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五話 戦闘能力値

 轟く咆哮。揺れる大地。地を割り、空を裂く。二つの獣の炯眼が、戦火のように苛烈に輝いた。

 太く屈強な腕が前に突き出され、空気を裂いた勢いに風が唸り声を上げる。

 小さきほうの獣は、その拳を間一髪でかわすも、まとった風圧に吹き飛ばされた。

 ふわりと浮いた身体は背から地へ落ちる。

 だが、直前で上半身を起こし、片膝をついて見事に着地した。


「ほお。これを避けるとは、なかなかやるのう。ルイーズ嬢」

「お戯れを。総帥こそ人が悪い。最初から手加減されているのが見え見えですわ」

「ガワワワワ、気づいておったか!」


 豪快に笑う声が、戦場に響き渡る。


「はぁ、はぁ……ふふっ。当たり前ですわ。総帥のその余裕たっぷりの表情を見れば、誰だって気づきますもの」


 ここはダルシアク国、中央騎士団の訓練場。

 国全土の騎士団を束ねる総帥と、公爵令嬢ルイーズによる、信じがたいほど苛烈な模擬戦が繰り広げられていた。


 ルイーズは着地と同時に前方へ踏み込み、総帥に向かって突進する。

 片手を地に付き、滑り込むように身を低く構えると、そのまま脛を狙って蹴り上げた。

 だが、総帥は動じることなく、その攻撃を難なく躱す。


「いやはや、ここまでやるとはのう。純粋な力だけなら、ルイーズ嬢の方が上かもしれんのう」

「力があっても、当たらなければ意味がありませんわ」

「ガワワワワ!まったくその通りじゃ!七歳の少女がすでに戦の極意を理解しておるとはな!お主の二番目の兄など、屁理屈ばかりこねておったというのに!」

「マティアス兄様……」


 ルイーズの二番目の兄・マティアス。彼はかつて、総帥からの指名で数人の男性とともに訓練に参加したが——

 彼のストレンジは“発明”。戦闘向きではない。

 そのため訓練も不必要だと決めつけ、実際、まともに取り組むことはなかった。


 ──ほんとうに、マティアス兄様は困った方だわ……


 ルイーズは呆れを滲ませ、軽く溜息をついた。

 だが、その間にも攻防は止まらない。


「その点、ルイーズ嬢は実に見込みがある。どうじゃ?すぐにでも騎士団に入隊し、ワシのもとで鍛錬してみんか?」

「申し訳ありませんが、そのお話はお受けできかねますわ」

「そうか、残念じゃのう」


 ルイーズは飛び上がり、渾身の拳を総帥の顔面へと繰り出した。

 総帥は腕をクロスしてそれを受け止め、眉を下げながら心底残念そうな声音を漏らす。


「はあああっ、らあっ!!」

「ふむ……実戦経験さえ積めば、ワシをも超える女戦士となれたものを」


 ルイーズは連撃に移る。拳、肘、膝、足技を立て続けに繰り出す。

 だが総帥は、その全てを涼しい顔で受け流し、時に腕で弾き飛ばす。


「……芯に響く、なかなか良い攻撃じゃ」


 跳び上がり、頭部を狙って放たれた右の回し蹴り。

 総帥はそれを左腕で受け止めると、ビリビリと腕の骨が震える感触に、素直な賞賛を漏らした。


「ワシの筋力増強ストレンジを発動してもなおダメージを与えるとは、見事!じゃが、まだまだ甘いわ!!」


 総帥は右手でルイーズの足首を掴み、そのまま空へと高く投げ飛ばした。


「くっ……!」


 空中で回転しながら放られたルイーズは、両手を握りしめ、体を丸める。

 全身に力を込め、タイミングを見計らう。


 一方の総帥は、両脚を折り、地に体重を沈ませ——ドン、と地を踏み抜くように跳躍した。

 爆音を伴って砕けた地面には、巨大なクレーターが残されていた。

 音速に迫る勢いで空を駆け、ルイーズへと迫る総帥。

 その姿を見据え、ルイーズもまた、狙いを定めて叫ぶように力を解放する。


