第8話
「では行きますよー。まずはダマされたフリをして接続しましてー。あっ、仮想空間に侵入して来ましたね。マグマが火を噴くなのですぜ! ジョインジョインナビィ……」
「なんだそれ」
「キャラクター選択音です」
「……ああそう」
「おりゃ! ナビちゃん子機をコピーして接続接続&接続! ぬぬっ、経路を塞ぎに来ましたね。更に倍プッシュ! 良いですねえ、相手の端末にモリモリ負荷が掛かってます。
そしてここで偽回線の回路は落ちましたぁ! 火を噴かせたので当分再起不能です!」
「それ喋んないとダメか?」
「ご存じの通り、私は三味線スタイルなのでー」
「まあお前の声嫌いじゃないし別に良いけどな」
「了解なのです! 必死に塞いでますねぇ。無駄無駄無駄なのです! もう内部に入って増殖してますので、モグラ叩きして行かないとですねえ!
はい、気付いたところで遅いのです! まともに据え置きの端末も機能しないはずですねぇ!
それでもって、相手の攻性防壁を突破しました。ご自慢のようでしたがやはりナビちゃんの前には藁の壁でしたね! プログラムの起動コードを書き替えたので、ひとまず安心です! ついでに、クラッカーさんの位置情報を常に表示するようにもしました」
「あとは脳を焼き切るだけだろ? その辺でやめとけ」
「了解なのでーす。あとはカガミさんお願いしまーす。ウィンナビィ……!」
「パスがダイナミックすぎる……」
ベラベラ喋りながらクラッカーに完全勝利したナビは、やりきった爽やかな表情で、丸裸にした相手の情報を圧縮ファイルに突っこみ、カガミに送信してからインターネットからの接続を切った。
「調査とかやってる場合じゃなくなっちまったな」
「ああ……」
よくやった、とナビの頭を撫でつつ、警備員とドラム缶型ロボットが観客へ呼びかけを始め、何が起きているのか分からず困惑するターゲットをアイーダは望遠鏡で眺めつつため息を吐いた。
警備員達が人波をかきわけて不正なアクセスポイントに接続した者を探している中、偶然近くにいた〝0課〟のオオグニ&アマハラが現れ、その指揮を引き継いだ。
「あっ! アイーダさん! この〝ブレイン・コントローラ〟っていうプログラム、条件が揃うと自動で発動するようになってます!」
捜査官権限でサイバー端末にアクセスし、ピンポイントで接続者を洗い出すことで、効率よく被害者をピックアップしている様子を見ていたアイーダに、プログラムを解析していたナビは口元を手で塞ぎ、危機が去っていないことを告げた。
「条件は?」
「レースが予定通り行われないか、1番人気以外が勝った場合ですね。八百長もダメです。まあ競馬連盟的には選択肢にないでしょうけど」
「見せなきゃ良いって訳でもねえんだろ?」
「ですねえ。条件その1が達成されちゃいますし」
「隔離するだけでは対処にしかならない、か」
「端末を回収するには令状がいるんですよね。まったくお役所は手間が多くていけません」
「間違いが起きない為には仕方ねえからな」
「ともかく課長に訊いてみよう。最悪泣いてでも通す」
「涙の扱いも軽くなったもんだな……」
20年以上ろくに流れ無かった涙を平然とよしなに使おうとするカガミへ、アイーダはちょっと呆れた様で授業参観に来た父兄の様に目を細めた。
「――というわけだ。なんとかして貰わないと、私が恥も外見もなく泣く事になる」
「どこで覚えたんだ? その手管を……」
「アイーダさんがよく使う手口ですね」
「人聞きの悪い事を言うな。使えるもんはなんでも使うだけだ」
「だから秘匿回線に……」
あまりにも堂々と自身の養父としての面に良く効く脅しをかけ、しれっとセキュリティを潜って割り込んでくる探偵と助手に、課長は胃液の上がりを感じる苦い顔をした。
「ひとまず最速で通させる。が、早くて3時間は掛かるだろう。それまで場内の1カ所になるべく人を集めておいてくれ」
憂鬱なため息を吐きながら課長はそう言い、すぐに局長室へと足早に向かって行った。
なお、通信障害というカバーストーリーで、公安局員権限がある者以外は、場内の公衆電波と通信会社のそれに接続出来なくなる措置がとられた。
