第10話
その後、犯人たちへの取り調べが行われ、連中が今回のテロを企てた理由が語られた。
「ったく、どいつもこいつも自分の事しか考えてねえな」
「普通に人格が人間社会寄りじゃないですもんね」
半数が自身らの誤った過度な動物愛護精神をこじらせた結果で、残りのさらに半数は金目当て、後はただ社会を混乱させたかった、というのが動機だった。
その調書を見られるところだけ見たアイーダは、要するに「自分は悪くない。悪いのは社会だ」というだけの無駄に長い内容のそれに、相棒と共にドン引きして眉をひそめた。
「そんで、お前さんもこんなもんが動機か?」
部屋の中央に固定された机と椅子がある、取調室の空中にホログラム表示された書面を払うように手を振り、それを閉じたアイーダは机越しに座る、筋肉量が少ない少女へと訊ねた。
室内は、むき出しのコンクリートと鉄格子の窓と鋼鉄製の扉、入って右側に超強化ガラスのマジックミラーがはまる小さな窓がついていた。
当初は担当のカガミのおまけで入っていたが、黙秘するばかりでラチがあかず、彼女が自分よりも適任だ、と課長から特別許可をもらわせてアイーダが担当していた。
「もう! なんで私こっちなんですか!」
「私もおかしいと思うんだが、一応法的にあなたは物扱いだ。物はこっちに置いておけないんだ。許してほしい……」
ナビも当然お供しようとしたが、規定により入れなかったため、そういうカガミ共々不本意そうなしかめっ面をしてぼやいていた。
「協力者つっても部外者のアタシが入ってんのに何を今更」
「え。お姉さん、警察の人じゃないんだ」
「そもそも私も警察ではなく公安局員なんだが……」
首に電脳をネットワークから遮断する、チョーカー型の装置が装着され、袋をベルトで縛る拘束衣を着ているクラッカー少女だが、
「あんたは話しても、反応が全部一緒でつまんないから大差ないよ」
「うっ……」
「取り締まる側が被疑者に押し負けてどうすんだよ」
カガミを顎で指して、どっちが取り調べをされているのか分からない、実に偉そうな態度をしていた。
「で質問の答えだけど、あんな目を開けて夢見てるみたいな、クッサイ事を大真面目に垂れ流してるキモいやつと一緒にしないでほしいな」
「ってこたアレか。自分の実力を試したいとか?」
「そそ。別にあの〝ブレイン・コントローラ〟は、ご大層な名前がついてるけど、単に理性の枷をちょっと外すだけの代物なんだよね」
物としては酒と大して変わらないよ、とアイーダが喋り出す前まで、むすっとしていたとは思えない輝く瞳を向けて饒舌に話す。
「なんかあのオバサン達は、サクッと暴動が起こせると思ってたみたいだけど、人間ってそう簡単に暴力を選ばないじゃん?」
「まあ人格次第だけど大半はな」
「酒は本性を暴くってだけだし」
「それ」
「あのオバサン達の方がよっぽど乱暴だよねぇ」
「そこは否定しねえけど、今後はやり方と場所は考えてやれよ? 万が一ってのはあるからな。間接的でも人を殺すのは寝覚めが悪いからよ」
「うん。ってことはその怪我も万が一の結果ってことか」
「お察しの通り」
アイーダは極めて渋い顔で顔をしかめ、先ほど部屋に入った瞬間に、気にして目を丸くしていた少女へ、ギブスを巻いた左腕をちょっと上げて言う。
見えるところの傷を処置し終え、アドレナリンの鎮痛効果がなくなった途端、腕やら腹やら背中やらが強く痛み、検査をしてもらったところ、左の前腕にヒビが入っていて、なおかつ全身に打撲によるあざがあり、全治1ヶ月と診断されていた。
「分かった。気をつける」
頭に包帯が巻いてあり、ボロボロになっているアイーダを気の毒そうに見ていた少女は、
「良い返事だ」
「えへ」
こくりと頷いて、褒めてきたアイーダへにこやかな表情を見せた。
「分かってもらえてありがたい」
「うざっ」
「どうして……」
人見知りのせいであの態度だったのか、と思って気安さを心がけてカガミは言ったが、スイッチを切り替えるように刺々しい声と言葉を投げつけられ、彼女は雨に打たれる捨て犬みたいな顔になった。
「コラーッ! 私が近くに行けないからって誘惑は許しませんよーッ!」
「どこをどう切り取ったらその解釈になるんだお前は」
「わーっ! お姉ちゃん怖ーい!」
「ぬわーッ! そのぶりっこはやめなさーい!」
「うるせえ。人のこと言えるかお前は」
「ナビちゃん物だそうなので言いたい放題でーす! そんな付け焼き刃のかわいいで私に勝とうなんて良い根性してますね!」
「つい昨日お前が言われてた事じゃねーか」
「ぷぷぷ。ブーメラン……」
「ぐぬぬ……」
「ここはコントのセットではないんだが……」
スピーカーでナビが割り込んできて、少女とよく分からない意地の張り合いをする様子に、カガミはもうお手上げとばかりに大きなため息と共に肩を落とした。
まだ続けそうだったので、話が進まねえだろ黙ってろ、とアイーダに一喝されてナビは仕方なく黙り、カガミはアイーダ経由で取り調べを続行した。