「今ですわッ!!」


 凝縮していた力を一気に開放し、四肢を解き放つように伸ばす。

 両手が、迫り来る巨体の総帥へと突き出される。


「おりゃあぁぁぁ!」


 ルイーズの叫びと共に、上空に突如として現れた滝のような水流が、総帥めがけて轟音と共に降り注ぐ。


「そんな殺気も籠もっておらん見かけ倒しなど、ワシには効かんわァァァァアアア!」


 総帥の咆哮が天を裂き、空気を震わせる。あまりの轟音に、ルイーズは思わず目を閉じ、両手で耳を塞いだ。


「ガワワワワ、ルイーズ嬢、捕まえたぞい!」


 次の瞬間、落下を始めていたルイーズの身体を、濡れた大きな腕がしっかりと受け止める。目を開けた彼女の眼前には、水を滴らせながら、己の腕の中で彼女を抱く総帥の姿があった。

 御年六五歳を超えるとは思えないその躰。老人離れした筋骨隆々の身体に、ルイーズは改めて舌を巻く。


「さすが総帥。完敗ですわ」

「じゃが、齢七にしてこの強さ。ワシの孫どもなど、とうに追い越しとるじゃろうなぁ。経験さえ積めば、ワシの息子、オーギュストをも凌ぐ逸材になるやもしれんのう」

「オーギュスト様といえば、ラマニス国との国境を守る北軍の騎士団長ではごさいませんか。あまり買いかぶらないでいただきたいですわ。私は、まだまだ未熟ですもの」

「それほどまでの才能か……。ルイーズ嬢の力が、ダルシアク国一の武人に認められるとはな」


 そこへ、静かに訓練場に現れた新たな人影が、二人の会話に割って入った。


「陛下……!」


 驚いたルイーズが礼を取ろうとするのを、王が軽く手をかざして制する。


「よい、楽にせよ」


 そして国王は、総帥に目を向ける。


「陛下が見た通りじゃ。何ゆえ急に強うなったのかは分からぬが、この力本物じゃ」

「総帥がそう言うならば、信じる他あるまいな」


 ルイーズが前世の記憶を取り戻して以来、彼女のストレンジ能力および身体能力は劇的に上昇していた。

 『ストレンジ♤ワールド』というゲームの中で、彼女はレベルを限界まで極めていた。そして、前世の仲間だったピッピコたちが突如目の前に現れたことで、ゲーム世界の力が現実と地続きになっていることを確信した。


 ──あの時のレベルや能力が、まさか今の私に反映されているなんて……。


 ゲームでの蓄積が今の力に繋がっていると考えると、すべてに説明がつく。だが、前世を知らぬ者にとっては、それは”異常”そのものだった。

 そのため、ルイーズには週に一度の定期身体検査が義務付けられている。今日の総帥との手合わせも、その一環だった。


「ルイーーズゥゥゥ!怪我はないかい!?痛いところは!?高く飛ばされて、怖くなかったかい!?」


 そこへ、陛下に続いてマティアスが慌てて駆け寄る。妹の様子を食い入るように見つめながら、口早にまくし立てる。


「して、次はストレンジ騎士団の研究所での検査だが──」

「俺の可愛い天使よ、あんな高くから落とされてどんなに恐ろしかっただろう?」

「その前に、お前たちに」

「よしよし、もう大丈夫。お兄様が来たからには安心だからな。ほら、そんな野蛮なジジイの腕の中より、俺の腕の中においで!」

「──ごほんっ」


 王の低く重たい咳払いが、場の空気を一変させた。


「マティアス兄様が申し訳ございません、陛下」


 ルイーズは手をかざし、直径十センチほどの水球を生み出すと、それをマティアスの口元へとぴたりと当てた。

 訓練場には、いつの間にか他の面々も集まり始めていた。

 宰相ジョゼフ・ペルシエ、ストレンジ騎士団団長アイロス・コデルリエ、そしてルイーズとマティアスの父、マルセル・カプレ──陛下の側近たちがほぼ全員揃うという、まさに錚々たる顔ぶれである。


