第6話
「そんじゃまず、その彼氏とやらがよく行く所とか分かるか?」
「競馬場ね」
「ほう」
「何回か連れて行ってもらったことあるけど、いろんな方向の欲望が渦巻いてて最高ね!」
「そんな感想いうやつ初めて見たぞ」
「競馬場……」
サムズアップして変な方向から大絶賛する女に、アイーダが少し苦笑気味にツッコミを入れる横で、カガミは別の方向からの地雷臭に口の端を引きつらせていた。
「偏見ですよ。ナビチャン・サーチによると、ほとんどの人は収支トントンぐらいで楽しんでる様ですし」
「問題はそのほとんどに入っているかどうかだと思うが……」
「まーその、観測するまでは分かりませんのでー」
すかさず電脳通信でナビが補足を入れるが、彼女自身もだんだん自信が無くなって、困り眉になりながらそう言った。
アイーダは自分でもターゲットの情報を記憶しつつ、ナビにもデータをインプットさせて、ちょうど翌日の金曜日に開催されるイーストシティ競馬で調査をする事にした。
じゃあ任せたわね、と顔の横で小さく手を振りながら言った女は、アイーダとカガミが注文したコーヒー代を払って出勤していった。
「なんだか知らんがとても嫌な予感がするわい、なのですが」
「結果は出るまで分かんねえよ」
そういうアイーダ自身も、女の地獄の様な男運の悪さは知っているので、何かしら問題のある人物ではないかと半ば疑っていた。
「これも名探偵の宿命、か……」
「カガミ。探偵ってそういうのじゃねえから。――ついでに〝名〟もやめろ」
コーヒーを啜りながら、なんか深みのある微笑みを見せていうカガミへ、気恥ずかしそうに口を曲げつつアイーダはかぶりを振った。
*
「……なんか地味じゃありません?」
翌朝の早朝。ドローンによる即時発送で調査先に着ていく服が届き、ナビがワクワクしながら開封すると、灰色や黒系に近いような衣服しか入っておらず、彼女は不満そうに言う。
「これで良いんだよ。いつもの格好だと目立つだろ」
「でもこれ……。ほら、見てください! 可愛くないのですーッ!」
Sサイズと書かれた袋の中身は、ねずみ色のパーカーとくすんだ色のジーンズという組み合わせで、ナビが着てみると完全に少年が身につけているそれだった。
「お前全身まっ白けだから浮くだろ。我慢しろ」
「ぬうーっ」
ムスッとした顔でブー垂れるナビに、アイーダはパーカーの帽子を被せ頭をポンポンと叩いてなだめる。
「私の物がないようだが……」
「お前はいつもので十分だろ」
「元から地味ですもんね。デッカい事以外は」
「それもそうか……」
「つってもそれじゃ味気ねえからな。ほい」
疎外感を覚え、あからさまにシュンとしているカガミに、アイーダは自分の物が入っている袋から、口の端に笑みを浮かべつつ紺色のビーニーを渡した。
「……」
「どうした?」
それを凝視して受け取らなかったカガミに、気に入らなかったか? とアイーダが訊ねると、
「いや。私の要素が乗らない様に、手袋で持って真空保存した方がいいかと……」
「……」
それが嬉しすぎて被るどころか、受け取る事すら躊躇していただけだった。
「あぁー……」
なんかキモい事を言い出したのについては、ちょっとだけ顔を引きつらせつつ聞かなかった事にし、アイーダは背伸びしてカガミに深々とビーニーを被らせた。
「ったく……」
ムスッとしているナビと少し悲しそうな顔のカガミに、ぶつくさ言いつつワイシャツにパンツまではいつも通りのアイーダは、ジャケットにキャスケットを着用した。
前者はネイビーの飾り気がないもの、後者もベージュのそれであったが、元が極めて良いためかなり様になっていた。
「はうわわ……。ギガトン格好いいのです……!」
「逆にいつもより目立っているような……!」
彼女に恋する1体と1人は、2人くっ付く様に並んで、目にハートマークが浮かんでいるかのように、恍惚とした表情をしてキャーキャー言っていた。
「そんなご大層なもんじゃねえだろ」
アタシはいつアイドルになったんだ、と少し迷惑そうな表情でアイーダは帽子のつばを触った。