そうこうしている内に第5レースが始まり、数分後に人気通りに1・2・3着が決まった。
中年コンビとカガミでは警備員を指揮するとはいえ、推定感染者約600人に対応するのはどう考えても人数が足りないので、他課の公安局捜査員も動員がかかった。
カガミは自身の周りから離れられないため、アイーダは調査を延期して、彼女について回る事で感染者の誘導を行える様に協力していた。
「テロリストと相対する度思うんだが」
「おう」
「ただの破壊行為でしかないそれで、いったい何を成せるというのだろうか、と……」
「大体、本人の中では矛盾無く繋がってんだよ。多分元から競馬が嫌いで動物愛護とかにかこつけて潰してえからってな。それで要らなくなった馬の事は知らんぷりだ」
要するに言ってる事のデカさの割に、自分の気持ちの事しか見てねえんだよな、と、ため息交じりにアイーダはかぶりを振る。
「持ってる看板は一緒なのに、それで殴りかかるから話を聞いて貰えねえのにな」
「でもカガミさんはその〝暴〟で成そうとしてたので、人のこと言えませんけどねー」
「……ッ。……返す言葉も無い」
困ったものだ、といった顔をしていたカガミは、ナビから手厳しいことを言われ、ギクリと首をすくめてそう言ってうなだれた。
「それはちゃんと反省したんだから良いだろ。突っついてやるな」
「はーい。すいませんなのです」
わざわざ言わなくても良いことを言ったナビは、アイーダから額に軽くチョップを食らって、ペロッと舌を出してカガミへ謝った。
「……?」
次のレースが始まる前に1人でも多く誘導するため、カガミと共に駆けずり回っている最中、アイーダは人混みの中にいる、やけに老けて刺々しい顔をした中年男が目に留まった。
「また見覚えのある方を?」
「おう……」
何だったけか、と少し早足に速度を落としつつ、僅かに首を捻っていたアイーダは、
「あっ、思い出した。エセ動物愛護団体の共同会見にいたやつだ」
ちょっと競馬について調べていた際に見かけた、感情論で構成されたネオイースト競馬に対する非難記事で見た顔であると気が付いた。
「あと、さっき見かけたヤツも出入口で暴れてたヤツもだな」
「この記事ですね」
「おう」
芋づる式に記憶が呼び起こされたアイーダに、ナビはカガミを含めてすかさず記事を共有した。
「何らかの関係がありそうか……?」
「その場合全員がいる可能性はありますね。位置情報とかを調べてみますのでー?」
「――ああ。まあ捜査の範疇、か……」
一応許可を仰いでみると、緊急の案件、ということであっさり通った。――課長が丸め込みに奔走する事を前提として。
「結果はご覧の通りなのです」
その会見に参加していた団体の構成員は、結局、総勢6人が競馬場内にいる事が分かった。
さらに端末へ潜り込んでみると、〝ブレイン・コントローラ〟の起動キーを全員が所持していた。
「というわけで、ほぼクロだと思いますねえ」
「やっぱりか」
「はいー」
「ならば話は簡単だ。未遂の現行犯なら礼状は要らない」
カガミはその情報をすでに現着したクサナギ以外の課員全員と共有し、課長はその団体構成員を速やかに確保する様に指示を出した。
「……1人、足りない……」
「まあ、そこは確保して手が空いた人員がやるってことで。出入口を塞ぐぐらいなら、金を掴ませておけば警察でもできるでしょ」
「それしかないねぇ」
「おっちゃんに無理させるなあ」
「了解した」
クサナギが謹慎のせいで、6人いる構成員を確保するには1人人数が足りなかったが、力業でなんとかすることで解決を図る事になった。
「――あれ、アイーダさんは?」
「お花摘みだそうです」
アイーダを安全なところに、と辺りを見回したカガミだが、その姿を捉える事が出来ずナビに訊ねると、私が避難させておきますから、と言って、彼女は公園エリアにあるトイレの方へと向かった。
「……」
いや、アイーダさんは子どもではないからな……。
なんだか嫌な予感がして、ナビに続こうとしかけたカガミだが、首を横に振って思い直し、その反対方向にいるテロリストへと歩みを進める。




