第9話
カガミが引き受ける相手は、見た目は細長い感じの女だったが、下半身を義肢に入れ替えていて、カガミの接近に気付いたところでキーを打ち込むが、拒絶されたのを確認した女は即決即断で逃げ始めた。
ちなみに、起動キーが拒絶された理由は、ナビが全員のものを無効に変えていたからだった。
カガミのパワーでぶつかると危険なため、慎重に避けつつ進むせいで、遥かに低出力の相手になかなか追いつけなかったが、
「午後2時25分。テロ未遂容疑で逮捕、だ」
「動けない人間に情けぐらいかけ――」
エレルギー切れを起こして倒れたことで、粘って逃げた割にはあっさりとした終わりだった。
口だけは元気いっぱいにテロリスト女は喚こうとしたが、急いでいたカガミは一切聞かずにそのうなじに電脳ロックをかけ、一般公安局員に引き渡して残り1人を追う。
他のテロリストたちも揃って逃げ足が速く、殺傷武器を振り回せない課員達を手こずらせていたため、最後の1人である男を誰もまだ追跡に移れていなかった。
その男はというと、競馬場の運営スタッフの1人で、薄暗い職員用の地下通路を通って1人だけ逃げおおせようとしていた。
「やっぱりここに来――ってお前誰だよ!?」
写真などでは痩せ細っていて、アイーダでもギリギリ勝てそうな様子だったが、明らかに筋肉ムキムキかつ、パワードスーツを着用していた。
足止めぐらいは出来るだろう、と確実に止めに来るナビをトイレに行くフリをして捲き、待ち構えていたアイーダだったが、
「名乗るほどのもんじゃないなっと」
「ぐえっ」
男が通過してちょっとぶつかっただけで、雑魚の極みの彼女は吹っ飛ばされて壁に背中からぶつかって崩れる様に倒れた。
「うっぐ……」
「なんなんだお前は」
「まァ……。この街の片隅で探偵やってるもんだ……」
肺の空気が全部吐き出されるほどの衝撃と痛みを受け、子鹿のように震えて四つん這いになりつつ、脂汗を流すアイーダは、あくまで余裕のあるニヒルな笑みを浮かべて言う。
「それにしては弱すぎるだろ」
「生憎、現実の探偵なんてのはそんなもんでね……。ところであんた、その太枝みたいな筋肉を育てるのに、業界最大手のパワーブレイカーのプロテインは飲んだか?」
「それがなんだ?」
「それってよ、タンパク質の一部に馬肉使ってんのは知ってっか?」
「……えっ」
「知らずに飲んでたのかよ。普段凄い剣幕で突っかかってんのに、解像度がひ――」
「うううう! うるさいーッ」
「あがッ!」
時間稼ぎのために挑発したアイーダは、男に腹を蹴り上げられて数センチ地面から浮き上がり、吐しゃ物を吐きながらベシャっと地面に突っ伏して動かなくなった。
「無駄な時間使わせやがって……! こうなったら、この女を人質にするか」
「や、め……」
「何か持ってたら面倒だからなっと」
深呼吸して冷静さを取り戻した男は、顔を白い物で汚し、小刻みに震えているアイーダを蹴ってひっくり返し、ワイシャツの襟を掴んでボタンごと引きちぎった。
上半身をはだけさせされたアイーダは、弱々しく震える手で隠そうとするが、更にベルトを外されてパンツをずり下げられてしまう。
そのぐったりとした、ほぼ下着姿の彼女を見下ろす男の顔に、ぐにゃり、と下劣なものが交じった瞬間だった、
「な、なんだっ!?」
「――」
上にあった通気用の天窓が枠ごと引きちぎられるように開き、次の瞬間、普段表情に乏しいカガミが憤怒に塗れた表情で男の後ろに降ってきた。
――このときの事について、後の取り調べではあまりの恐怖に錯乱して、男は何も語ることが出来なかった。
「ギャアアアア!」
目が据わっているカガミは男の首を右手で逆手に掴み、反対側の壁にぶん投げて激突させた。
「ああもう、フィジカルもやしなのに、なーにやってんですかアイーダさんはッ!!」
裏口から飛び出してきたナビは、ものすごい剣幕でブチ切れつつも、彼女の乱れた身なりを素早く整えてカガミと男が殴り合っている場からアイーダを少し遠ざける。
