第4話
「さてと」
それと時を同じくして、用をすませたアイーダが出入口のドアを開けようとしたが、
「……ん?」
鍵を開けるのと同時に、サギの鳴き声に近い女の声がして、ゴン、とその直後に外から何がが押しつけられた音がした。
「……あれ? 開かねえ……」
ドアノブを捻るが、そのバーが何かに引っかかって動かなかった。
「うっそだ――」
「ここを退いてほしいならばーッ! 今すぐ動物由来の商品を回収しろーッ!」
「うるさっ」
ドアの故障か、と冷や汗が滲んだアイーダの耳に、拡声器によって大きくされた声が突き刺さった。
その声色のまま、やれ肉食は人間のすることではないだの、動物は地球の友達だから食べるな、だのと叫び散らし始めた。
「何の拷問だよこれ……」
終いには、〝アニマルはフレンド ~親友の友達~〟なる、全てが不協和音かつ、歌詞がローティーン程度の語彙で構成された謎音楽を大音量で聞かされ、
「ナビ! カガミ! 外の頭がおかしいヤツなんとかしてくれ!」
アイーダはちょっと泣きそうになって、辛抱溜まらんと、外の2人へ電脳通信で助けを求めた。
「って言われてもどうしましょう」
「うーん、店長への暴行罪の現行犯、で行くか……」
「記録は抑えたので行けますよ」
よしきた、とカガミはケージと捕獲器をナビに預け、大荷物になった彼女を連れて入店しようとしたところ、
「カガミ。非番で済まないが、君の現在地の周辺でテロに準ずる行為が発生している。直ちに対処へと移ってくれ」
公安局の回線から、課長がカガミへと地図付きの文書データで指示を飛ばしてきた。
「なんです?」
「だから回線に割り込むのは……」
「あ、ちょうどあの人みたいですね。なるほど、この音楽が長時間効かせる事により、脳に致命的なダメージを与える目的で制作されたと」
「……まあいい、さっさと対処してこよう」
ナビが電脳空間に穴を開けて顔だけ出し、そのデータを勝手に覗き見て読み上げると、割と洒落にならない内容であったので、カガミはアイーダの無事を優先した。
今度こそ入店したカガミは、レジの内側に身を隠す店員とやっと起き上がった店長に公安局の身分証を見せ、ナビを出入口近くに残し、背中のホルスターから拳銃を抜いた。
怪音波を発している拡声器に狙いを付け、寸分違うこと無くスピーカーを撃ち抜いて破壊した。
「! 何あんたッ!」
「この通り公安の者だ。あなたを情報テロの容疑で逮捕する」
「ま、丸腰の市民に拳銃を向けるのか!」
「いや」
ショートして煙を燻らせた拡声器を床に捨て、テロリスト指定された女は急に怯えた様子でカガミを指さすが、
「政治的な主張は結構だが――」
「これは政治じゃない! 狂った倫理観を私はァ――」
「――他人を害してまでするべきではないな」
カガミは拳銃を普通にしまうと、話に割り込んでくる女へ半眼で凄み、バリケードを片手で簡単に引っこ抜くと、中央下にある収納ボタンを押して箱に戻した。
「だ、誰が害したって……? 食肉にして動物さん達を傷付ける人間の方が……っ」
その民生向けではあり得ない全身義肢のパワーに恐れ戦いて腰を抜かしつつも、動物愛護の精神を盾にカガミへ言い返す。
「大丈夫だろう、か?」
「に、見えるか……?」
「分かった。すぐ病院に運ぶ」
カガミはそれを無視してドアを開け、倒れ込む様にして出てきた、青白い顔で気分が悪そうなしかめ面のアイーダを抱きとめた。
ひとまず、上着を床に敷いてアイーダを寝かせたカガミは、女のうなじにあるインプラントに電子ロックを装着してからナビへ手招きする。
「アタシのことより、猫をちゃんと……」
「依頼主の方に事情をご説明しておきました。先方から受け取りにくるそうです」
半身を起こすのも辛そうなアイーダへ、心配そうに彼女の傍らにしゃがんだナビが、先回りして依頼主へ連絡を入れていて、心配は要らない事を伝えた。
「おう、そうか……」
サンキュー、と弱々しい声で言ったアイーダは、安堵のため息と共にぐったりと脱力した。
「ご覧の通りだ」
いわゆるお姫様抱っこで上着ごと彼女を抱え上げたカガミは、表情が固まっている女にそういうと外に出て、ちょうど迎えに来たいつもの闇医者・アマミヤの車に乗せた。
「バイタルは正常ですんで、気分が悪くなってるだけだと思います」
「了解」
