる怪物の爪がわたしの顔に届こうとした時。

わたしはリコーダーを上から下へと軽く振るった。


 ドパァン! とタイヤが破裂したような音を立てて――怪物の上半身が消し飛んだ。


 余波で吹き飛ばされた下半身は宙を舞って、ガシャンと公園を仕切るネットへ引っかかる。

 砂煙が舞う中でぴくぴくと怪物の脚が痙攣している。起き上がる様子は無さそうだ。


「……ふぅ」


 倒したことを確認して魔力をゆっくりと落ち着かせていく。

 熱がすうと引き、同時に体の力みも取れていった。大きなことを言ったが流石にちょっと緊張していたらしい。

 そうして頭が冷えてから辺りを見回し……わたしは冷汗を流す。


「ちょっ、ちょっとやりすぎたかな?」


 圧縮した魔力による一撃は恐ろしいまでの破壊力をもたらした。

 そのせいで公園の地面が抉れ砂塵は空高く舞い上がり、ネットを支える鉄棒が曲がっていた。

 身体強化したわたしの足元にあるコンクリートもバキバキに壊れていて……あっ、あとさっきの破裂音も辺りに響いてしまったんじゃなかろうか。


「ど、どうしよう。これ弁償かなっ? ていうか人が来ちゃう!? あっ、あの子に救急車呼ばないとっ!」


 どれから考えたらいいんだこれは!?

 力を振るうのが初めてなせいで対処方法がわからない! ま、まさかこんな問題があったとは。あっそうかだから現代ものの主人公って力を押さえて戦ったりするんだ!


「――現実から逃げてる場合じゃない! と、とりあえず……救急車! 人命最優先!」


 携帯を取り出して119番。

 子供だとバレないよう声は低くして状況を伝える。ここから消防署までは徒歩で数分だ。出払っていなければすぐに救急車が来るだろう。


「後は……」


 ちらりと被害状況を見る。

 地面が抉れた公園、壊れた歩道、極めつけは明らかに異常な怪物の下半身。

 わずか9歳の小学生には手に余る問題ばかり。


「ふっ」


 わたしは一つため息をつき、魔術で自身の姿を隠す。

 そして救急車の音が聞こえてくると同時に――その場から全力で逃げた。


「後は陰陽師さんに任せるね! 多分もう会うこともないと思うけど、頑張って!」


 ああいう陰陽師は国からの命令とか受けて動いてるっていう設定とか多いし、きっと国が何とかしてくれる。破れた制服も何とかなる。

 罪悪感から目を逸らしてわたしは坂道を駆けあがり家へと帰った。


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