第7話
「うわ、えらいことになってら」
第2西サンズ大橋へとたどり着くと、戦車が橋にアンカーショットで飛び乗り、機銃で穴だらけにされた対戦車砲が堤防道路を塞いで通れなくなっていた。
追跡するより直接シロノ社まで行った方が早い、とナビがはじき出した指示に従って、ケイは近くのインターチェンジから車を環状高速道路に乗せた。
「目的地がはっきりしてて助かったな」
「ですねー」
「あれ? そういえば、それって機密処理した情報のはず……」
あまりにもさらっと言うため、サイバー端末から戦車のスタンドアロンを解除しようと作業中のレミが、パチパチと瞬きをして左の席に座るアイーダを見やる。
「そりゃあもう、ナビちゃんの手にかかればそのくらい簡単に覗き見られるのです」
「〝機械仕掛けの悪魔〟でも無い限りは、解除不能な設計にしたはずなんだけど……」
「その云々がコイツだからそりゃそうだろ」
「えっ」
「本当ですよー。ま、可愛くないのでその名前イヤなんですけど」
作業を止めて唖然とするレミに、ナビは息をするように彼女のサイバー端末へ侵入し、ピースサインをする自分のアバターを表示しながら、憮然とした顔をしてそう言った。
「で、どうだよ。戦車へのラインはなんとかなりそうか?」
「……だ、ダメだと思う。AIがデータ送受信機能をソフトウェアごと削除してて、ワイヤレスだと取り付く島もないって感じ」
「――ってこた、ケーブル直結なら行けるんだな?」
アイーダは説明を聞いて、参ったな、と捻っていた首を元に戻し、身を前に乗り出してレミへ訊く。
「ま、まあ。操縦席に入れればの話だけど」
「私がハッチをこじ開けて確保する。君が私経由で侵入すればそれで終わりだ。出来るだろう?」
「当然ですとも」
アイーダの目力にやや圧倒されつつレミが出した答えに、1人と1体はコンビニへ買い出しにでもいく様な気軽さで、視線を交わしながらお互いへ言い合う。
「じゃあ決定だ。ナビ、確実に通りそうなとこはどこだ?」
「はい。15番通りですね。最短距離で行くなら99%そこを通るはずです」
「次降りたらすぐだな。カガミ、頼んだぜ。――そんでちゃんと帰ってこいよ」
「ああ、わかった」
真ん中に座るカガミの肩にポンと触れたアイーダは、頷いてそれに応えた彼女と場所を入れ替わった。
「この地点で止まってくれ」
アイーダにシートベルトをかけたカガミは、車両のサイバー端末に次のインターチェンジを降りてすぐ横にある、何の変哲も無い中層雑居ビルを示し、ケイは頷いて了承した。
インターチェンジから降りて下道の路肩に停車すると、すぐさま降車したカガミがビルの壁面にある、出っ張りを使って素早く上っていった。
その屋上に0課のセーフハウスの入り口があり、カガミはその武器庫から強襲用装備一式や、対戦車粘着弾3発と無反動砲、フレア弾24発を発射する軽機関銃を手にする。
外殻を光学迷彩仕様に換装し、それらを装備してすらも軽々とビルの屋上を飛び石して、カガミは15番通りを見下ろせる、寂れたビル群の屋上に移動した。
進撃する戦車と交戦する警察部隊の兵器が破壊され、もうもうと上がる黒煙が徐々に迫ってくる様子が、そこから遠く見て取れた。
「私がタイミング見ますんで、いつでもどうぞ」
「了解。そこはアイーダさんの安全を確保できるか?」
「問題ないでーす。セーフハウスにお邪魔してるんで」
「……」
ナビからの通信を聴いてカガミが真っ先にアイーダの身の安全確認すると、先程自分がいたセーフハウスで、堂々とくつろいでいる彼女の画像が送られてきた。
「チーズは食べて良いが、全部はやめてほしい」
「お前の分は残しとくから安心しろ」
どっかりとソファーに腰掛け、現場近くの防犯カメラ映像を見ていたアイーダは、カガミから許しを得たので、いそいそと冷蔵庫へ取リに行って戻ってきた。
「ほ、本当に、勝手に入っちゃって良いんでしょうか……?」
そんな友人宅に来ているかのようなアイーダに対し、ケイは居心地が悪そうに10人まで座れる半円形ソファーの端っこに浅く腰掛けて彼女へ訊く。
「一応、あんたらはこの事件の関係者だからな。まあ問題ねえだろ」
「今確認を取ったが、そういう事にしておく、そうだ」
「だとさ」
「は、はあ……」
アイーダの予想がカガミからの報告で確定され、ひとまずケイはガチガチ状態から少し力を抜いた。
