自殺罰~自殺という大罪に無という名の罰を~
罪――それは人が人ならざる行いをすること。
罰――それは罪を犯した人間の相応の対価。
それらすべては死後地獄と呼ばれる魂の行き着く先にて定められる。では最も重い罪とはなにか、それは……
辺りに何もない暗闇、そこにとある少女がひとり目を覚ます。
「ここは、どこ?」
周囲を見渡すが何もない。なぜ自分がここにいるのか、それ以前にあらゆる記憶自体があやふやになっていると気付く。ただ一つ少女の心の中にあるものは――
「家に帰らなきゃ……」
理由はわからない、だけど帰らなければならない。家に家族のもとに。暗闇の中どこに向かえばいいのかわからないまま辺りをさまようしかない。そう思い一歩、足を踏み出そうとしたとき。――声がした。
「目が覚めたようだねぇ」
聞こえるはずのない“誰か”の声に周囲を見渡す。声のする方へ歩き出す。だんだんと赤色に光る何かが見えてくる。はっきりと見えてくるようになるとそれは……暗闇の中に浮いている『赤い目』だった。
「ひっ!?」
少女は不気味なそれに驚きと恐怖を隠せずに声にならない悲鳴をあげて一歩ずつ後ずさる。
「怖がらせてしまったようだ…申し訳ないね。」
飄々としたしゃべり方をする浮遊する目。体も顔も口すら『なにもない』それは少女に謝罪をした。
「あなたは……だれ?」
恐る恐る少女は浮遊する赤い目に問いかけると目だけのそれは考え込んでいるときの顔の動きのような目で声をうならせている。
「そうだねぇ……」
ずっと考え込んでいる様子だったが、しばらくすると何かひらめいたかのように目を大きく開く。
「とりあえず……赤目と呼んでおくれ。」
「ところで――」
赤目という浮遊する目は少女に話しかける。少女はまだ慣れないのかそれともこの場所を気味悪がっているのかびくびくとしている。
「驚かせてすまないね。君はどうしてここにいるのかわかるかい?」
「い、いえ……わからないんです。ただ――」
少女はいいよどむ。赤目が覗き込むように少女の顔に近づくと少女は小さく深呼吸して口を開いた。
「帰らないとって思いが心を埋め尽くしていて……」
理由もわからないただただ帰らないといけない。その思いだけが心の中に巣くっている。異常なほどに。そのためここから出ていきたいのだと赤目に伝えると赤目は申し訳なさそうに目じりを下げる。
「残念ながら……僕にもその方法はわからない。けど、君がここに来た理由を思い出せばあるいは……」
ここに来た理由……確かに理由もなくこんなところにいるというのはありえないかもしれない。ふと少女は赤目がなぜここにいるのか、なぜそんなことを知っているのかが気になった。
「赤目、さんは……どうしてそんなことを知っているの?」
「そんなことより早く帰らないといけないんじゃないのかい?」
はぐらかされてしまった。怪しさを感じながらも言うとおりにすることにした。そうでもしなければ当てもないからだ。ただ、本当にこんなことで見つかるのかわからないが思い出そうとしてみる。
心を落ち着かせて必死にここに来るまで何があったのかなぜここに来る必要があったのか……しばらくの間思い出そうとしても全然思い出せない。
「なんで……なんで思い出せないの!帰らないといけないのに!!」
少女は焦り始める。とことも知れない暗闇の中で目覚め理由もわからずに閉じ込められている。帰りたいのに帰れず、帰るためにはなぜ自分がここにいるかを思い出さなければいけない。だが、その理由㋽お思い出そうとしても思い出すことができない。故に少女は焦燥感と恐怖が入り交じった感情に苛まれ冷静さを欠いていた。
「いっきに思い出そうとする必要はないよ。ゆっくり思い出せばいい。」
そんな姿の少女を見かねて、赤目は少女に語り掛ける。目の言葉に落ち着きを取り戻したが少女はじゃあどうすればいいのかと疑問を口にした。ただ思い出そうとしてもどうしても思い出せない。たとえ一つずつ思い出そうとしても同じ結果になるのではないかと不安に駆られていた。
「それじゃあ…こういうのはどうかな?」
不安そうな顔を浮かべる少女に赤目は提案をする。赤目が述べた提案とは赤目が一つ一つ質問をしていく。その答えを見つける様にゆっくり思い出す方法というものだった。本当にその方法で思い出せるのか少女は自信がなかったがほかに手はないためその方法を行うことに決めた。
