第2話
その1時間後。
「さすがは〝機械仕掛けの悪魔〟といったところか……」
追手がナビに延々と〝眼〟を盗まれ続けたせいで、アイーダをまんまと取り逃がし、プランAをオシャカにされたオールドウェストランドから来た男だったが、独りごちるその声には想定の範囲内であるという落ち着きがあった。
ちなみに、アイーダに依頼をした〝ベラボウズ〟社は、この男がネオイーストシティで活動するために隠れ蓑としている会社だった。
「私の教育不行き届きでございます」
「なに。はなから〝悪魔〟と契約者の探偵を御せるとは思っておらんよ。大穴予想などそんな物だ」
侘びも寂びもあったものではない、七色に輝く光ファイバー畳に土下座する、その中年男の部下である老人へ労いさえした男は、プランBだ、と電脳通信で繋がっている相手に指示を出す。
「シナリオ・ブライトジャスティスを破棄し、シナリオ・ダイバーズを実行します」
「ククク。これであの女もお終いだ……」
それを受けた相手からは、人間としては非常に固く抑揚に乏しく高い声がそう返してきた。
「――どうやら案の定だったみたいですねえ。どうします?」
「まあ、どうせアレの掌の上だろうし、こっちに害がないかだけ様子見で」
「はいはい」
事務所にある来客用の長ソファーで、ナビとアイーダの1人と1体は、料亭内の地下にあるアジト内での会話を当たり前のように盗聴していた
仰向けで膝枕されているアイーダとしているナビは、双方ともあんまり関心がなさそうにそう言って、ナビは〝枝〟を引っ込めた。
「聞くにかなり周到な計画みたいですが、アイーダさんの正体に気がつかない上に、関係性をド誤解している程度じゃオチは見えてます」
「後の方のはそんな決定的かー?」
「それ自体ではないのです。一般論で情報の精度の甘さは死を招きますからね」
「まあ、どこが蟻の一穴になるか分かんねえもんな」
「なのです」
ナビは情報収集ウィルスを仕込みながら、アイーダが納得したのを聞いてドヤ顔を見せる。
「となると、この計画も〝帝国〟崩壊のそれになることもあるかもですね」
「まあ可能性としては隕石が頭に落ちてくるよりゃ低そうだけどな」
「あの『女帝』サンですもんねぇ。一応教えときます?」
「やらんでいい。アタシはあの大馬鹿女に借りも貸しも作りたくねえの」
「了解なのです」
エンターキーを押す余計な動作をするナビの提案に、アイーダは顔を梅干しみたいにして右手を払うように激しく振って拒否し、ナビは少し微笑ましそうに緩く敬礼の動きで答えた。
「マジでどいつもこいつもアタシに色々預けすぎなんだよなぁ……」
「頼りがいがあるってことじゃないですかー」
「人ごとみたいに言ってんじゃねえよ。お前が一番重たいんだよこの最終兵器系助手め」
「それはナビちゃんがたっかーい演算能力で導き出した結果、アイーダさんにお任せする方が最良だったので。ま、アイーダさんの人生にとって、ですが」
「世界が滅んだ方が良くても優先する気か?」
「ですねえ」
それが重いつってんだよなあ、と、言う割に自身を上げるアイーダの目は穏やかで、ナビは目を細めて左手でそっと彼女の少しくせっ毛のショートヘアを撫でる。
「まあこっちが持つ分、相手が持ってくれるんなら文句ねえんだけどな」
「ご安心ください! 私の場合は持たせた重さ分のリターンをこれまでも、そしてこれからも確約いたしますので!」
「怪しい金融商品か?」
ちょっと甘くなりすぎた空気に、気恥ずかしくなったアイーダが悪ぶってそう言うと、ナビは空気を読んで通販番組の様に立て板に水の語りをしておどけた。
「――ややっ、お電話ですね」
「んー? サイバー端末屋のおっちゃんか」
すると、事務所備え付けのサイバー端末に通信が入り、アイーダのそれに転送されてきた。
「おう探偵。ちょっと緊急で頼まれ事してくれ」
「なんだ?」
「シアワセ・ゲームスのフルダイブ型バーチャルリアリティゲーム……ま、要するにゲームの試遊会に代わりに行ってくれってことだ」
「仕入れの参考にすんなら娘にでも行かしとけよ」
むくりと起き上がって応対したアイーダは、到底自分が適任だとは思わない内容に怪訝そうな顔をする。
「その娘からの頼みなんだよ。どうもテストが補習になっちまって行けなくなったとかで」
「ほーん。まあそれは良いけどアタシの感想参考になるか? その辺の知識ねえぞ」
「はなから期待しちゃいねえよ。お前の相棒が居りゃ多少雑な感想でも心配いらねえだろ?」
「まあそりゃそうか」
「依頼料はオレがいつもの割合の額立て替えとくぜ。そんじゃ頼む。チケットは譲渡システムでいけるってよ」
「あいよ」
はなっからあんまりアイーダを当てにしてない物言いをする店主へ、ナビがキレそうに前のめったのを手で制しつつアイーダは依頼を受けた。
「そこは抗議しましょうよ」
「仕方ねえだろ事実なんだからよ」
「だとしてもですねー……」
「もう良いからその話は。で、この長ったらしいのはいつもの電脳通信と何が違うんだ?」
一応、まるっきり何も知らない、というのもどうか、という事で調べたアイーダだったが、仮想空間に入ってアバターで喋るのは日常的なもののため、いまいちピンときてない様子でナビに訊く。
「はいはいー。分かりやすく言うとですね、いつものは身体の感覚自体はそのままじゃないですか。このシステムはそれも完全に没入するわけです」
「あー、まるごとゲームの中に意識が入って、実際そこにいるみたいになるのか」
「細かい名称とか原理を抜きにすればその認識でオッケーです」
「なーるほど。それがこんなヘッドギアみたいなのを繋げるだけでいけるのか。技術の進歩ってすげーな」
「なんの! すでに究極のナビちゃんも日々進歩してますからね!」
足を組んで開発企業のホロ映像の電子カタログを眺め、そのかなり先進的な技術に舌を巻いているアイーダへ、立ち上がって正面に移動したナビはその中に顔をつっこんで、眉間に力を入れてアピールしてきた。
「なに張り合ってんだ。で、具体的にどの辺がなんだよ」
「お部屋掃除やお料理のクオリティです。前者はより効率よく最新の技術を! 後者はアイーダさんのご健康を第一に考えた安全かつ丁寧な味付けを! といった具合なのです」
「そうなんだな。違いが分かんねえけど」
「もっと! もっとナビちゃんを興味深く観察してくださいー そうすれば見えてくるものがですね――はうわわっ」
ふわっとした高い声で喋り散らかすナビを、もう出ないと間に合わないから、と言ったアイーダはナビの頭をもみくちゃになで回して静かにさせた。
「別に普段から言うだけあって完璧だし、アタシには細かいアップグレードの差が分かんねえってだけだから」
「ふふん。ご理解いただけている様でナビちゃんはうれしいです」
モサモサになった真っ白いウルフカットを手ぐしで戻されながら、アイーダにしっかりフォローされたナビは得意そうに胸を張った。




