エピローグ
数分後。オールドウェストランド『内裏』の『御所』最奥部。
そこは無駄に広い他の部屋と違って、装飾も地味かつ8畳間程度のこぢんまりとした部屋で、一番奥にマットレスが内蔵された寝台のみが置かれていた。
「――電脳を焼かれる覚悟はお有りでしょうか」
『女帝』唯一の秘書官である、緑の袿袴姿のフジハラ・サクナは、眼鏡型サイバー端末をくいっと上げ、御所の防壁内への侵入者に対して、武士をモチーフにしたイメージの攻性防壁を起動しながら訊く。
「まて」
「ですが……」
「我を殺しに来たならば、既に攻撃は開始されているはずだ」
ちょうど、サクナに膝枕してもらいながら耳掃除されていた襦袢姿の『女帝』は半身を起こし、肩を強く強ばらせて猛禽類の目をしていた彼女の頭を撫でる。
「要件を言うのだ。――事の次第によっては三途の川に手ずから送ってやるところであるが」
毒気が抜かれた表情で少し頬に赤みが差しているサクナに代わり、『女帝』は閻魔の様な気迫をもって、出入り口付近にホログラム表示されたブロックノイズへ問うた。
サクナすら、血の気がうっすらと引く迫力を感じさせる彼女の背後には、金棒の先を地面に付けて仁王立ちする、地獄の鬼軍団の攻性防壁イメージが表示された。
「……えっと、すいませんその、固有の礼儀についてのデータがないものでご無礼を……」
その向こうにいたジャクリーンは、両方ともものすごい殺意を持って応対して来たため、ノイズのゲートを潜った瞬間、腰を抜かして土下座した。
こんなおっかない人達だって聞いてない……。
ちなみに、先ほどアイーダ達の空気に飲まれて素が出てしまったジャクリーンは、今度こそ威厳ある態度で行こうとしていたが、あえなく再度失敗に終わった。
「……帝様、その……」
「ええい、やめぬか。我が弱い者いじめしている様ではないか」
どうしたものか、とサクナに困惑した様子でジャクリーンと交互に見られた『女帝』は、脇息に片肘を突いていた体勢をやめて彼女へ少し気を緩める様に言う。
とりあえず2人は攻性防壁を透明化して、生まれたての子鹿のように震えているジャクリーンを落ち着かせた。
ややあって。
「なるほど。とんだ古狸に化かされていたようだ」
落ち着いたところで、ジャクリーンは自身が人工知能であること、ウズマサが反乱を企てていた事実と証拠を提示した。
アイーダの予想と違って、『女帝』サイドは反乱を把握しておらず、手抜かりがあった事にサクナは土下座して詫びようとし、よいよい、と『女帝』は払うように手を振ってやめさせた。
続いてジャクリーンは、性能テストという体で違法薬物のブローカー1人の情報を丸裸にして見せ、
「つまり、貴殿を雇えと?」
「はっ、はいっ!」
『女帝』のいちいち迫力がある訊き方に怯えつつ、彼女は低い腰で首を縦に何度も振った。
「まあ良かろう。ちょうどサクナの補佐について頭を悩ませていたところだ」
ブローカーの隠蔽能力に手を焼いていた『女帝』は、サクナへ情報の裏取りと契約書の作成を命じてから、その能力の高さを目の当たりにして満足そうに頷いた。
その後、『女帝』は前のめりになって、ジャクリーンに近くに来る様に言い、
「――ところで貴殿、サカイダ・メイなる名を聞いたことはないか?」
ホロキーボードで作業中のサクナへ聞こえない様に訊く。
「浮気、などとは思いませんので普通に喋られては?」
交渉では何を発言したのか記録する義務があるので、電脳通信を通じてサクナには聞こえているが。
「分かっている」
完全に思っているジト目でいじらしく見てくるサクナへ、雰囲気だ。雰囲気、と『女帝』はニヤニヤしながら言う。
「……あっ。さ、〝さあて、何のことやら〟、です」
どこか、探偵と助手に似た様なやりとりをする様子を、少し呆けてみていたジャクリーンは、そのしゃべり方を真似してアイーダから受け取った裏口の鍵を鍵穴に指した。
「――なるほど。道理で」
その発言を聞いた『女帝』は目を丸くした後、ジャクリーンが持ってきたデータ一覧の末尾にある、
「ツケにしといてやる。返事は要らねえ」
という一文のみのテキストデータを見て、扇子で口元を覆いクツクツと愉快そうに笑い出した。
「……いやはや。またあの者に借りを作ってしまったな」
パッと見では冷静沈着だが、すねた様子で口の先を尖らせているサクナを見やり、悪い、と手刀を切りながら、『女帝』はその彼女がいる東の方を見てぽつりと独りごちた。