「じゃあ最初の質問だ。」
一つ目の質問はここで目を覚ます前は何をしていたのか……というものだった。暗闇で目を覚ます前のことだ。少女はゆっくりと記憶を手繰るように思い出そうと努力する。焦らないように慎重に。もやがかかっているかのような記憶から少しずつそのもやを振り払うように。すると、一つだんだんと思い出し始めることがあった。
「思い出した……わた、わたし……は……」
少女の顔から血の気が引いたように青ざめていく。その姿を見た赤目は目をゆがめて少女に心配そうな声音で話しかける。
「いったい何を思い出したんだい?」
少女はその言葉に体をビクッと振るわせるとゆっくりと口を開く。
「それは……私が……わた、し……が……っ!」
少女は頭を押さえ体を守るようにその場にうずくまる。記憶が戻りつつある痛みとそれ以外の何か記憶による痛みのせいか怯える様に体を震わせる。
「あ~あ……余計なものまで思い出しちゃったか~……めんどくさいなぁ……」
先ほどまでと雰囲気が一変し辟易した様子を見せながら冷徹な声音で漏らす。眉間にしわを寄せる様に目を吊り上げてため息を漏らす。そしてすぐに何かを思いついたかのように笑うように目を細める。
「ついでに見てやろうじゃないか。君が自殺するまでの過程をさ」
映画を楽しむかのように少女の記憶を暗闇の空間の中にプロジェクターのように映し出す。その中の少女は虐められていた――
映し出されたものは真面目な少女の最悪な日々に転落するまでの一部始終。きっかけは些細なことだった。真面目な少女がいわゆる素行不良な生徒を注意する。ただそれだけな何気ない出来事。だがこれが少女がいじめられる引き金となる。
翌日から登校するとクラスの生徒全員が彼女を見てクスクスと笑いだす。それに疑問を覚えながら自分の席につけば机の上に落書きや引き出しの中にゴミが詰められている。気が動転し教室から出ようとしたとき。出入口を足ではばまれる。その先にいたのは注意をした生徒だった。その生徒は少女を強引に連れ出しトイレに入る。集団的に暴行を加えられ何もできず泣くしかない。
それからは日を追うごとにいじめはエスカレートしていく。彼女の持ち物は汚物まみれにされボロボロにされたり、水バケツに無理やり顔を突っ込ませたりなど次第にひどくなっていった。
先生に相談し訴えかけてみても見て見ぬふりをする。家族でさえも取りつく島がなかった。ただ、正義感で行動しただけだったはずなのになぜこうなってしまったのか。少女はだんだんと壊れていってしまい、最後には自室で首を吊りその命を落とした……
「人間てのはこうも悪魔よりも悪魔になるんだねぇ~……おぉ~怖い怖い。」
映画を見終わったかのような反応をして思い出してしまった記憶に苦しめられる少女を見て、少しため息をつくと赤目はやさしく話しかける。
「ゆっくり深呼吸をして?」
うずくまり過呼吸を起こしている少女はゆっくりと深呼吸をする。しばらくして過呼吸も記憶の混濁も心も落ち着いてきた少女に赤目は話しかける。
「落ち着いたかい?」
「う、うん……」
ぎこちなく首を縦に振り頷く。握りしめた拳はまだ今日に震えて詰めが食い込んでいるのかにが少しにじんでいる。
「改めて聞くけど、君がここに来た理由はわかったかな?」
ビクッと肩を震わせて恐る恐る口を開く。少女は恐怖を押し殺して……
「わ、わたしは……自殺したから……」
赤目は少し目を細め次の質問に移る。
「なぜ?自殺した??」
喉につっかえ吐き出したい言葉が出せずに口ごもろうとする、だが、唇を噛みしめて……
「死ねば楽になれるから……もう虐められない!!あんな地獄を味わいたくなかったから!!!それに……」
「それに?」
「来世はこんなことにはならないだろうって……」
少女の口にした単語に赤目は思惑吹き出し豪快に笑い始めてしまった。まるで転げまわり腹を抱えて笑うかのように。少女は急に笑い出してしまった赤目に戸惑う。ひとしきり笑い終えた赤目は今までの優しさを感じる雰囲気から一変し冷徹さを醸し出す。
「来世……来世ねぇ。そんなのが本当にあると思うのかい?」
嗤うように少女に問いかける。
「ある!そうじゃなかったらわたしは――」
「無いね!」
遮るように大声で断言する。