「なかなかいいパン――ぐぎゃっ」
殴り合いといっても、鬼神と化したカガミは男に反撃する隙も与えず、一発当たり損ないのパンチを小手に受けて弾いた以外は、一方的に相手をしばき回していたが。
「やりやがったなクソアマ! これ――」
「……」
「えっ……? は?」
男は必殺のくい打ち機のブレードを、パワードスーツの拳の甲に展開させて抵抗しようとしたが、カガミに小手をつけた拳で駆動部を的確にワンパンされて終わった。
パワードスーツを鉄塊に変えつつあるカガミのかなり後ろで、
「もやしは言い過ぎだろ。クソ雑魚なのは承知の上だけどよ」
「もやしでもまだ足りないのです! 出力差を考えると爪楊枝、いや、糸でもまだ的確なのです!」
「どんどん細くするんじゃねえよ」
「大体に! 私がいた方が! 相手をハッキングして! 動きを止めるぐらい簡単に出来るんですよ! ご存じのことかと思いますがッ!」
「ほぼ生身だったらどうすんだよ。アタシぁお前が壊れるとこなんか見たくねえんだよ」
「それで! 自分が! ……危うく壊されかねない事をしないでください、と言ってるんですよ……」
いつものように、ときめかせてかわそうとしたアイーダだったが、自身も震えが止まらなくなっていて、彼女を後ろから抱くナビも顔を泣きそうに歪めていて失敗した。
「私は性質上、アイーダさんが有れば、どこにでもいて、どこにもいないので、最悪乗り換えればいいですけど、アイーダさんの換えは利かないのですよ」
「悪い……」
興奮が収まってきて、ぶつけた背中や蹴られた腹が痛み始め、額に脂汗をにじませつつ、アイーダは小さく頭を縦に振ってナビへ謝った。
「たたた、頼む! 独房にぶち込まれたってかまわないから殺さないでくれッ」
沈黙したパワードスーツをエビのように剥かれ、顔以外は全身タイツのインナーな生身を引きずり出された男は、阿修羅そのものなカガミへ土下座して命乞いをする。
カガミはそれを無視して、むんず、と男の頭を掴もうとしたときだった、
「カガミ。裁く役目はお前でもアタシでも、もちろんナビでもねえだろ」
「――。……午後3時00分、テロ未遂および暴行の現行犯で逮捕だ」
冷静なアイーダのそれは、そこまで大きな声ではなかったが、カガミの耳にするりと入ってきて、代わりに腰のホルダーに入っていた電脳ロックを男のうなじに装着した。
「やれやれ、これで一件落着……じゃねえや。クラッカーは?」
女性局員からブランケットを渡され、上半身に巻いて隠したアイーダは人心地つきそうになったが、厄介なのが1人残っている事を思い出し、慌ててカガミに訊ねる。
「……先ほど、逮捕されたと連絡があった」
深呼吸の挙動をして気持ちを落ち着けていたカガミは、少しボソボソと話すように答えた。
「あっそ。そんじゃ落着でいいな」
疲れ切ったため息交じりにそう言い、もう大丈夫だから下ろせ、と、ナビへ言ったが、
「またなんか無理をするといけませんので、その指示は今日中は聞きませーん」
彼女はそのツンとした表情で顔をそらして拒否し、公安が裏の関係者ゲート内に呼んでいた救急車へとアイーダを運んでいく。
自分より小さいナビに、いわゆるお姫様抱っこされている姿はかなり目立ち、ほかの競馬場の運営スタッフや警備員、公安局員から消防職員に救急隊員まで、確認のためでしかないとはいえ視線をチラチラと注がれる。
「あのさあ……」
「いやでーす」
顔を真っ赤っかにして上目遣いでナビを見るが、知ったこっちゃない、とばかりに視線を合わせてくれなかった。
「か、カガミぃ……」
「……私も正直、今回はあなたは反省した方がいい、と思っている」
すぐ隣に並んで歩くカガミに助けを求めたが、彼女も神妙な顔で冷ややかにそう言って何もしてくれず、救急車に乗り込むまでそのまま練り歩く羽目になった。