「研究所へ移動しながら話を進めよう。総帥、そなたも同行を頼む」


 陛下の声に、総帥は顎を撫でながら応じた。


「構わん。ワシの勘が正しければルイーズ嬢にも、そろそろ話す気になったのだな」


 その問いに、陛下は静かに頷く。


「私は、まだ反対なのですがね」


 マルセルが低く不満を漏らす。


「私にも、ルイーズ嬢と同じ年頃の娘がいる。マルセルの気持ちも分からんではない。だが、背に腹はかえられぬのも事実だ」


 ジョゼフが、そっとマルセルの肩に手を置き、宥めるように語る。しかしマルセルの表情は、納得からは程遠かった。


「ストレンジ能力に限れば、ルイーズ嬢は我が国随一。しかも、武力においても最強の武人からのお墨付きだ」

「だからと言って、なにも子女を加える必要はなかろう。既に人員の選考は終えている。それでも足りぬというのであれば、見込みある者を一から育てればよい」


 マルセルは静かに、しかし強く策を述べる。

 だが、ジョゼフは即座にそれを否定した。


「今から育てたところで、ルイーズ嬢ほどの逸材にはなり得ん」

「だが──」

「マルセルよ」


 見かねたように、陛下が口を開いた。


「ルイーズ嬢のことは、我もまた実の娘のように想っておる。彼女が“是”と言わぬ限り、無理強いはせぬと約束しよう」


 その言葉に、場の空気が僅かに和らいだ。

 だが当のルイーズは、大人たちの会話の意味をすべて理解するには至らず、戸惑いの面持ちで黙っていた。


 その時、不意に──


「むーっ、んぐぐっ……!」


 くぐもった声が傍から聞こえた。

 ルイーズが振り向くと、マティアスが青ざめた顔で、じたばたと手を振ってもがいていた。

 彼女はすっかり忘れていた。水球をマティアスの口と鼻に被せたままにしていたのだ。


「あっ!」


 慌てて水球を解除すると、マティアスはぐったりとその場に倒れ込み、大きく咳き込みながら酸素を貪った。


「マティアス兄様!本当にごめんなさい。すっかり忘れてしまっていましたわ!」

「げほっ、げほっ……。可愛い妹に殺されるなら本望だ。ごほっ……」

「何を馬鹿なことを言っとる。マティアス、移動するぞ」


 マルセルが呆れたように言い放ち、一行は訓練場の外へと歩みを進めた。

 その直後、驚嘆の声があがった。


「……何だこれはッ!」


 総帥が目を見開いて立ち止まる。

 眼前には、三メートルを超える空魚が二体。いずれも身体に分厚いベルトを装着され、その背後には漆黒の巨大な箱が据えられていた。


 空魚──それは空を泳ぐように飛ぶ、希少な存在である。

 珍獣と呼ばれるそれらは「ストレンジ」を有する生き物であり、一般的には凶暴で制御が難しいとされていた。


 ルイーズが保持するピッピコもまた、同じく珍獣の一種。しかし、ピッピコのように人に懐く存在は稀で、多くの珍獣は田畑を荒らし、人を襲う。

 そのため各領地や村には、ストレンジ騎士団から送られる“パワーストーン”と呼ばれる特殊な石が結界の代わりとして配布されている。これにより珍獣の侵入を防いでいるのだ。


「この空魚はもしかして、先日お前たちを鍛えた時に騎士団で捕らえたやつか?」

「ええ、そうですよ。ですが、今は俺の支配下にありますから、人を襲ったりはしません。……ただし、ベルトを外すと、たちまち本来の凶暴な姿に戻ってしまいますけどね」


 マティアスがさらりと言う。

 彼のストレンジ能力は「発明」。思考によって構成された物を具現化するという、極めて特異な能力だ。

 十四歳という若さにして、その才能は大人をも凌駕すると評されていた。


「後ろの箱は、俺が作った特製の輸送ポッドです。結界が施されていて、盗聴や透視を完全に遮断できます。衝撃や攻撃にも強く、ちょっとやそっとじゃ壊れません。まあ……空を飛ばす技術自体、俺か、あとはムルエラ国くらいしか持っていませんけどね」