「一挙手一投足に脳を焼かれてしまいます……! まあ私の場合は仮想上ですけども」
「スカウトが放っておかないかもしれない……」
「お前ら出発前の手間が多いんだよ!」
「ああっ、待ってくださーい」
「置いて行かないで欲しい……」
グダグダと出発時間が延び、いい加減しびれを切らしたアイーダは、1人と1体に背を向けて速やかに事務所から出て行き、慌てて彼女らは追いかけていった。
ややあって。
「初めて来たが……。かなり大きな施設だ、な……」
アイーダ達は地下鉄で移動し、上から見ると巨大な楕円形になっている、ネオイースト競馬場へと到着した。
駅からは直通で入ることができ、強化ガラスの屋根は透過率を自由自在に操れ、室温も馬にとっても適度に維持し、この街特有の雑巾臭い雨から人間も馬も守れるようになっている。
「朝なのに結構な人だかりだな……」
6メートル幅の直通路の階段には、朝8時にも関わらずその幅いっぱいに人が歩いていて、アイーダの隣を歩くカガミは、感心した様子とほんのり警戒の眼差しで、群衆を見回しつつ独りごちる。
「博徒なのにっていう意味で、です?」
「ぬ……。そうは思っていないが、断じて違う、と言えるほどの偏見がない、という自信は……」
それを聞き取ったアイーダの後ろを歩くナビは、電脳通信内のアバターを意地の悪そうな笑顔にして邪推し、カガミの眉を思い切り困ったそれにさせる。
「なんだか知らねえけどよ、意地悪は止めてやれナビ」
「すいません」
現実の顔にも出ていたので、何となく察したアイーダに窘められてナビは素直に謝った。
「お。おいでなすったな」
そうしていると、後ろから急ぎ足で階段を昇ってくる、バチッと灰色のスーツを着たターゲットの男性がアイーダ達の脇を通り抜けていった。
「スーツ? もしかして出資者とか、か?」
「いや。ありゃ一般人だ」
「プロファイルとかを見る限り、バカが付くほど真面目な人柄ですし、馬も人も命がけなのでそれなりの礼儀、という事なのかもしれません」
「なら浮気などしないのでは……?」
「それはそれ、これはこれ。という可能性もありますからねぇ。まだ」
先入観はいけませんよ、とナビはアバターに人差し指を立てた右手を左右に振らせ、非常に偉そうな調子でカガミへ言う。
「確かに……」
「……もう少し張り合ってもらっていいです?」
「勝手に煽っといてなんだその言い草は」
ムッとするでもなく淡々と受け入れたカガミに、ナビが口を尖らせてご無体な事を言い、呆れ顔のアイーダにため息を吐かれた。
「なんだ?」
階段を上がりきったところで、通路の右端の方に警備員が集まっている様子がアイーダ達の目に入った。
「離せぇええええ! お馬さんたちの嘆きが聞こえないのかぁああああッ」
わめき散らして暴れる1人の肥満中年男性が、ドラム缶に手と無限軌道が生えたような、警備ロボットに手足を持ち上げられて連行されているところだった。
「あのコンビニにいたみたいなの、こういうとこにもいるんだな……」
「むしろ、彼らが主に攻撃性を発揮するのはこういう所の場合が多い」
「へー」
延々無理やり聴かされた怪音波を思い出し、電脳通信で会話したアイーダは頭が痛そうな顔をして、そそくさとその大騒ぎの脇を通過しようとしたが、
……。なんかあのオッサン、どっかで見たな……?
横目に映ったその男の油顔に、アイーダの記憶が引っかかった。
「ぐえ」
「おっと」
「あ、すいません」
それを探っているために、アイーダは歩みが遅くなってナビにふんわり追突され、ちょっと前によろめいたが、カガミが手の平をアイーダに向け、腕を伸ばして受け止め事なきを得た。
「どうされたのです?」
「いんや。多分そんな重要な話じゃねぇ」
「なるほど。ま、このパターンだと28%ぐらい重要なお話に絡んできますし、顔のデータは照合しときますね」
「へいへい」
「照合……?」
「巨大企業のデータを使いますのでご心配なくー」
本当にいちいち細かいですねぇ、と、鋭い目つきで指摘してくるカガミに、ナビは鬱陶しそうに顔をしかめて言った。




