第9話
クサナギに差し入れの缶コーヒーを渡して交代したカガミは、アイーダの部屋を寝ている彼女へ何も言わずに覗いて確認した後、事務所で書類仕事を始めようとしたが、
「おや、お電話ですね」
「勝手に覗くのはやめて貰えるだろうか……」
1人用のソファーに座るカガミへ、本部から〝0課〟全員への通達の電脳通信がかかってきた。
「結論からいうと、この一連の裏社会における騒動は、軍の関与によるものという裏がとれた」
バーチャルの円卓の上座に現われた課長は、開口一番、先程確保した非正規軍人とネオイーストシティ陸軍幹部への尋問から得られた情報を出しつつそう言った。
「根源は絶ったが、恐らく騒動の鎮静化までには当分かかると思われ、我々どころか局全体が忙しくなるだろうが、これまで通りよろしく頼む。以上だ」
最後に激励した課長の表情には、言葉にはしなかったが非常に険しいものがあった。
「……あれは、相当腹に据えかねているな……」
養父の浮かない表情に、カガミは通信が切れてからそう言い、口を真一文字に結ぶ。
「やっぱりそういったのは分かるもの――」
「――うわっ、なんだ?」
爆発音が遠くから響いてきて、窓がビシビシと小さな音を立てて揺れる。
「〝クカラーチェ・ファミリー〟の〝アニキ〟が、〝トウトキワミ組〟の組事務所にロケットランチャーをぶっ放して、その建物を木っ端みじんにしてしもうたんじゃ。です」
「?」
「……つまり小競り合いですね。原因は多分、このカチコミをかけそうっていうデマだと思います」
ポップアップしてきたナビの分身は、ネタが滑った事に不満げになりつつ、カガミへ電脳掲示板に投稿された文章を見せた。
「行かなくて良いんです?」
「非常時対応で他の課が行く地域だから、な。まあ、状況次第では出張ることになるが……」
「そーですか」
チッ、と舌打ちをするナビに対して、自分がいない方が君にも不利益だろう、とカガミが言い返したときだった、
「なにッ!? さっきのが呼び水になったのかッ!?」
公安の緊急回線から、反社会的勢力抗争を確認したという通知が数十件一気に届いた。
「なんか大変な事になってますよこれ……」
監視カメラ網に侵入して、反社会勢力の根城周辺を確認すると、銃撃戦を各所で確認し、ナビが口を手で押えてホログラム画面内を数歩後ろに下がった。
「これではあの大将の思うつぼじゃないか……ッ」
「どうやらデマに各勢力の上層部が引っかかったみたいですね。見抜いた方もいるようですが、どうも頭に血が上ってるみたいで相手にされてません」
ナビは各勢力の通信端末などに片っ端から侵入し、抗争に至るまでの過程を記録したデータを入手し、カガミに一部を抜粋して表示した。
「止めなくては……」
「どうやってですか? 公安だって無尽蔵に人員なんかいませんし、大体フル稼働体制になる前に取り返しがつかなくなりますよ?」
「かといってどうするんだっ。どうせ警察は当てにならないじゃないかっ」
「1個1個処理する以外はどうにもならないですよ。もう火が着いた以上は手遅れです」
「私が直接介入を……」
「いくらなんでも死にますよ。殺さないのも無理です」
「……。そうだっ、君が全員をハッキングしてしまえば……」
「そうですね。約1割の戦闘員は止められますが、電脳化すらされていない9割には無力です」
「そうか、情報漏洩を嫌って電脳化率が極めて低いんだった……」
焦ってすっくと立ち上がり、銃撃で穴の空いた上着を羽織ったカガミだったが、ナビから淡々と突き返されてへたり込む様にソファーへ戻った。
「それより、アイーダさんを安全な所まで逃がす算段をしましょう。下手すればというか確実にこの通りも火の海ですし」
「そう、か……」
私だってアイーダさんの大切な場所が灰になるのは嫌なんですからね、と珍しく純度100%の怒りを込めてナビは顔をしかめる。
「――寝ててくださいって!」
「――うっせえ……、熱がどうこうとか、言ってる場合じゃねえだろ……」
悔しさに震える1人と1体の重苦しい空間に、がらっぱちの少年の様な声が扉の向こうから近づいてきて、
「全く……、下手に寝込んでもいられねえのか。この街は……」
押しとどめようと腰に手を回してしがみつくナビ本体を支えに、汗だくで苦しそうに息をするアイーダが登場した。
「アイーダさん! その――ッ」
「大体どうなってんのかは把握してっから、説明はいらねえ……」
少し熱は下がっていたが赤ら顔になっているアイーダは、何を言ったものか、と言葉が詰まっているカガミを制しつつ、ナビに自身を長ソファーに深々と座らせた。
ちなみに入室と同時に、カガミの腕時計端末に表示されていたナビが消え、本体へバトンタッチしていた。
「えっ、私一切なにも説明してませんが……」
