第1話
ネオイーストシティの西隣にあるオールドウェストランド。その首都の中心部にある官公庁街『内裏』のさらに中心部に、朱塗りの巨大な入母屋造りの『御所』がある。
またさらに内側は、マジックミラーのような強化ガラスのドームで覆われていて、上空から中の様子をうかがい知る事はできない。
その中は、外部のド派手さとはほど遠い、池を囲む庭園の中に漆喰塗りで書院造に見える建物が建つ、荘厳な雰囲気を持った邸宅となっていた。
「……」
その玄関の正面から見て右奥に、『女帝』とその腹心の女・フジハラ・サクナのみが入ることを許された棟があり、主である『女帝』はそこの2階にある居室の寝台で目を覚ました。
寝台の周囲は天蓋と御簾に囲まれ、部屋の壁は障子に見えるが、それらはホログラムで再現された物で、部屋は最悪戦車砲で撃たれてもびくともしないシェルターになっている。
半身を起こしたが寝起きでぼんやりとしている、寝間着の白い襦袢を着た『女帝』へ、
「あ、えっとおはようございます」
ひょんなことから彼女に雇われた、人工知能のジャクリーン――現・コノハのホログラムがポップし、おずおずと頭を下げて挨拶をする。
その3Dモデルはサクナの緑色のそれとは色違いである、桜色の袿袴を纏っていた。
ちなみに改名の理由は、長すぎて言いにくいから、という、特に深みもなにもあったものではないものだった。
「――なんだ。貴殿か……」
だがその瞬間、『女帝』の目がカッと開いて、即座にコノハのプログラムへ攻性防壁を作動させ、そのイメージである鬼武者軍団が彼女をなます切りにする直前で止めた。
「ひいッ! ね、寝起きにメインプログラムを焼きに来ないでくださいよー……」
視界のほぼ全周が野太刀で埋められたコノハは、人工知能なのに涙目で腰を抜かしてへたり込んでいた。
「帝様、おはようございます」
空気が圧縮される音と共にシェルターの隔壁扉が開き、その前で跪いていたサクナが、眼鏡型サイバー端末を装備した頭を恭しく下げて挨拶する。
「む……」
寝ぼけ眼に戻った『女帝』は、眠たげに小さく頷いてそれに答える。
「寝起きの帝様には、話しかけてはいけませんよコノハ」
「もっと早く言って下さいよぉ」
眼鏡の位置を右手中指で上げて直すサクナは、まだ腰が抜けたままのコノハへ、かぶりを振って大分手遅れの忠告をした。
「サクナさんも話しかけてるのになんで私ばっかり……」
「共にある時間が違いますから」
ムスッとした顔で首を捻るコノハに、まだ眠そうな『女帝』の手を取って、立ち上がる助けをしつつ、サクナはうっすらと得意げな笑みを浮かべた。
「お食事、どういたしましょうか」
「任せる……。少し胃の具合が悪い……」
「では粥ですね。梅ペーストを添えましょうか」
「うむ……」
「吸い物の味噌は白味噌、具は豆腐でございますね」
「うむ……」
胃の辺りをさすってしかめっ面をする、『女帝』のオーダーをサクナは完璧に読んで、端末から自動炊事場システムへほんの一瞬の間に指示を入力した。
「……あっ、お風呂――」
「ご心配なく。もう起動してあります」
「えっと、今日の予定を――」
「もうまとめております」
「せ、整髪料がもう無くなっていたかと」
「先ほど補充いたしました」
「……私、要ります……?」
立ち上がった『女帝』のその名とは見合わない、彼女の小さく薄い身体をぼんやりと眺めていたコノハは、急いで自分に任された仕事をしようとしたが、既にサクナは先回りして全て処理してしまっていた。
「その辺りの代理として此奴を雇っているのだ。サクナがやってどうする」
「申し訳ございません……。癖で……」
くあ、と大あくびをした『女帝』は、いつも通りの凜々しい顔つきになって、膝を抱えてすねているコノハを指さし、ワーカーホリックなサクナをやんわりと叱る。
「その調子では、どうせゆっくり睡眠もとっていないのだろう? 心配なのは分かるが、いざそのときに満足に動くことが出来ぬなら本末転倒だ」
「あっ、でも、2時間おきに起きて寝るされていますから、トータルで6時間は確保できてますよっ」
下の居室に移動しながら、『女帝』に説教されるサクナをフォローしようと、自走式ホログラム投影機に映るコノハは2人の右前に移動し、両手の指で6を作って言う。
「……我を仔猫かなにかだと思っているのかサクナよ」
「め、滅相もございませんっ。私が眠っている間に帝様が逆賊に害されはしないだろうか、と気がかりでして……」
「あっ、あれぇ……?」
やや引きつった笑みを浮かべつつも、フォローしたつもりだったが、逆に『女帝』の表情が険しくなってしまい、コノハは減速して後ろに下がりつつ目線を忙しく泳がせる。
「そのための此奴であろうに。第一、この我が目を離した隙に死ぬ様な醜態を晒すわけなかろうが。我は冷血なる恐怖の皇帝ぞ?」
うつむき加減で不安げに両手を握りしめているサクナへ、腕を組んで胸を張る『女帝』は、鼻を鳴らしつつ不敵な笑みを浮かべて大げさに嘯いてみせる。
「帝様……ッ」
『女帝』の芝居がかった物言いにハートを撃ち抜かれたサクナは、爛々と輝く目を自らより1周り小さい主君へ向けて口元を押さえる。
自分で言うことじゃないですよねそれ、って言ったら消されるかな……?
それが心配要らない説明になっている、と思わなかったコノハだったが、命が大事なので音声には出力しなかった。