一応アイーダをストレッチャーに乗せたアマミヤは、カガミとナビにも乗るように言うが、カガミはオオグニたちに引き継ぐ為に居残りになった。
「あとはお任せあれなのです」
「ああ」
ナビはいつもの様にドヤったりせず、軽く手を挙げて言い、カガミは真っ直ぐナビの目を見て返事をしつつ頷いた。
ややあって。
カガミが諸々済ませて病院に到着すると、処置室の寝台でアイーダはナビに膝枕されて横になっていて、お疲れさん、と言いつつそのまま手をサッと挙げた。
「やれやれエラい目にあったぜ……」
「ご愁傷様なのです」
「後遺症がないのは不幸中の幸いだ」
「だな」
医院で詳しい検査をした結果、脳波も含めて特に異常は無く、迷い猫も無事に依頼主の元へと戻り、アイーダも少し横になっている間にほぼ快復した。
「猫は飼ったことがないが、たった数日行方不明の後に帰ってくると、泣くほど愛おしいものなんだ、な」
「そりゃな。人によっちゃ、猫でも人間と同じぐらい大事にされるもんだ」
「カガミさんのお義父様は、まず間違いなくその口でしょうね」
「……だいたい分かった」
質問したときまでは実感が無かったカガミだったが、自身が一時的に音信不通になった際の養父の行動を思い出し、目を丸くした後うっすらと笑みが漏れた。
「――うわあ」
「なーにやってんだ……」
一息ついて、付添人用の回転丸イスにカガミが腰掛けると、重量オーバーで破損して彼女は引っくり返ってしまった。
「あなたのボディ結構重いんですからそりゃそうなりますよ」
「重いって言わないでほしい……」
膝を抱えて丸くなりつつ、ナビのチクチク言葉にへなちょこな抗議をする。
音に驚いて覗きに来て、その状況を見て苦笑いするアマミヤに平謝りして、カガミは弁償として同じイスを注文した。
「でなカガミ。午前中の件についてだけ――」
「まとまったのか……!」
ションボリとデカイタッパを丸めて佇むカガミに、もう忘れている事を期待して訊ねたアイーダだったが、そんな訳は無く食い気味に顔を上げた彼女は爛々とした目をしていた。
「あーうん。まとまったというか……。ほら、こういうのは自分でなんか見付けてからの方が、より理解が深まるんじゃねえかと思ってさ」
カガミが来るまでにナビと相談して、自分が思いつくか、あるいはカガミが見いだすか、の両にらみにする事にしたアイーダは目を泳がせつつ、先延ばし案の内容を口にした。
「それもそうだ、な……。分かった、きっとアイーダさんから太鼓判を貰えるような、1つの答えを見付けてみせる……!」
それを全く疑う事もなく、カガミは鼻息荒くそう言って腕を組み、眉間に深くしわを刻んで考え始めた。
「これで知恵熱出してうやむやになりませんかね」
「カガミはそんなにバカじゃねえからな」
「それはそうですねぇ。今からどう返すか考えておきますか」
「下手にパターン化すっと、特殊な方向で来たらどうにもなんねえからなあ……。アドリブでなんとかする……」
「まあ、それで今まで上手いこと乗り切ってきましたもんね」
無駄にキリリとした表情をしているアイーダだが、もちろん、ナビとの電脳通信内では罪悪感に頭を抱える事になっていた。
「さーてと、流石に猫探し1件じゃなんだし、仕事探しに行きますかねっと」
それをやせ我慢で振り払ったアイーダは、おもむろに立ち上がって背筋をストレッチする。
「はい」
「どうも」
寝台の後ろの壁際にハンガーで引っかけていた、いつものコートをナビから受け取って羽織り、ついてこい、とカガミに背中を向けつつ手を振って促す。
「流石に白々しいのでは?」
「バレてねえからセーフだセーフ」
容赦なく電脳通信でナビから指摘されたが、アイーダは勢いで乗り切ってしまう事でごまかした。
「勝算の無い勝負は止めましょうよ」
「なに、お前が勝算だ」
「はわ……! ――いや、トゥクンしてる場合じゃないのです私ぃ! それは人任せというのです! ナビちゃん人じゃないですけど!」
電脳空間内で矢を受けた様に胸を押え、ニヤケ顔でときめいていたナビだったが、顔をブンブンと横に振ってから、アイーダのアバターを指さしながら言う。
「ダメか……」
「2割ぐらい本気だったですねその感じ……」
格好付けた顔から、どんよりとしたそれに戻ったアイーダは、ナビとどうにかこうにか答えを見付けようと自身の一挙手一投足をガン見しているカガミを連れて病院を出た。