「アタシのためなのはわかっけど……、余計な気を回すんじゃねえの……」
ストレスにならないように、一連の騒動について全て黙っていたナビをアイーダは窘めた後、少し手間取りつつも現状を全て正確に言い当てた。
「ど、どうやってそこまで……?」
「金貸しのバーちゃんは、アマミヤの先生が帰り際に口に出してたのを聞いた。そんでカガミはお使いなのに延々帰ってこねえし、ナビには何を訊いても当たり障りのないのしか返ってこねえ」
一大事なのにな、と言って一旦言葉が切れたアイーダは、スポーツドリンクをナビに飲ませて貰ってから続ける。
「そんで、ナビが追い返したけど、知り合いのヤクザの鉄砲玉要員が挨拶に来たのを聞いてな、こりゃあ、どこぞかとドンパチだなってのは分かったって訳よ」
「なるほど……」
「そんでよ、今どことどこがやりあってんだ?」
「それがですね……」
ナビから大体全体の8割ぐらいの勢力が交戦中、と聞かされ、
「アタシゃ、悪夢でも見てんのか……?」
パタッと横向きに寝転がって顔を手で覆って嘆く。
「まあいい。ナビ、ハッキングして上役ども全員を仮想会議室に突っこめ」
「えっ」
「本人かその側近なら全員電脳化してんだろ?」
「ちょっと待ってください。……はい、してます」
「そんで、アタシが一旦止めろって言えば良いんだよ。連中、アタシに借りがあっから、お上が言うよかよほど効果あると思うぜ?」
アクセス出来るかチェックしたナビは、アイーダが言った様に反社会的勢力の上役が全員電脳化している事を確認した。
「じゃあ行きますよー」
唐突にすり鉢状の会議室に放り込まれた上役たち十数名は、当然困惑して罵り合いを始めたりしたが、
「あー、アイーダだ。あったま痛えからよ、茶々入れずに聞いてくれよー」
その真ん中に、現実よりも多少は格好がつくように、カウチに寝そべった状態のアイーダが現われると、その明らかに具合が悪そうな様子に静まりかえった。
情報源は伏せて、この一連の騒動はネオイーストシティ裏社会の秩序を崩壊させるために、どこぞかのテロ組織によって仕組まれた事である、と半分ぐらい嘘の説明をアイーダはした。
「ひとまずどうすっかは、〝金貸し〟から話を聞くまで待ってくれよ。あんたらだってこんなスジもクソも無え話で、組員死なせたくはねえだろ?」
アタシからは以上だ、と言ってアイーダは仮想空間から退出した。
「ふう……。ナビ」
「はいっ」
「アマミヤ先生呼んでくれ。多分これぶり返した」
「えっ、ちょっ、アイーダさん!?」
一仕事終えたアイーダは、ボヤッとした顔ながらも冷静にナビへそう言うと、再び熱が上昇してそのまま気絶してしまった。
上役達はアイーダの言う事に従って、血で血を洗う闘争に発展する直前で全員が矛を収め、集中治療室にいるダイトウが目を覚ますまでひとまず停戦となった。
ややあって。
日付が代わる直前に目を覚ましたダイトウは、
「あの野郎かい? 借金踏み倒そうとしたからドブさらいの仕事を振ったんだが、そっから現場小屋放火して、作業員何人も死なせて死刑判決くらったカスだよ」
自身に銃撃して来た男の事をはっきり覚えており、死んだと聞いて高笑いし、仮想空間に再度集められた上役達へそう答えた。
「あーいてて……。そんなボケナス鉄砲玉にもなりゃしないなんざ、ここいらの界隈に巣くってりゃあ分かるだろ。なんで引っかかるかね」
傷に響いたせいで顔をしかめて脇腹を押えたダイトウは、呆れた様子で1つ息を吐いて、自分の部下を含めてまんまと踊らされた連中を鼻で笑った。
「最後に1つ。病人のアイーダちゃんに、街の命運を託すような馬鹿な事が今後起きない様に、抑止する仕組みを大至急まとめな!」
それまで冷笑的な態度で話していたダイトウが、鬼の能面にそのまま命を吹き込まれた様な顔になり、烏合の衆達へそう命令して凄んだ。
「そうそう、助手ちゃん。とんだクリスマスになっちまったな、ってアイーダちゃんに伝言頼めるかーい?」
わかりましたー、というふわりと高い声がどこからともなく聞こえると、ダイトウは通信を切って、アイーダの元からトンボ返りしてきたアマミヤから診察を受け始めた。
ネオイーストシティを揺るがした大事件は、先走った構成員がケジメをつけることで終結した。
その後、ダイトウを含めた、7勢力の巨頭による非常時の連絡会が結成され、取り決めた秩序に従わない者へは、制裁部隊〝ブラック・サンタクロース〟を送り込む事が決まった。
そして、さらに3日間熱に苦しんだアイーダは、
「もうほぼ治ったしよー……、仕事させろよー……」
「ダメです! 治りかけが肝心なんですよ!」
「そうだそうだっ」
4日目には微熱程度にまで下がったため、営業を再開しようとしたが、ナビとカガミに全力で止められ、強引にベッドで安静にさせられていた。




