エピローグ
事件に関わったアイーダは、当然、しばらく公安局に呼ばれたりなどするため、後回しになることを連絡すると、依頼主の女の方から嬢達御用達のバーに呼び出され、そこへナビやカガミを伴って訪れた。
幅に比べて奥行きがかなりある店内は、あちらこちらがバータイプのライトでゲーミングな感じに光っているが、それ以外は一般的な内装でカウンター席のみという様子だった。
その奥に小さなステージがあり、人間の演奏家がピアノとアルトサックス、ドラムとベースのカルテット編成で穏やかなジャズを演奏していた。
ちなみに、ナビが出入り口にいる屈強なガードマンに、やんわりと入店を拒否されたが、ナビには酒に酔う機能がない事を説明して渋々通してもらったが、
「……なんですかこの、……なに?」
「……分かりやすくていいのでは?」
「……初心者マークじゃないですかーッ! ヤダーッ!」
飲酒不可を示す、緑と黄色の腕輪型ケミカルライトを右腕に装着させられていた。
「申し訳ねえ。ちといろいろあって調査はしばらく後になりそうでな」
グラスを磨いているバーテンダーの女が中にいる、カウンターに座っている女の隣に座り、アイーダは深々と頭を下げてそれを詫びた。
「あっ。それはもう良いのよ。依頼料は好きに使って」
「へ?」
控えめの声ではあるが、横でわやわや言っているナビ達を放っておいて、話を進めるアイーダは、思わず声を漏らし、その妙にあっさりとした言い方に驚く。
「二股かけてんのを見たのか?」
「違う違う。彼はもうとっても誠実よ? ――だから私が釣り合わないの」
首と顔を横に振って、表情をやや険しくするアイーダからの疑いを否定し、少し泣きそうな顔で無理に笑って言った。
「競馬が好きな私の知り合いがいてね。――あ、普通の会社員の女の子で、賭けるのはお布施程度よ?」
「そこはなんでもいい。んで?」
「うん。その子、例の彼に一目惚れしたらしいのよね」
「そんで社会的にも安定してるし、お似合いだから譲ってやったって訳か」
「そー言う事。やった、っていうほど恩着せがましくする気はないけどね」
アイーダと同じように話を読んでいたバーテンダーの女が、すかさずシロップを混ぜたレモンジュースとジンを炭酸水で割ったカクテルを作って依頼人の女へ提供する。
「サービスです」
「どうもね」
あるがままに、という意味があるジンフィズ*1をぐいっと煽り、全く割り切れてはいない様子で深々とため息をついた。
「なるほど、酔い潰れて忘れたい夜っつうことだな。まあ付き合ってやるよ」
「へえ、どこまで?」
「タクシーのドアの前までだ」
「つれないわね」
「この通り反対多数でな。依頼料返すからこれでデリでも呼べ」
付き合ってやる、の一言に反応して顔と口角を上げた依頼主だったが、後ろで1人と1体が全力で頭上にバツを作っている様子を親指で刺しつつ、アイーダはそっとあしらった。
数時間後。
「もうアイちゃんと結婚したい……」
「しねえよ。もっとマシな冗談言おうなー」
「なぜ分かるんだ……」
「酔っ払いの聞き手はなれたものですので」
「なるほど……」
「――って寝たか」
ガッパガッパとちゃんぽん呑みした依頼主は、アイーダに支払われるはずだった額を全て使ったところで、酔い潰れて寝てしまった。
「てなわけでよろしく頼むぜ」
「お任せあれ」
アイーダの知り合いである、かなりガタイが良い女運転手のタクシーを呼び、ボディーガードも同乗させ、アイーダは依頼主だった女を自宅へと送り出した。
酩酊通りはすっかり夜の帳が下りて、ネオン風LED看板から発する光を、雑巾くさい雨がうっすらとにじませていた。
「アイーダさん。私の相談についてだが……」
「お、おう。なんだ?」
これで帰れる、と完全に油断していたアイーダは、神妙な面持ちでカガミがそう切り出して声が裏返った。
「人間らしさとはなんたるか、を理解するには私にはまだ経験が足りない。そう思い至ったから、無期限の保留にしておきたいんだが……」
「良いんじゃね? 確かにお前さんは〝善くあろうとするヤツ〟を知らなさすぎるしな」
クールな物知り顔で頷きつつ、ナビが肩にかけたバッグから取り出した、折りたたみ傘を受け取って差したアイーダだったが、
「当面の間は、猶予が出来て良かったですねぇ」
「おう。――何だろうな〝人間らしさ〟って……」
「哲学のお勉強でもします?」
「だなあ……」
ナビとカガミを従えて歩き出し、電脳通信でナビと話すその顔は、焦りの冷や汗をだくだくとかいていた。
*1出典 阪急百貨店公式通販 HANKYU FOOD「定番カクテルの種類を知りたい!おすすめカクテル20選も紹介」(https://web.hh-online.jp/hankyu-food/blog/lifestyle/detail/001155.html)2025/06/23閲覧