「それにしても〝機械仕掛けの悪魔〟……。聞きしに勝るとんでもなさじゃん……」
「ふふん、ウルトラスーパーアルティメットなナビちゃんの凄さ、研究者の方から見てもお分かり頂けたようで何よりです。で、可愛くないのでその名前では呼ばないでくださいねー」
その隣で、レミがナビの性能へ純粋に関心と畏怖を向け、ナビはアイーダにほとんど密着している事もあり、機嫌を良くしてこれでもかとドヤ顔をしていた。
ややあって。
警察から公安に指揮権が移って攻撃がパタリと止んだことで、戦車は道路上に沿ってシロノ社へと進んでいた。
「よし」
防衛線を突破し続け、流石に少し損傷が見られる戦車が真下に到着すると、カガミは1つ頷いてからその足元に向けて無反動砲を連続で放った。
それは寸分違わず戦車の目の前に着弾し、接地面のローラーで走行していたその脚に粘着物質が絡みつく。
完全に硬化したが、戦車がフルパワーで脱出を試み始めると、ギシギシと軋む音と共に粘着物がじんわり伸びていく。
続いてフレア弾を同時攻撃数以上となる20発連射し、それに反応して迎撃の機関銃を放っている戦車へ、カガミは光学迷彩をオンにして素早く飛び乗った。
後部上面にあるハッチに取り付いたカガミは、取っ手を掴んで開けようとするが、外部からは電源が停止しないと開けられない構造になっていて、びくともしなかった。
「チッ、開かねえか……」
「仕方ない。――フン……ッ!」
ならば、とカガミは義肢の出力リミッターをオフにして、全力でハッチを引っ張り上げる。
「おいおい無理すんなよ!」
「3割動いているなら問題ない」
腕から肩の外部装甲が剥がれて光学迷彩を失い、外部骨格部分がきしみ、人工筋肉がブチブチと千切れ始めたところで、ロック部分がねじ曲がってハッチが開いた。
間髪を入れずにその中に滑り込み、戦車が粘着物から脱した瞬間に、カガミが自身のインプラントに接続している、肩乗せサイバー端末から有線接続した。
「はーい、掌握完了しましたー」
瞬時にナビが制御AIを乗っ取り、戦車は電源が落ちて底部を地面につけて動かなくなった。
「カガミ大丈夫か?」
「ああ。ボディを交換する必要はありそうだが」
真っ暗になった操縦席から、左腕がぶら下がっている状態のカガミが出てきて、アイーダが見ているであろうカメラに向かってサムズアップして見せた。
「ん?」
「おい、何か飛び出したぞ」
直後、砲塔部分の頂点が上に向かって開き、球形のドローンが出てきて、茜色の空の中をシロノ社方向に飛んでいった。
「心配ご無用です。確認したところあれは非武装偵察用ドローンですよ。それに、3分ぐらいで電池切れちゃいますからね。気になりますか?」
「……わざわざ飛ばしてるぐらいだ、なんか意図があるんじゃねえかと思ってな」
「アイーダさんの勘は良く当たりますからね。カガミさん、ドローンお借りしますねー」
「壊さないでくれるなら」
ナビは一応許可を取ってから、セーフハウスの偵察用ドローンを操縦し、それを球形ドローンにあっという間に追いつかせる。
ドローンには戦車の制御AIがコピーされていたが、脇目も振らずにシロノ社の地面に刺さった半月の様なビルへと突き進む。
「おん? ビルに用があるんじゃねえのな」
だが、その至近距離まで来た所で、急に左へ大きく旋回してビルを避けて、その後ろにある公園へと降下しながら進む。
「あっ、ここって……」
「うん」
ドローンが地表近くまで来て、視界の正面にある夕日で金色に光る高層ビル群を見たケイとレミは、お互いに少し目を開いた顔を向け合った。
「どした?」
「あっ、ここって私とレミが初めて喋った場所なんですよ」
「ペンケースの中身をここに撒かれて、ケイが泣きながら探してたんだっけ」
「うん」
コクン、とケイが頷いたところで球形ドローンの電池が切れ、レンガ敷きの地面に落下して大破してしまった。
「――なるほどな。これはアタシの推理というか希望的観測なんだが、アンタあの戦車に端末挟まずに直繋ぎしたか?」
「した。細工をするときにちょっとだけ」
「だったらアンタの記憶を読み取ったAIが、ライノさんと疎遠にしたくねえと思って、思い出の公園まで連れて行くつもりだったんじゃねえか?」
画面に写る、物言わぬ破片となった球形ドローンを見つつそう言ったアイーダは、
「ま、訊きようが無くなっちまったが」
少し哀しそうに続け、ノンアルコールウイスキーのグラスを傾けた。