「じゃ、司法取引もしたって事で。達者でな」
「その前に。一個気になることがあるんだけど、お姉さん達って〝機械仕掛けの悪魔〟って知ってる?」
私の勝ちー、と舌を出してナビをひとしきり煽ってから、アイーダに対しては素直な様子で取り調べに応じた少女は、アイーダ達には非常に聞きなじみのある名前を出した。
「まあ聞いたことはあるな」
「……右に同じ」
難なくすっとぼけたアイーダの一方、カガミはよく見ると顔が完全に引きつっていたが、少女はカガミの顔を一切見ていないので気づかなかった。
「公安が管理してたりするの?」
「するのか? カガミ」
「いや……。もしそうでも言えないが……」
「知らないし、そうでも守秘義務だと」
ちょっと声が裏返りかけるカガミへ、下手くそ、といった様子で少しにらんだアイーダは腕組みをして答えた。
「そっか。いやーあの攻撃してきたハッカー、絶対〝彼女〟だと思ったんだけどなあ。あんなに一切の無駄がないコードの書き方は他にないと思ってたけど、公安も馬鹿に出来ないね」
「……見たことあるみてえな言い方だな」
相変わらずものすごく饒舌にしゃべっている少女に、若干気圧されながらもアイーダは訊ねる。
「あるある。ストーカーで有名な暴露系クソ配信者が、実は自分も犯罪に加担してたのが、サイバー端末から脳に侵入されて、いじめをした前科とか、恥ずかしい過去の記憶を含めたデータもついでにさらされてばれた、みたいな祭りがあってね。
そのときに、裏で流通してる違法攻勢防壁の無力化をどうやったか、のログを物のついでで残してくれてたわけ。それと今回の手癖がそっくりでさ!」
「はーん」
熱っぽさまで混じってきた少女の話に、アイーダは関心はありそうだが他人事のように相づちを打つ。
「それで、その――」
少女が心底楽しそうに、鼻息荒く〝悪魔〟の正体についての考察をしている中、
「――あんときのだろ? ほら、アタシがマクラで裏社会の支配者にのし上がった、つって、脂ぎったデブ女がカメラもってつきまとってきたときの」
「そうです。ちょっとムカついたんで、社会的にころころした勢いが余りまして」
電脳通信でそのご本人に訊いたアイーダへ、てへぺろ、とナビはアバターに拳を額の右横につけ、舌の先を左にチロっと出して答えた。
「なに……? ナビさん、ナイスだ……!」
「おい治安維持機関員」
一応とがめることもせずにサムズアップしたカガミに、アイーダがあきれた様子でツッコミの手刀を切った。
「どもなのです。ま、今後は手癖の偽装をしますのでご安心を」
ドヤ顔を主にカガミへ向けたナビは、そう言って右腕を顎の下辺りでガッツポーズにした。
*
さらにその後。
報道ではネオイースト競馬場が電脳テロ被害に遭った、という事と、犯人グループが過激派動物愛護団体である、という事が公表され、所属していた団体連合は逆に自分たちが世論から危険視される事となった。
必死に関係ないアピールをするが、闇の組織に仕組まれただのなんだのと、ブーメランにもなる陰謀じみた事を言い、さらにネット上での攻撃にさらされた。
それなら、とお得意の非実在型炎上を使って、競馬連盟を攻撃して目を逸らそうとしたが、逆に連盟がどれほど馬を大切に扱っているか、という事が善意で知れ渡り、余計に自分たちの心象を悪く、連盟の印象を良くする結果に終わる。
結果、売り上げがその週の開催日から跳ね上がり、その収益で引退馬の保護を積極的に行う、という施策を発表して大喝采を浴びた。
自分たちが声を上げたから、と団体連合は勝利宣言をしたが、元から共感していたごくごく一部を除き、鼻で笑われて恥の上塗りをしただけだった。
ちなみに、クラッカーの少女は悪意を持ってはいなかったため、倫理観教育を受けた後公安局のハッカーとして雇用される事となった。
それから3ヶ月後。
競馬連盟会長と馬主会頭である品が良い禿頭の老年男2人から、テロから守るだけでなく、イメージアップのきっかけになった事への感謝状を受け取ったアイーダは、
「良いことしたんですし、買ったら大当たりするのでは?」
「それで儲かりゃ苦労はねえだろ。まあ、この3連単? ってのを買ってみるか」
ついでにと厚意で特別観覧席で競馬を見させてもらい、メインレースの馬券で1~3番人気の順の物を100クレジット購入した。
「あーっと! シップオブスペースが立ち上がっているーッ!」
だが、ダントツ1番人気である葦毛馬が、スタート直後に跳ね馬と化し、それに驚いた2番3番人気の馬がペースを乱した結果、大体56・4億クレジットの馬券が電子の海へと散っていった。
「――感謝状、返した方が良いんじゃね?」
ぽかーんと口を空けて、阿鼻叫喚の観客席を見下ろしていたアイーダは、非常にいたたまれない様子で口の端を引きつらせてナビへ言う。
「ま、まあ運営サイドは儲かりましたから……」
「そうかねえ……」
冷や汗をかきつつ、すぽ、と賞状入れの筒を空けたアイーダに、相棒も気まずそうに苦笑いをするしかなかった。