 得意げに胸を張るマティアスをよそに、ルイーズと大人たちは無言でその黒い箱──特製ポッドの中へと足を踏み入れた。


「マティアス、早く来んか!」


 マルセルの怒号が飛ぶ。

 むっつりとした表情を浮かべながら、マティアスも渋々その後を追った。

 箱の中は外見に反して広々としており、天井も高く設計されていた。中央には長机が設置され、座席が並ぶ。陛下を上座に、それぞれが椅子に腰を下ろす。


「ルイーズはこっちだよ」


 ルイーズがマルセルの隣に座ろうとしたその時、陛下が自らの正面の席を指し示した。


「マティアス、操縦は頼んだぞ。言うまでもないが、我らが“良い”と言うまで着陸はなしだ」

「分かってますよ」


 マティアスは手元の制御端末を操作し、窓越しに見える空魚に向けて信号を送る。

 すると空魚が静かに上昇を始め、それに連動して黒い箱もふわりと宙へ浮かび上がった。


「此処ならば、盗聴される心配も万に一つもあるまい」


 陛下は深く腰掛け、ルイーズに静かに視線を向けた。


「早速話に移ろう。ルイーズ嬢、我は貴殿の本当の意見を聞きたいと思っておる。これから話をする上で、容認できない事柄があれば、遠慮なく断ってくれて構わない」


 ルイーズは一瞬、マルセルへと目を向けた。彼女の視線を受けて、マルセルは頷いて返す。ルイーズは静かに一呼吸置き、


「承知いたしました」


 と、重々しく答えた。陛下はその返事に満足そうに頷き、さらに話を続ける。


「ルイーズ嬢が数日前から急激に力を増したという報告を受け、現下、貴殿の力を目の当たりにしてその力が本物であることを確信した」


 ルイーズが訓練場やストレンジ騎士団の研究所に赴いた理由は、まさに彼女の力を測るためだった。


「報告によれば、伝説級のピッピコも数匹保有していると聞いた。それも、ルイーズ嬢の意識でピッピコを召喚できるとか──」

「事実でございます。証拠に、ピッピコを召喚しましょうか?」

「頼む」

「承知いたしました」


 ルイーズは心の中でピッピコに呼びかける。何もない空間に、ルイーズにしか見えない亜空間が開き、そこから数匹のピッピコが現れる。その姿に、ルイーズたち以外の者たちは驚きの目を見開いた。


「頭部にクロスがついているこの子がライと言って治癒のストレンジを保持しています。水色の子がスイ、わたくしと同じ水のストレンジを保持しております。そして、緑の子がフウ、風のストレンジを保持しております」


 ルイーズは自信を持って呼び出したピッピコたちの名前と、それぞれが持つストレンジを紹介した。


「このピッピコたちを使役できるのはルイーズ嬢だけなのか?」

「お母様にも協力していただいて試したところ、どうやらそのようですわ。お母様もわたくしと同じ水のストレンジを有していますが、スイをお母様に譲渡しようとしても、スイの力を引き出すことはできませんでした。それに、召喚ができるのは、どうやらわたくしだけのようでして、その原理を探るために、ストレンジを封じた状態で呼びかけても反応しませんでした。おそらく、この子たちはわたくしのストレンジの一部を使ってこちらに具現しているのではないかと愚考いたします」

「そうか、その辺りはアイロスやストレンジ騎士団の団員たちと共に今後、究明していけばよい」

「はい」

「しかし、ストレンジの力は最高領域の六域に達し、戦闘能力もオーギュストと同格、総帥のお墨付き。加えて、伝説級のピッピコを複数匹も保有し、ピッピコの共鳴はルイーズ嬢限定か……」


ストレンジには力の段階があり、零域から六域までの領域がある。

・零域:素質はあるが力が発現していない

・一域:力が発現したばかりで弱い

・二域:力の調整ができるようになる

・三域:一人前となり、応用技を使える

・四域:力が強く、上級貴族に多い

・五域:膨大なストレンジを有し、影響力が大きい

・六域:伝説級および災害級。八将神のみが扱う領域


 ルイーズが秘めるストレンジは、五域である陛下の力さえも凌駕していた。陛下は一瞬、考え込むようにして黙ってしまった。


「ルイーズ嬢、これから我が貴殿に伝える内容は国家機密である。我々としては、貴殿の力を必要としているが故に、話をする。しかし、この後で断っても構わん。貴殿の人生を今後、大きく左右する話となるだろうからな」


 陛下はまっすぐと冷徹な目でルイーズを見つめた。


「もし、話を断った場合、これまで話した内容は全て記憶から消去させてもらう。その場合、ルイーズ嬢はこれまでの生活に戻るだけで、損失はないだろう」

「承知いたしました」


 ルイーズは静かに返事をすると、周囲の空気が一変した。緊迫した重い空気が、まるで彼女を包み込むかのように感じられ、七歳の少女はその空気に圧倒された。

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