第2話
「あー、そのー……。まず身内から訊いてみたらどうだ? 例えば人生経験が長い課長さんとかさ」
「その……。義父は、深刻に考えすぎてしまうだろうから……」
「ですねぇ」
「まあ……、だな……」
カガミに関して、公と私を平気で反復横跳びする程度には、課長が心配性な様子を見ている1人と1体は、頭を抱える姿が容易に想像出来て深く頷いた。
「義兄ちゃんは?」
「どうせ当てにならない。必要が無い」
「もっと兄貴を信用してやれよ……」
ギボシについては、心苦しそうにしかめもしない真顔で、カガミは思い切り毒を吐いた。
「ウダウダと考えた結果、力になれず……、申し訳ない……! って言いそうですね。むさ苦しい顔文字付き――いてえのですっ」
モノマネするナビの後頭部を軽くしばきながら、アイーダはそこにいない彼を眉間にシワを寄せた半笑いで憐れむ。
ちなみにちょうどそのタイミングで、ギボシは鼻に当たる検知部品内に虫が入り、それをたたき出すためのエアーが噴射――つまりくしゃみをしていた。
「じゃあツルギさんとかはどうです?」
「? ああ、コイツの上司か」
「ですです」
顔の高さに手を挙げるナビのあげた名前に、アイーダは数秒首を小さく傾げた後、顔と名前が一致して音を立てない様に手を打ち合わせた。
「主任には訊いたんだが……」
「だが?」
「……実際の録音を聴いてもらった方が早い」
急にいたたまれない様子であちこちに視線を飛ばしたカガミは、1人と1体のサイバー端末に、1度再生したら消えるデータを送った。
「……。うーんこれは……」
「ぴゅあぴゅあカガミンには早いですね」
「カガミンというのはやめてほしい……」
それは電脳直結だのアタッチメントだの、性欲全開の下ネタを駆使し、大真面目な口調で人間の本能を語るツルギの声が入っていた。
「あんなクールな顔してこんななのか……」
イメージと違うその様子に、アイーダは口の端を引きつらせて、やや引いた渋い顔をした。
「ほほう。豊富な知識をお持ちなようです。今度じっくりお話をせねば!」
「せんでいい」
「えー、アイーダさんの性欲処理の参考になるじゃないですか」
「頼んだこともねえから」
「なにっ、処理なら私もできるぞ……っ」
「ほう? アイーダさんはこんなんでもガチネコなんですが?」
「ネコ?」
「行為のときに下になる方です。ちなみに逆がタチです」
「なに? できれば好きにされたいんだが……」
「残念でしたねぇ。ナビちゃんはバリタチなので」
「曲がりなりにも往来で何言ってんだお前ら」
余裕はあるが目が輝いているナビと、大きな肩を丸めて前に乗り出す様な格好のカガミは、アイーダに両手でそれぞれ頭を軽く叩かれて、下ネタトークは強制終了となった。
「じゃ、この前お前の代理で来てた兄ちゃん――は謹慎中だな?」
「ああ」
「それだと訊けないですねぇ」
「アマハラとオオグニには訊いたが、セクハラになるのは勘弁だから、と答えて貰えなかった……」
「世知辛えなぁ」
「主任さんはバシバシ下ネタ言ってましたのに」
「その辺は公平じゃねえんだよ。世の中はな」
〝オッサンってだけでほんのり嫌われる〟んだと、と自身の態度の悪さを指摘され腹を立てた女社員に、自警団に嘘を吐かれて職を失った、酔客の中年男の言葉をアイーダはかぶりを振りつつ引用した。
「ま、その嘘吐いたヤツは横領で捕まったけどな」
「い、因果応報……」
「ち、な、み、に! アイーダさんがその会社さんに頼まれて探した、行方不明のマネーカードが横領の証拠だったのです!」
「おお」
ナビがひょこっと背伸びして、ギリギリ頭部をカガミの視界に入れつつ、人差し指を立てて自分の事の様に誇り、カガミは捕獲器を見つめているアイーダへ尊敬の眼差しを送る。
その視線の先では、件の猫が中に入っているエサを食べに、ジリジリと中へと入っていくところだった。
「そうだっけか?」