「君に来世は存在しない。」
ニヤリと目と口を歪ませる。
「自殺した人間に来世はないよ。当たり前だろ?」
その言葉を聞いた少女はその場にへたり込み絶望に顔が染まる。
「なんで!?死んだら天国に行けるんじゃないの!?そして来世に!……それじゃ……わたしは!……」
無駄だった。苦しみから逃れるために、次の生に行くために命を絶ち天国に行こうとした。だけど、その行動は間違いだった。では、ここは何なのだろう……わからない。少女の心の中に恐怖が芽生える。天国ではないならこの暗闇は何なのかという疑問に対して。
「こんな暗闇が天国だと思ったの??」
そんな彼女をニヤリとした目で見やりバカにしたように問いかける。
「じゃあ……ここは地獄?」
「そう……上を見てごらん?」
上を見やるとはるか上空に小さな点のような明かりが見える。いままであまり疑問に思っていなかったが暗闇の中で少しだけ自分の肢体を視認できる理由が上からの薄明りだったのだと理解できた。
「あれはね……君たち人間が一般的に想像する地獄だ。耳を澄ませてごらん?」
言われた通り耳をすませば何かが聞こえる。声のような何か。だんだん慣れてきたのかはっきりと聞こえる様になる。するとその音は苦痛にもがく人間の悲鳴だった。
「ところで、君は人間が犯す罪で一番重いものは何だと思う?」
赤目が不意に問いかける。涙をためて目じりと鼻を赤くする少女は何を言われてるのか一瞬理解できずに首をかしげる。
「人が犯す罪は様々だ。殺人?詐欺?強盗?等々いろいろあるだろう?君は何が一番罪深いと思う?」
改めてかけられた問いに少女はゆっくりと考え込むそぶりを見せる。少しすると少女は恐る恐る口を開き答え始める。
「それは……殺人……とか?」
少女の問いに赤目は三日月状に目を歪ませニヤリと笑う。期待していた答えを口にしたことへの上機嫌さが伺えるように。
「確かに。人殺しは罪が重い。だが残念だ。それじゃないんだ。」
残念そうな表情に変わり申し訳なさそうな声音で答えを口にする。
「正解は……自殺だ。」
少女はその答えに目を丸くして驚く。
「当たり前だろう?自分を殺してるんだから。人を殺すよりも罪深い。」
続けざまに赤目は答える。
「人間は生きる義務をもって生まれてくる。それを君は放棄した。」
少女は目を丸くして唖然とする。自分がやったことの大きさとそれに対する後悔がだんだんと心に浮かんでくる。
「私は……ただ、いじめから逃げたくて……」
やったことから逃避するようにつぶやく。自分が悪くないと言い聞かせるように。
「君は大罪を犯したんだ。自殺という、生きる義務を放棄するという大罪を。」
「じゃ、じゃあ……私にも罰は下るの??どんな罰が!」
上から聞こえる想像だにできない途方もない苦痛に悶えているだろう悲鳴に自分にはどんな罰が下るのか戦々恐々とする。赤目はその問いに否定するように目を伏せる。
「いいや、君にはもう罰は下っている。ここにいること自体が君に下っている罰だ。」
改めて周囲を見渡す上からの光を除いて周囲には何もない。ただの暗闇。
「なにもない……」
「そう!君には何もない。あったはずの未来も、なにもかも君は自分の手で捨てたんだ。」
声高に叫ぶ赤目は徐々に薄くなり始める。役目を終えたかのように。
「さて、役目を終えたからここで僕は消えるとしよう。」
「まって!行かないで!!」
徐々に薄くなる赤目に対して縋るように手を伸ばす。暗闇の中で一人にされる恐怖が彼女を苛む。
「それじゃあ、暗闇の中で罪を悔いるがいい。永遠にさまよいながらね。」
完全に消えた赤目の声が暗闇の中でこだまする。伸ばした手が空をつかみ無気力に振り下ろされる。少女はうずくまりすすり泣く。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
彼女の謝罪が暗闇の中に響く。次第に上からの光も途絶え本当の暗闇が訪れる。自分の姿も認識すらできないほどに。これが『自殺』という罪に下された『無』という最大の罰。痛みも何も与えられることのないただ闇の中で永遠に過ごすだけの罰。
「暗い……怖い……」
少しも先が見えない闇を少女はさ迷い歩く。いつまで続くかわからない罰に苦しみながら……
『自殺』それは人の中で最大の罪、『無』それは最大の罪に下される罰。