「はい。アクセスし――」
「……」
「市警のサーバーに、なのですっ」
詳細はニュースになっていないので、知らなかったアイーダに訊かれ口を滑らせたナビは、聞き捨てならぬ、とカガミに半眼で見られてわたわたと釈明した。
「これがそのときのログです」
「……。司法局じゃないならいい、か……」
「おめーも大分染まってきたな……」
ナビから送られて来たファイルを見て数秒間考えた後、カガミは見聞きしなかった事にし、アイーダにやや呆れた苦笑いをされた。
「あっ。入りました」
「よっしゃ」
直後、毛色が紫がかったバイオ猫が無事捕獲され、
「ビビらせて悪いな。でもお前だって帰りてえだろ? 我慢してくれ」
アイーダは中で暴れる猫をこれ以上脅かさない様に、優しく話し掛けながらゆっくりと近づいて回収した。
「んー? なーんでこんなとこに来ちまったんだアジサイちゃん?」
「ウアーオッ!」
「だよな、雷怖かったもんな?」
「アウオウ……」
「お前のウチの人間も帰り待ってるからな」
「ニャウ……」
「よしよし。なんだかんだお前も寂しかったな」
捕獲器の脇にしゃがみ込み、かなり騒ぐバイオ猫・アジサイの鳴き声に、アイーダが返事するように答えると、太くなっていた尻尾が萎み、どんどん音程が高くなっていった。
バイオ猫が落ち着いたところで、捕獲器からケージに移す際、アイーダが頭頂部を撫でるとゴロゴロと喉を鳴らして、その手に頭をこすりつけた。
「猫に好かれる才能がありすぎる……っ」
「この犬とか猫たらしっぷりで、アイーダさんは成功率100%なのです」
「なるほど、だからなんだか落ち着くのか」
「カガミさんも大型犬みたいなものですもんね」
「君はさしずめチャウチャウだな」
「なんでどんくさ犬なんですかーっ! いやとても可愛いですけども!」
「小型犬じゃないのか?」
「多分中型ですし、チョイスに文句言ってるのです!」
「それしか知らないが……」
「いや、知識の偏りが過ぎません?」
「そういうなら君からすれば何のイメージなんだ?」
「あなたはハスキーです!」
「タヌキ呼ばわりよりは格好いいじゃないか。それでも構わないが……」
「引っかかりましたね! ハスキーってどんくさいんですよ!」
「なにっ。やはり罠か……」
「なんつう虚無の会話してんだお前らは」
細長いパウチに入ったおやつをあげ終わり、上のフタを閉めたアイーダが、別に拘る事でも無い内容の話にツッコミを入れ、おら行くぞ、と歩き出した。
「じゃあ私たちをわんこに例えるとどうなるか教えてください!」
「いらねえだろ」
「教えていただけないと動きません!」
「うむ!」
「なんでこういうときだけお前ら息ピッタリなんだよ……」
だが1人と1体はその場から動かず、腕を組んで顔も含めて仁王立ちしてアイーダに答えを要求する。
「じゃあナビがシバでカガミがアキタでいいか?」
「ナビちゃんは一向に構わないのです!」
「アキタ……。なるほどこういう風に思われているのか……!」
面倒くさそうに2秒位で考えて答えたアイーダだったが、バッチリ双方が納得して拒否犬状態が解除され、酩酊通りへと坂を上って向かう。
「と、いうわけで、アイーダさんにアドバイスを貰いたい……っ」
大分間に無駄が挟まったが、人間らしさとは何か、という問いをカガミは前を歩くアイーダへぶつける。
「ちょっと時間貰えるか? ほら、中途半端な事言いたくねえからさ」
「ああ。あなたのタイミングで構わない」
アイーダが振り返えると、串刺しになりそうな程の視線が刺さり、少し身体をのけぞらせてそう行ってその場では保留した。
思わせぶりにクールな表情でアイーダは言ったものの、
「どう答えりゃ良いと思う? そんなもん持ち合せてねえんだけど……」
「アイーダさんそういうの気にされないですもんね……」
ナビへの電脳通信では、心底困ったヘナヘナな物言いで彼女に相談していた。




